こちら、改造生物研究所 ~遺伝子組み換えは使っております~

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こちら改造生物研究所

 ――都内某所にて、ひっそりと経営されている研究所があった。

 限られた人間しか入る事が出来ないその研究所。その名を改造かいぞう生物せいぶつ研究所けんきゅうじょ。この世界に存在する様々な生物の遺伝子やデータを違法に揃えている。そして、顧客のオーダーに応じて様々な改造生物を作り出す恐ろしき秘密組織だ。

 悪の組織の怪人……裏社会で品評されるような異常な生物……そして、獣人や伝承の生物の実現。オーダーがあれば、そんな冒涜的な発明を行うブレーキの存在しない恐ろしき秘密結社。これは、そんな恐ろしき組織の実態レポートである……!



「キーヒヒ! 保無もてなし様、お久しぶりですなぁ!」


 高らかに笑いながら挨拶をするのは、この改造生物研究所の所長である来卯くるうである。

 ボサボサの髪に度の厚い眼鏡をかけた、如何にもマッドサイエンティストと言った見た目をしているその所長に、顧客である保無もてなしは神妙な顔で訊ねる。


「注文をしていた、例の件だが……進捗はどうなっている?」

「ヒヒヒ、当然ながら全て順調でございますよ。世にも珍しい、美しき獣人をこの世に生み出したいということで……ええ、ご注文の通りに」

「ふふ、楽しみだ……高い金を払ったからな。では、見せて貰おうか。その成果というものを」


 ああ、なんということだろうか。人間の倫理から大きく外れた鬼畜の所業である!

 生物の命を弄び、己の欲望に任せ都合の良い形にする。そして、それを金で売るという悪の現場において善は存在しない。もしも、この世の地獄があるならここを言うのだろう!


「キーヒヒ! それでは、こちらがお望みの美しき獣人です!」


 そういって、ガラス越しに見たそこに……誰が見ても間違いなく獣人と呼べる存在がいた。

 ああ、何という冒涜的な麗しさであろう。その体は均衡が取れており、古代より伝わる神々に匹敵するような美しき肉体美を余すところなく見せつけている。この世界における美しさの黄金比という言葉は、その肉体に宿っている!

 そして、その頭部には人ではないという証拠がしっかりと備わっていた。ネコ科としての目。ネコ科としての耳、その美しい毛並み。恐らく、それを見た人間はこう叫ぶだろう……


「タイガーなマスクじゃねえか!!」

「ひょ?」

「『ひょ?』じゃない! アニメとか漫画に出てくるタイプのプロレスラーキャラそっくりじゃねえか! 美しい獣人というオーダーだろう! 何でタイガーなマスクになるんだ!? そして、なんで今室内でトレーニングをしているんだ!? 鍛えている現場のせいでリングインする前段階の調整にしか見えないんだが!?」

「やはり、運動不足は大敵ですからねぇ。室内でも運動をさせないと健康に差し支えますので。あと、動物というのは運動をする生物なのでストレス解消も必須なのでそのデータも採取中というわけですよ」

「そうだけどそうじゃない! まず、どうしてこうなったのか説明をしろ!」


 その光景に、我慢が出来ないとばかりに叫んでいる保無もてなしに、自慢げに来卯くるうは己の作品を誇るかのように解説をする。


「では、説明をしますと……まず、我々はオーダーを受けたときに美しい獣人というデータから、まず最初に美しさについてを考えたのですよ……美しいというのは、決して不変ではない。時代によって大きく変わる概念です。であれば、美しさにはどの時代でも通用する不変さが必要と考えました」

「……まあ理論は分かる。続けてくれ」

「では、不変な美しさとは? 美醜は時代や地域によって変わる……生物の本能の感じる美しさとはなんなのか……? それは、強さです。強さというのは、不変的な美しさであり太古から伝わるシンボルでしょう! 忌避し、恐れながらも強さには大きな美が宿っています。ならば、その強さこそが美しさ! であれば、均整が取れた戦闘力の優れる存在こそが美しいと判断しました! もはやこれは我が研究所の総意といってもいい!」

「なるほど! 合理的な判断だな! 色々と客の求めてそうな大切なものがすっぽ抜けている所に目を瞑ればだが!」


 ああ、その所業を前にすれば頼んだ者ですら平静を保つことが出来ない! げに恐ろしきは、改造生物研究所!

 さらに、来卯くるうは己の組織が作り出した作品の解説を楽しそうに続けていく。


「そして、獣人……美しいという中に動物を混ぜるのであれば、動物にも一定の美しさが求められる……ということで、これは所内でアンケートを採りました」

「所内で!? もっと幅広い範囲で採れよ!? なんでそこに関しては身近で済ませるんだよ!?」

「これでも表沙汰に出来ないような組織なので……それに、動物というのは個人の好みなども出ますからねぇ。所内にはプロが沢山いますから、そのアンケートの結果であれば信用度は高いという判断です。というわけで、所内でアンケートを採った結果3票の最多得票数で虎が勝利をしました」

「3票!? この所内にいる所員の数は何人なんだ!? 出来レースじゃないのかもうそれ!?」

「総勢でいうと94名ですかね。非番だったり、リモートワークだったりも含めてですが、アンケートの際には全員が快く答えてくれましたよ。一応アンケートに答えると組織の物販で使えるQUOカードも配布したのでそれもあるのでしょう」

「思った以上に大規模だし、QUOカードとか配ってるのか!? それで勝ち取ったのが3票なのか!? なんで俺はこんなにツッコまないとダメなんだよ!? どうなってるんだよこの研究所!」


 ああ、何という規模なのだろう! これだけの人間が禁忌に手を染めているなどとは!

 この組織の闇の深さと規模の大きさには震えるしかないであろう!


「美しい動物ということで多種多様な候補が出てきましたのでねぇ。惜しかったのは、見た目の派手なマンドリルと尻尾の美しさからクジャクですねぇ。最後までどれになるかも分からなかった所、やはり美しさが強さであるという結論から虎の辛勝となったのですよ。やはり、89匹も選出されると様々な可能性が見えて非常に有意義なアンケートになりましたから」

「クソ、知識がある人間の多様性と有能さが裏目に出てる! むしろこの惨状を見ると虎が正解ってどういうことなんだよ!」

「私のイチオシはイルカでした。イルカをベースに人間風の体にしようかと思ったのですが、「アニメで見たことがある」「強さの面で微妙じゃないか」「キモくなりそう」で反対されましてね」

「じゃあタイガーな方も反対しろよ!?」


 客である保無は未だに満足できないとばかりに、その獣人に対する質問を続けている。

 ただでさえ常識を捨てた鬼畜の所業だというのに、不満げな表情を見れば人間の欲望には際限が無いのだと、恐ろしき業を見せつける!


「ここまでは納得するとして……性別は? メスだよな?」

「いえ、去勢済みのオスですね」

「去勢済み!? なんでそこまで!?」

「まあ、ネコ科ですのでな。見た目は違いますが近親種である野良猫に発情してしまうと厄介ですし、飼いやすさを考えるとオスの方が去勢すれば非常に飼いやすくなりますので。いやあ、男性ホルモンがないとあの筋肉は維持できないので、苦労しましたねぇ。男性機能を失った状態でも男性ホルモンを維持してあの肉体を成立させるのは」

「くおおお! 色々と間違っている! 俺が欲しかったのは……欲しかったのは……!」


 ああ、なんということだろう。人間の業というのはここまで際限が無いのだろうか!

 このような悪の所業を前にしてなお、客である保無もてなしは目の前の冒涜な光景にすら満足が出来ず己の欲望をさらけ出していく!


「エッチで可愛い、人間の女の子の見た目をした獣人だったんだ……! 俺は、エッチな獣人の女の子とイチャイチャしたかったんだ……!」


 ああ、自らの恐ろしい欲望を口にしたことで、保無もてなしは恐ろしさのあまりか崩れ落ちてしまった!

 だが、そのような欲望すらも聞き飽きたとばかりに、来卯くるうは冷徹な目で答える。


「あー……そのオーダーですと、ちょっとオススメはしませんねぇ」

「……なんでだ? 普通に良くあるオーダーじゃないのか?」

「いや、基本的に獣人とは言っても基本ベースはペットと同じなので、ちゃんとしつけや訓練をしないと普通にめちゃくちゃ噛んだり暴れるので大変ですよ? そうなると、人間サイズって結構致命的なんですよねぇ。しかも、下手に他の人間にお世話をするとそっちに懐いて面倒な事になった例も沢山ありますな」

「そりゃそうか……いや、納得したくはないんだが」

「それと、獣人って結構臭いがしますのでケアを毎日ちゃんとしないと野生動物のエグい臭いになるので異臭トラブルが発生するのも要注意ですねぇ。問題なのは、ベースが野生動物と同じになるんで基本的に風呂嫌いな場合が多いので入浴は相当苦労するでしょうし、毛皮が残る関係上ノミとか皮膚病リスクも結構高いです。そして、良くあるクレームですがエッチな獣人とはいっても発情期にならないとその気にならないおまけに、発情期になったらなったでドン引きするぐらいサカりますよ。ネコの発情期みたいな感じで、24時間ずっとなのでノイローゼになった例もありますし鳴き声の騒音トラブルが……」

「やめろー!! 夢が壊れるから! というか、そういうデメリット消せないのか!?」

「正直、我々としても獣要素をそんなに削って人間くらいの知能となると、ぶっちゃけ人間の方が早いですし……こちらも夢と言われる物を現実に作るのが仕事なので、あまり食指が動かないというか。面倒な要素を取っ払うには相当な期間がかかりますからね。正直、求める理想の獣人の女の子を作るとして……保無もてなし様の男性機能が健在な間に完成するかどうか怪しいラインかとは思いますねぇ」

「そ、そんな……」


 あまりにも非常な言葉に、保無もてなしは絶望を顔に浮かべて膝を突いてしまう。

 なんと恐ろしい改造生物研究所! 人の浅はかな欲望すらも超える深淵とはこのことである!


「うう、俺にはエッチな獣人とイチャイチャの夢は叶わないのか……」

「成人女性を素体に改造して、獣人風にすることは出来ますよ? まあ、コスパを考えると普通にコスプレをした方が早いと思いますが。運動性能底上げしたり、戦闘能力マシマシにしたいなら最近怪人を作る研究も軌道に乗ったので、そっち方面での改造をするのもありかと……」

「それじゃないもん! 僕が欲しかったのはエッチでカワイイちゃんと動物な獣人だもん!」

「ですよねぇ」


 ああ、深淵を前に保無もてなしは幼児退行すらも始まってしまった! もはや、ここには狂気しかないのだろうか!


「それで、どうされますかな? オーダーをし直す場合には、前金分で完成次第支払いでもいいのですが……エッチな獣人娘を作るには数十年単位になりますよ? ちなみに、開発までに保無もてなし様が死亡された場合には一番近い親族に相続という形になりますが」

「キャンセル! キャンセルだ! 最悪、俺の親戚とかに急にエッチな獣人娘が送られてきたら「何事!?」ってなるだろ! くそう……俺の夢が……」

「残念ですな。また、違うオーダーがあればこちらでご用意を致しましょう。今回はオーダーがザックリとした物だったので、行き違いが発生したようでしたのでこちらも誠意を持って対応します。ああ、開発途中で完成した見た目がファンシーなアニマルですが、お詫びに連れて帰りますかな?」

「……くっ、何も持って帰らないのも悔しいし、それくらいなら……可愛いな、おい……ニチアサアニメのマスコットみたいでいいじゃないか……。ああクソ、恥ずかしがらずに最初からエッチな獣人娘とイチャイチャしたいと言っておけば良かった……」


 ああ、欲望を満たす事すら出来ない悍ましき依頼者、保無もてなしはそのまま哀れな犠牲となった動物を戦利品として帰還していく。

 だが、そんな保無もてなし来卯くるうはまだ足りぬと声をかけた!


「ああ、そうだ。お前もお客様が帰るので挨拶をしなさい」

「……誰に言ってるんだ?」

「ばいばーい、おじちゃん! また遊びに来てね!」


 強化ガラス越しに聞こえる、あどけないソプラノボイスな子供の声に驚愕する保無。


「えっ、喋れるの!? あと声カワイイなっ!?」

「ヒーヒヒ! 当然、最高傑作なので知性は平均的な人間と同じ程度までになる予定ですねぇ! 美しき獣人ということですが、獣人であるなら人の知能は必要ですので! ちなみに、あの見た目ですが年齢的には一桁くらいですよぉ! おおよそ2年で大学生レベルの知性になる予定ですねぇ!」

「技術力だけは本当にすげえな!? というかあのガチムチな見た目で少年なの!?」

「キーヒヒ! 素直で良い子ですよぉ! 本人は大きくなったら渋くてカッコよくなり、警察官になりたいそうですね。まあ、男性機能ないんで多分声変わりしませんし、戸籍ないんで就職出来ませんがねぇ!」

「そんな罪悪感の湧く事実は聞きたくなかった!」


 なんと来卯くるうは、失意の保無もてなしに己の技術と悪行を見せつける事すら忘れなかった!

 ――これが改造生物研究所における悪行の一つである。ああ、かの研究所は今もまた新たなおぞましい技術によって、我々の理解を超えた生物を作っているのだろう!

 今後もこのレポートによって、改造生物研究所の悪行を伝えていこうではないか!

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