第2話:攻略失敗
「あぁん? なんだ、何があった!」
岳斗が近くにいた取り巻きの胸ぐらを掴み問い掛けているが、彼も何が起きているのか分からず首を横に振っている。
竜胆も何が起きたのか探ろうと左右に視線を向けるが、大量に集まっていた群衆に邪魔されて確認することができない。
だが――直後に聞こえてきた鳴き声を聞いて状況を理解した――否、理解せざるを得なかった。
『ゲゲゲゲギャギャギャギャギャギャアアアアァァアアァァッ!!』
「……まさか、モンスターの鳴き声か!」
モンスターが扉から地球になだれ込んできた――スタンピードが起きたのだ。
通常、扉が攻略されて異世界を形成する核が破壊されると、プレイヤーが扉から外に出た時点で自動的に消滅してしまう。
しかし、一度中に入ったあとで攻略に失敗すると、再び扉に鍵をかけなければ内側から扉が開かれてしまい、モンスターが地球へなだれ込んできてしまう。
扉が現れた当時は、そのせいで多くの人間が、覚醒したプレイヤーが犠牲になったと竜胆は聞いていた。
「ちっ! おい、逃げるぞ!」
「な、何を言っているんだ、岳斗! お前、予備隊だろう!」
予備隊は万が一に扉の攻略が失敗し、今回のようなスタンピードが起きた際、真っ先に一般人を助け、モンスター討伐を行うための隊である。
しかし、ここ数年は万全の準備を期して扉の攻略に挑んでいたこともあり、攻略に失敗するということがなく、岳斗もスタンピードは初めての経験だった。
「知るか! 俺は自分の命が何より大事なんだよ! おい、さっさと行くぞ!」
「「は、はい!」」
岳斗とその取り巻きは、一般人を差し置いて一目散に逃げだしてしまった。
残された竜胆も本来であれば逃げ出さなければならない立場なのだが、彼の視界に飛び込んできたものを見て体が勝手に動き出していた。
「君! 早く立つんだ!」
逃げ惑う群衆に押し倒されて泣きじゃくっていた少女に手を差し伸べる。
「うわああああん! こわいよ、こわいよおおおお! おかあさああああん!」
「大丈夫、プレイヤーが助けてくれるさ、だから逃げよう」
「うぅぅ……でも、おかあさんが……」
「お母さんと一緒だったんだね? 俺も一緒に探してあげるから、立ってみようか」
「……う、うん」
少女も逃げなければならないという思いがあったのだろう、竜胆が優しく声を掛けると、なんとか頷いて彼の手を取った。しかし――
――ガシャン。ガシャン。
金属音が一定のリズムで響き渡り、竜胆の方へ近づいてきているのが分かった。
竜胆は少女の手をしっかりと掴みながら、ゴクリと唾を飲み込み振り返る。
「……おいおい、マジかよ」
すでに群衆は姿を消していたが、やじ馬が視線を向けていた通りから何匹ものモンスターが姿を現し始めていた。
「予備隊、掛かれ!」
「うおおおおっ!」
そこへ逃げ出さずにモンスターへと立ち向かおうとしていたプレイヤーたちが、武器を手に颯爽と駆け付けてくれた。
「見てみてよ、プレイヤーだ。これで俺たちも安全――」
「ぐわああああっ!?」
少女に安全だと伝えようとした直後、再び悲鳴が聞こえてきた。
弾かれたように振り返ると、そこには先ほどよりも倍近い数のモンスターが通りから一気に溢れ出し、駆け付けたプレイヤーたちを飲み込もうとしていた。
「うわああああん!」
「泣いちゃダメだ! モンスターがこっちに来ちゃうから!」
「こわいよおおおお!」
――ガシャン。ガシャン。
そこに鳴り響く再びの金属音。
全身甲冑のモンスターが、目のあるだろう部分を赤く光らせて竜胆と少女を見つめていた。
(くそっ! ターゲットにされちまった!)
ここで自分だけ逃げだすこともできただろう。
だが、それはプレイヤーに憧れる竜胆にとってはできない選択だった。
(俺はプレイヤーじゃない。だけど、俺を助けてくれたプレイヤーは逃げなかった! 身を挺して俺たちを助けてくれた! それなら、俺にだってできるはずだろう!)
深呼吸をして覚悟を決めた竜胆は、素早く周囲に視線を送り、倒されてしまったプレイヤーが落としただろう剣が目に留まった。
「……いいかい、君。俺が背中を叩いたら、モンスターとは反対方向に全力で走るんだ」
「ひっく、ひっく!」
「いいかい? いくよ?」
「……うん!」
「走って!」
そう叫んだ竜胆が少女の背中を叩くと、少女も言われた通りに駆け出した。
泣きながらではあったが、逃げてくれればそれでも構わない。
何故なら竜胆は、自分がモンスターの注意を引きつける役目を買って出たからだ。
「うおおおおおおおおっ!」
甲冑モンスターを横目に見ながら駆け出した竜胆は、最初に転がっていた剣を手にする。
(うおっ! 剣って、こんなに重たいのかよ!?)
プレイヤーでなければ武具を手にする機会などほとんどなく、竜胆も同様だ。
初めて手にした剣は一般人の竜胆にはあまりに重く、両手で持ってなんとか振れるものだった。
「……それでも、やらないといけないんだよ!」
グッと剣の柄を握りしめた竜胆は、甲冑モンスターを睨みつけながら間合いを詰めるべく駆け出した。
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