第12話:尾瀬岳斗

 竜胆たちが地上一階に戻ってくると、何やらフロアが騒がしくなっていることに気がついた。


「何かあったんでしょうか? 私、聞いてきますね」


 青葉はそう口にすると、近くにいた職員に声を掛け、事情を確認してから戻ってきてくれた。


「何か分かったの?」

「はい、風桐様。どうやら昨日のスタンピードで任務放棄をしたプレイヤーたちが連行されてきたようです」

「えっ? それってもしかして――」

「てめえ! 見つけたぞ、竜胆!!」


 まさかという思いもあったが、竜胆の名を呼ぶ声に聞き覚えがあり、彼は面倒に巻き込まれたなと内心でため息をついていた。


「俺を探していたのか――岳斗」


 騒いでいたのは予備隊として派遣されたにもかかわらず、スタンピードの際は真っ先に逃げ出した岳斗とその取り巻きたちだった。


「お前だろう、嘘の報告をしたって奴は!」

「嘘の報告? いったいなんのことを言っているんだ?」

「俺たちが任務放棄をしたって報告だ! この場で撤回して、謝罪しろ! そうじゃなかったらてめぇ、分かってんだろうなあ!」


 竜胆の報告に嘘偽りは一切ない。岳斗は大勢の前で無罪を主張し、全ての罪を彼に擦り付けようとしているのだ。


「いや、俺は――」

「なるほど、あなたが尾瀬岳斗ね」

「あぁん? なんだ、てめぇは?」


 竜胆は否定しようとしたのだが、言い終わる前に彩音が彼の前に出た。


「私は風桐彩音、Aランクプレイヤーで、スタンピードが起きてからあの場を指揮していた者よ」

「なっ! え、Aランク、だと?」


 まさか竜胆の側にAランクプレイヤーがいるとは思わず、岳斗はたじろいでしまう。


「スタンピードが起きたあと、私は駆けつけたプレイヤーだけでなく、攻略隊や予備隊に配属されていたプレイヤーについても全員分を頭に叩き込んでいたわ。確かにあなたの名前はあったけど、現場では見かけなかったわね? どこに行っていたのかしら?」

「そ、それは……」


 言葉が出てこない岳斗を見た彩音は、これでもかと言うくらいに捲し立てていく。


「あなたは竜胆さんが嘘の報告をしたと疑っているようですが、あなたが逃げていく姿を目撃した、という報告は多数あがっているんですよね」

「……ふ、ふざけんじゃ――」

「それだけじゃないわ。守るべき一般人を押し退けて怪我をさせた、故意に殴り掛かった、他にもいろいろと問題行動が報告されているみたいね」


 彩音の言葉を遮ろうと声をあげた岳斗だったが、彼女は声を大きくしてさらに饒舌になっていく。


「そうそう、報告だけじゃないの。スタンピードが起きた周辺の防犯カメラ映像もすでに確認済みで、裏も取れているわ。あなた、完全に詰んでるってわけ」

「ぐっ!?」


 彩音は最後に鋭い視線を岳斗に向けると、彼は悔しそうに声を漏らすだけで、これ以上の反論は出てこなかった。

 その後、取調室へ連れていかれるのを見送ると、一階フロアは徐々にではあるが普段の雰囲気を取り戻していった。


「……あいつ、なんだったんだ?」

「だ、大丈夫でしたか、天地様!」

「大丈夫ですか、竜胆さん」

「えっ? 俺は全然大丈夫だけど?」


 まさか自分が青葉や彩音から心配の声を掛けてもらえるとは思わず、困惑しながら答えていく。


「あの、天地様。こんなことを聞いてはいけないのかもしれないのですが、あの方とお知り合いなのですか?」

「知り合いというか、学生時代の同級生ってたけですね。あっちは学生の時に覚醒して、プレイヤーになったのをきっかけに、急に一般人を下に見るようになっちゃって……」

「だから絡まれていたのね」

「絡まれてって、なんだそれを彩音が知っているんだ?」


 岳斗に絡まれていたことは誰にも言っていなかった竜胆は驚いたものの、答えはすでに出されていた。


「あいつにも言ったけど、スタンピードが起きた周辺の防犯カメラ映像を確認した時、あなたがあいつに胸ぐらを掴まれている映像も映ってたのよ」

「あー、なるほど、そういうことか」

「当時は一般人だったわけでしょう? それなら十分に処罰の対象になるってわけ」

「加えて今回の任務放棄ですから、相当重い処罰になるのではないでしょうか?」


 青葉がそう口にすると、竜胆は困ったような表情を浮かべた。


「どうしたの、竜胆さん?」

「ん? いや、その……岳斗のことだから、俺のせいだって報復しに来たら面倒だなと思ってた」


 口にするべきかどうか迷っていた竜胆だが、協会職員である青葉には伝えておいた方がいいかと考えて答えることにした。


「それは心配ね。曲がりなりにもあいつ、Cランクなんでしょう?」

「確かに、天地様が襲われでもしたら、ひとたまりもありませんね」


 それは自分を侮りすぎではと抗議したくなった竜胆だが、EランクとCランクでは2ランクもの差があり、実力差は明白だ。

 そう考えたからこそ、竜胆は言いたくなった気持ちを飲み込んでいた。


「分かりました、私から室長に相談しておきます」

「なんだったら私がしばらく護衛につきましょうか?」

「だ、ダメですよ! 風桐様にはAランクプレイヤーとしてまだまだ働いてもらわないといけないんですから!」

「俺も遠慮したいかな」

「そうなの?」


 まさか本気だったのかと思わなくもない竜胆だったが、EランクプレイヤーをAランクプレイヤーが護衛する姿を見られると、変に勘ぐる者が出てくるかもしれない。


「なるべく面倒ごとは避けたいからな、こっちはこっちでなんとかするさ」

「そう? だけど、何かあったら連絡してくださいね」

「分かった。ないことを願うが、何かあったら頼らせてもらうよ」

「それでは天地様は今しばらく待合室でお待ちください。プレイヤー証が発行されましたら、お声掛けいたします」


 その後、彩音は用があるからと協会ビルの上階へ向かう。

 しばらくして青葉から呼び出された竜胆は、彼女が待つ受付へと向かった。

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