天気屋
岡下 夏日
あなたに転機を
雨が降っていた。灰色の雲に目を向けるものはおらず、みな、雨で体が濡れないようにと傘を指して歩いていた。突然の雨に傘なんか持って来ていなかったけれど、道ゆく人々はおしなべて傘を指していた。もしかしたら、天気予報では今日は雨だったのかもしれない。
「天気屋−あなたに転機を−」
そんな怪しい看板が付いたビルの玄関で私は雨が止むのを待っていた。
「天気屋って、笑える。私にも転機くれたりするのかな。」
私、宮若香織はつい一時間前、失恋した。間接的にというか直接的というか、なんだかわからないまま、失恋した。
「一体、なんなのよ。あれだけスマホでの会話を続けてて、なんだか私のこと気になってるみたいな雰囲気を出しといて、私から頑張ってクリスマスの日空いているか聞いてみたら、用事がある?まあそこまでは許すわよ。家族と出かけたりするのかなとか思ってたし、でも今日、気分転換に本屋に買い物に来てみたら、なんなのよ。他の女の子と手を繋いでいる所にばったり出くわすなんて。私思わず「え、彼女?」って聞いちゃったじゃない。聞いたのは私だけど、答えなんて知りたくなくて、本を買うことも忘れて飛び出しちゃったじゃない。ほんとに信じらんない。」
私は、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出していた。
「嬢ちゃんの天気、良くないね」
後ろから突然話しかけられ、私は持っていたバックを思いっきり振り回した。
「きゃーー」
「危ない、危ない、怪しい人じゃないよ。はいどうぞ」
私の攻撃(?)を全て避けた怪しい人は一気に距離を詰めて、名刺を渡してきた。
「あ、ありがとうございます。じゃない、じゃない。そんな格好した人が怪しくないわけないです。」
ボサボサの長髪に長いマフラー、アロハシャツに短パンに暖かそうなスニーカー、極めつけに水色のサングラス、季節感が全くない。渡された名刺には『天気屋 八意そら』そう書かれていたが、なんて読むのだろう、はちい?やい?
「僕の名前は「やごころそら」ね、そらさんでもやっさんでも、好きなように呼びな」
「そうですか、教えてくれてありがとうございます。それでは、さようなら」
私は小降りになってきた頃を見計らって、この季節感なし男とおさらばをしようとした。
パチン
「今、帰ったら土砂降りになるよ」
「そんなわけないじゃないですか、なんですか、『天気屋』だから天気でも変えられるっていうんですか?私、今日イライラしてるんです!」
「あぁ、失恋したって言ってたね。」
「なぜそれを、まさか聞いてた、どこから!?」
「なんだか私の−−−ぐらいから」
「ほぼ、全部じゃないですか」
ザーザーザーザーザーザー
「ほんとに降ってきた」
空はより一層曇り、見事な土砂降りになった。
「まあ、そうカッカせずに嬢ちゃんの天気、僕がかえてあげようか?」
『天気屋』はサングラスの奥の瞳から、私の方を見つめ曇りなく笑った。
「それで、『天気屋』さんは私に何をしてくれるっていうんですか?」
私は『天気屋』さんに連れられ、三階の事務所のソファに座っていた。
「簡単なことだよ、天気を変えて、転機を作る」
「え、それだけ?」
あまりにもそのままで、つい言葉に出てしまった。
「嬢ちゃん、それはひどいな。まぁ、言われ慣れてるから平気だけども」
「けど、天気を変えられるってすごいですね。神様みたいな感じですか?」
私は冗談交じりに、聞いてみると
「うん、そうだけど」
さも当然かのように、うなずく『天気屋』の姿は嘘には思えなかった。
「神様っているんですね。」
「そうだよ、だけど、普通は出会わない、神と人間が交流するのは必ずしも、いい結果になるとは限らないからね。」
「ならなんで、私は『天気屋』さんに?」
「僕の親戚のおじさんに『運命の神様』がいてさ、その人が「人と神は出会うべくして出会う」っていう運命を作ったから、僕らは出会ったわけだよ。」
「なるほど、よくわかりませんが、そういう運命だったわけですね。」
「運命といえば、おじさん、こっちじゃ確か、ベートーヴェンって呼ばれてるっけ」
衝撃の事実に自分の耳を疑う。
「えっと、今なんて?」
「だから、おじさんがベートーヴェンって名乗ってた。」
「え、えーーーーーーーーーーー!」
今日一番の驚きが部屋中に響き渡る。
「僕のカミングアウトの時もそれぐらい驚いてくれたらいいのに」
「比べ物になりません」
「辛辣だな、嬢ちゃんは」
「さっきから思ってたんですけど、嬢ちゃん、嬢ちゃんって、私にも名前あるんですから、若宮香織っていう名前が!」
嬢ちゃんと呼ばれる、むず痒さが我慢ならなかった。
「ほう、かおりって言うのか、嬢ちゃんは。けど待てよ、かおりも僕のこと、『天気屋』って呼んでないか?僕にも立派な八意そらって名前があるのに」
「た、たしかに、ごめんなさい八意さん」
私は自分の至らなさが恥ずかしかった。
「それで、『天気屋』の詳細なんだけど」
私が恥ずかしさのあまり下を向いて居心地の悪さを感じていることはお構いなしに、八意さんは話を続ける。
「神様は信仰心が減ってしまうと、その存在が消えてしまうんだ。だから、たまに人間の信仰心を集めにくる。けれど、さっき言った通り、僕らも人間も出会うべき相手にしか出会えない。まぁ、その運命の相手がいっぱいいるやつはいるけれども、僕は多いほうじゃないから一会が大事なんだ。」
「なるほど、神様も大変なんですね」
「そういうこと、じゃあ本題、かおりはどうしたら僕を信仰してくれる?」
そういう感じかと思いつつ、難しい質問に頭を抱える。
「そうですね、難しいです。」
私は天気に関わることをいろいろと考えたけれど、全然いい案が出てこない。
「そうだ、君を振った男の子のデート中に豪雨とかどうだろうか。いや、けどいつデートしてるかなんて僕らが知るわけないもんな。」
「それ、いいですね。」
「え、いいの?けど、いつ?」
「今日は十二月十八日、世のカップルたちがほぼ百パーセント、外に出る日があるじゃないですか。」
「そういうこと、クリスマスね」
「はい、一週間後のクリスマス、特大の豪雪を降らせてください。イルミネーションが全部雪景色になるぐらいのを。」
「よし、契約成立。少し痛い目みてもらわないとね」
八意さんは私に手を差し出し、握手を求めてきた。
「はい、乙女を弄ぶのはいけません。」
私はその手を握り返し、別れの言葉を言ってからビルを去った。
そういえばと思い、渡してきた名刺を詳しく見てみると本社「氷川神社」と書かれていた。
帰り道、スマホで「氷川神社」と調べてみると、東京の高円寺にあるすごく立派な神社だった。私が住んでるのが川崎市だから、頑張ったら平日でも行ける距離だった。
「たまにしか人間と会えなくても消えないってことは、すごく信仰されているってことなのでは?」
私はもしかしたら、あの季節感なし雄がものすごい神様のような気がして、今日一日が無礼すぎたかもしれないと思った。
「本当にクリスマスに大雪になったら、お参りしに行こうっと」
帰り道、すっかり晴れた夜空には、今日の雨を労うような満月だった。
翌日、本当にクリスマスは雪になってしまうのか、とテレビの天気予報を見ていたが、気象予報士さんは「今年は残念ながら、ホワイトクリスマスにはなりませんね」と言っていて少し不安になった。きれいな気象予報士さんと季節感のない天気の神様、どちらを信じるべきか。こんな二択に自分でも呆れながら、私は冬の惰眠を謳歌していた。
ピコン ピコン ピコン
スマホの通知音が鳴った。私は基本通知を切っているので、鳴るということは、家族か、それとも、、、まさかの可能性にすぐさまスマホを開いて誰からなのかを確認した。
〈昨日はごめん、まさか妹といる所、見られるなんて思わなくて…急に走り出してどっか行っちゃうからびっくりしたよ〉
〈この間、クリスマスに誘ってくれた話だけどさ、用事ぜんぶ前もって終わらせたから〉
〈僕と一緒にクリスマス出かけませんか?〉
そんな三行が立て続けに送られてきていた。
〈ちょっと待って、状況が整理できてない〉
〈つまりは昨日、一緒に居たのは彼女じゃない?〉
〈そういうこと、やっぱり勘違いさせちゃってるよね。あのときどうしてもって妹が言うから手を繋いでただけでほんとに彼女じゃない!〉
〈用事を終わらせたっていうのは?〉
〈本当は今年、妹をクリスマスにどこか連れて行くって言う話だったんだけど、若宮さんから誘われたから、一週間早めて遊びに行ってたんだ。〉
〈それなら、そうっていえば良かったじゃない〉
〈ほんとにその通りだけど、なんかやっぱり僕から改めて誘いたいなって思って〉
なんだこの人は、私のこと好きじゃんと思ってしまう。
〈なるほどね、わかった。いいよクリスマス出かけよ〉
私は嬉しさのあまりぴょんぴょん飛び跳ねていた。
〈良かった!!二十五日は雪も降らないみたいだし、ほんと楽しみにしてる!〉
彼のその一言で私は昨日のことが蘇る。
「や、やばい、つまりは、明日デートする相手は、私?」
私は急いで服を着替え、昨日の事務所に向かって走り出した。
私は確かに来た道を覚えていた。いくら神様に出会って気が動転していたからと言っても、昨日今日でビルの場所を忘れるはずがない。けれど、あの怪しい看板はどこにも見当たらなかった。
「そ、そんな」
私は焦る。せっかくの恋焦がれる相手からのクリスマスのお誘い、今まさに転機が来ているのだ。なんとかして八意さんに会わなければ。数秒の間、わたしは立ち尽くしてしまった。しかし、思い出す。昨日、八意さんからもらった名刺には「氷川神社」と書かれていたことを。
「行くしかない、出会えるかどうかわからないけれど、私とあの神様をつなぐのはこれだけ。」
名刺を握りしめ、東京、高円寺に行く決心を固めた。
私が住む川崎市から電車で、日本の首都、東京駅まで行き、迷宮と名高い東京駅内を無事制覇し、中央線の快速に乗り高円寺駅までたどり着いた。時間は一時間と少々で、やはり都会の利便性に酔いしれていた。そこから、標識に従って進んでいくと鳥居が見えてきた。
「ここが、高円寺氷川神社。」
鳥居から少し離れたところに拝殿があり、白い服をきた巫女さんが箒で境内を掃いていた。
私は、声をかけるか、かけないか悩んだすえ、頑張って巫女さんに話しかけてみた。
「あのー、こんにちは」
「こんにちは、どうぞいらしてくださいました。もうすぐ、試験の季節ですもんね。さぁ、私にはお構いなく、どうぞ御祈願を。」
「試験?なんのですか?」
「あれ、気象予報士試験の合格祈願に来たわけじゃないんですか?うちが国内唯一の気象神社だから」
国内、唯一の気象神社。神社は詳しいほうではないけれど、マニアの方にはたまらないのではないだろうか。
「いえいえ、私はただ八意さんに会いに来ただけで、気象予報士を目指しているわけではないです」
「あらま、私の勘違いだったのね。お恥ずかしい。ですけど、今「八意さん」とおっしゃいました?」
「はい、天気屋の八意そらさんです。お知り合いですか?」
巫女さんはあきれたような顔をして、
「お知り合いも何も、この神社の御祭神は八意思兼神(やごころおもいかねのみこと)です」
「八意さんの言ってたことは本当だったんだ。」
「まぁ、また八意さんなんて、いくらなんでも失礼ですよ」
巫女さんの口調は強くなってきた。
「まぁ、そうカッカしないで。僕は別に大丈夫だよ」
私たちが話しているのに、突然入り込んで来たその声は、最初に出会った時と同じ声だった。巫女さんは突然現れた男の人に驚き、持っていた箒を振り回す。
「危ない、危ない、服が汚れるよ」
「突然割り込んで来て、なんなんですか」
八意さんは、不思議そうな顔をしていたが、何かを察したようで、意気揚々と指を鳴らした。その瞬間、神社の境内が明るく光り、私たちはそのまぶしさに目を閉じ、次に開くと目の前にいた季節感なし男の姿はなく、代わりに真っ白な袴と頭には冠を身に着けた八意さんがいた。
「これで、どういうことか、わかった?」
八意さんは驚きのあまり腰を抜かした巫女さんの方を見て、ニコっと笑い手を差し伸べた。
「あなたは、八意思兼神様」
八意さんの手をつかんで立ち上がった巫女さんから出たのはその一言だった。
「いつも玄関の掃除ありがとね、これからも頼んだよ」
「は、はい!バイトの身ながら、一生懸命掃きます!」
巫女さんがバイトだったことには衝撃を受けたが、すごくやる気が高まっているのでいいことだと思う。
「それで、かおりはこんなところまで何しに来たんだい?」
八意さんに話しかけられ、本題を思い出す。
「それが、いろいろ込み入ってまして…」
私はここに来た理由と私の願いを伝えた。
「つまりは、好きな人に彼女がいると勘違いした君は、クリスマスなんて雪景色になってしまえと思ったら、ただの勘違いで後からクリスマスに誘われたから、豪雪にしないでくださいって頼みにきたの?」
「恥ずかしながら、その通りです。」
「君ねぇ」
神様の恰好をした八意さんからは並々ならぬ圧力を感じた。
「ごめんなさい、けど、私の転機なんです。どうか、どうかお許しを」
私は八意さんに近づき、自分の両手を握って懇願した。
「そうだな、ひとまずお供え物としてコンビニで甘いもの買ってきてくれ」
「え?」
「一度決めた天気を変えるのは結構疲れるの、さ、ダッシュ、ダッシュ」
八意さんの言いたいことが伝わり、私は満面の笑みになった。
「わかりました!行ってきます!」
私は鳥居を飛び出そうとしたが、もとに戻って、
「ありがとうございます!八意さん!」
そう言って、境内を駆け抜けた。
それから数分後、たくさんのスイーツを食べた八意さんは本殿に入り、それからまた数分後、ケロッとした顔で出てきた。
「あの、八意さん。私はほかにどんなことをしたら、いいんでしょうか」
私は恐る恐る、聞いてみる。
「そうだね、神様の僕に手を焼かせたこと、どう責任取ってもらおうか」
八意さんの笑顔がこわい。
「よし決めた、今日から君もここでバイトをしなさい」
「は、はい?」
「交通費はこちらが持つけど、バイト代は最低賃金ね!」
「でも、それじゃ好条件すぎませんか?」
「巫女の人手も足りなくなってるのさ、ほら、こっちとかあそことか」
八意さんが指さした方向には雑草や落ち葉が残っている。
「お恥ずかしい限りです。申し訳ありません、八意様」
「君一人で今までよくやってくれたよ、ありがとう。明日からは、この子をこき使っちゃって」
八意さんは私の肩を引き寄せ、背中をばしばし叩く。
「わ、わかりました。お手伝いできるかどうかわからないですけど、頑張ります!」
私は、今日から氷川神社の巫女になった。突然のバイト決定であたふたしていたが、巫女さんの、いや雨宮さんが優しくいろいろ教えてくれた。
「今日一日、ありがとうございました」
「明日からも来て頂戴ね」
「はい、もちろんです。」
「それじゃ、かおり、デート頑張ってきなよ。」
「はい、頑張ります」
お別れの挨拶をした後、私はゆっくりと旅路についた。
「八意様、私が願ったこと、人手を増やしてってこと、聞いてらっしゃったんですね。」
「さあ、なんのことだか、僕はただの天気の神様だからわかんないや」
クリスマス当日
空は、雲一つない快晴で、寒々しい一日とはかけ離れたクリスマス日和になった。
私はお気に入りの服を着て、待ち合わせの時間をスマホで確認し、玄関の扉を開けた。
今朝のニュースでは、夜には程よい雪が降り、久しぶりのホワイトクリスマスになる
そうだ。
今日は、いい天気みたいだ。 終
天気屋 岡下 夏日 @obvious436
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。天気屋の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます