第2話 お尋ね者

「一体……今の人はなんだったんだ」


 隠れて戦闘を観察していた女探索者は唖然とした声を上げた。


「依頼を受けてきたらこんなことになってるし……これだけ強ければ高ランクの探索者なのに私も知らないし……」


 そして女探索者が一歩踏み出したとき、足で何か機械を蹴ってしまったのかガシャンと音が鳴る。


「なんだ? ……え、ドローンが……」


 悲しみと困惑の感情を含んだ声がその場にこだまし消えていった。



◆◆◆



 俺は今、ダンジョンを下に下っている。

 ガシャン、ガシャンとパワードスーツの金属音が周囲に響く。


「にしても、初めて来たときは驚いたよ。ダンジョンにこんな階層があったなんて知らなかったしなぁ」


 階段を降りて、門をくぐった先の光景に過去のことを思い出し、言葉が漏れる。

 そこには辺りいっぺんの青空が広がっており、草木が生え、風が吹いている。自分がダンジョンの中にいることを忘れてしまいそうだった。


《世間一般的にはダンジョンは深層で終わると言われていますからね》


 そう、ダンジョンは普通三つの区分に分けられ、それぞれ上層、中層、下層と分けられる。その中の一部には深層と呼ばれる下層より下の区分が存在する。だが、それで終わりではなかった。

 実はそれよりも下の区分が存在する。

 これは一般的には知られていない。もしかしたら、秘匿されているだけかもしれないが。


 ちなみに俺は探索者資格を持っていない。


「ああ、まさか深層よりも下があるとは思ってもなかったよ」

《そうですね》

「しかも、こんな空間だったとはなぁ……外と何も変わらないよ。魔物がいること以外は」


 そう話しつつ俺は足を進める。

 しばらく進むと前方に断崖絶壁の崖から落ちる滝が出現し、それは俺の隣を流れる川へと繋がっていた。


 俺は滝の後ろ側へ入るように外周を周る。


「ルーファス」

《はい》


 滝の裏へ入る前、ルーファスへ声をかける。

 ルーファスが返事し、数秒経った辺りで前方からシャッターが上がるような重低音が鳴る。

 滝の裏——ちょうど中心付近まで行くと洞窟への巨大な入り口が現れる。飛行機が通れそうな横幅だ。


「明かりを付けてくれ」

《はい》


 壁にかけられた明かりが近くから奥に波が進むように、徐々に照らされていく。

 俺が洞窟内を奥へ進むと左右の壁の一部が開き、機械のアームが複数現れ、足元も変形する。

 気にせず俺は歩き続ける。

 最初は足の装着したアーマーの前が開き、脱ぐ。脚部アーマーはそのまま地面の中へ格納された。

 次に腕、胴体、頭のアーマーを回収しようとアームが伸び、俺の歩行を邪魔することなく回収し、壁の中へ格納する。

 全てのアーマーは壁の中に埋め込まれた機械を通じ、まとめられて俺の家に保管される。この際、破損など異常が出ていた場合はルーファスが修繕する。


 アーマを脱ぎ終えた俺は奥へ行き、しばらく進むと大きく二階建ての一軒家が二つくらいは入るような広々とした場所に出た。

 周辺には様々な機械が置いてあり、その中には武器を製造するもの、ルーファスのメインコンピューターが置いてある。


「ここも異常はないか?」

《はい、問題ありません》

「ならいい」


 ルーファスへそう問い、俺は壁にある一つのドアまで行く。ドアを開けるとそこには紫色の渦のようなものが空中に存在している。

 俺は迷うことなくその紫色の渦へ入った。次の瞬間には渦から出ており、目を開けるとコンクリートで囲まれたワンルームくらいの部屋に出た。部屋には隅に上へ上がるための階段があるだけで他は紫色の渦しかない。

 ここは俺の暮らす家の地下室だ。ある時、この部屋にダンジョンの入り口が出来た。しかも深淵直通のダンジョンが……。

 そのまま階段を登り、家のリビングへ。ふと窓の外を見ると空は夕焼けに染っている。


「もう夕方かぁ」

《お帰りなさいませ》


 リビングへ入るとルーファスの声で出迎えられる。


「ただいま。ルーファス。少し休憩するよ」

《かしこまりました》


 俺はそう声をかけ、リモコンを手に取りテレビをつける。

 テレビからはニュースキャスターが探索者について語っている映像が流れ始めた。


『しかしこの探索者は何者なのでしょうね〜』


 ニュースキャスターたちが話している後ろでモニターには、俺が地竜と戦っていた時の映像が流れている。しかし、EMPを発射したであろう時点で画面が乱れ、配信映像はそこで終了していた。


「俺がニュースに出てる!?」

《ええ、どうやらネット配信に先ほどの戦闘の一部が配信されていたようです》

「あいつかぁ……」

《はい、おそらくあの探索者かと》

「EMPを使う前から配信されていたのかよ……」

《大人気ですね》

「顔が出てないからまだマシだが……ダンジョンでの活動がしにくくなるのは困るよ。」

《そうでしょうね》

「」

《ええ、地上では実現不可能な武器を使っていたり、一人では倒せないと言われている地竜を単独で撃破していますからね》

「ルーファスさんや……これなんとかならない?」

《無理です》

「そっかぁ……しばらくダンジョン探索は中止だな」

《顔を写していないのでわからないのでは? 装備を出さなければ》

「ああー、確かに!」


 ルーファスとそう話しているとテレビから興味深い話が聞こえてくる。


『それにしても問題はこの武装です。これは個人が保有していいものを遥かに超えています』


 そう語るのはスーツを着た男。テロップには探索者庁長官と出ていた。


『我々もこの人物との接触に向けて全力で捜査中です』


「やめておいて正解だな……」

《そうですね。探索者庁のホームページにも、顔写真と共に捜索依頼が報酬有りで貼られていますね》

「まじ?」

《まじです》

「もう指名手配犯みたいな感じだな……」

《実際、合ってるかと。魔物に効き、かつ、超強力な武装をまだ持ってる可能性がある人物だと思われていますからね。国家反逆とか懸念されてるのでしょう》

「そんなことしないのにな」

《分からない状態というのは怖いものなのでしょう》

「まぁ、しばらく深層と深淵のみにしておけば問題無いだろう」

《行くことを辞めないのですか?》

「それはそれで暇じゃないか。新武器の素材も欲しいし、試運転もしたい」

《……分かりました》


ルーファスが呆れたような声質に変化し答える。


「そこでだ、ルーファス。今度、深淵の遠征に行こうと思うんだ」

《深淵へ……ですか?》

「ああ、この前深淵で取ってきた素材とか、鉱石がなくなりそうだろ?」

《ええ、そうですね。では、武装の点検を進めておきます》

「頼む」


 そうして、ソファに座りくつろいでいると、グゥーと俺の腹の虫が鳴る。


《そろそろご飯を食べてはいかがですか?》

「そうするよ」


 俺はキッチンへ向かい、夜ごはんの準備を始める。と言っても、お湯をカップ麺に注ぐだけだが。


《今日は自炊をしないのですか?》

「うん、今日はやめとくよ。疲れたし」

《わかりました》


 ルーファスと話していると、やかんから水が沸騰した時に鳴る甲高い音が聞こえてくる。

 やかんを手に取りカップ麺の蓋を半分開け、お湯を注ぐ。

 お湯を注ぐだけで、空腹をさらに加速させ、食欲が増すようないい香りが漂う。

 注ぎ終えると蓋を閉め、箸で勝手に開かないよう蓋の上に重しとして載せる。


《三分測ります》

「ああ」


 待っていると、ルーファスから三分経った合図が送られてくる。


「いっただっきまーす!」


 熱気でうっすら暖かくなった箸を持ち、手を合わせて感謝を込めた言葉を発する。


「あっつ! ——はぁ……カップ麺はいつになっても美味しいなぁ」


 久しぶりに食べるカップ麺はより美味しいような感じがした。

 そのままの勢いで完食する。


「ご馳走様でした!」


 そして、キッチンへ空の入れ物を置き、後始末をしてソファへ再び座る。

 少し休憩し、お腹いっぱいになったことと今日の疲れが合わさり、睡魔が襲ってきた。


(眠い……お腹も満たしたことだし寝るかぁ……)


「ルーファス、おやすみ〜」

《はい、おやすみなさいませ》


 寝る前の挨拶をすませ、俺は寝室へ向かう。





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