メガジェットサンダー伝説☆のぶしげ!

@efu-yuu-sii-kei

第1話 殺戮のランドセル

 ぼくは頭がよくないので、よのなかのことがちっともわかりません。


 お寿司にあの緑色の草みたいなやつが入っているわけ。

 どこも不景気といって地球の上からは一円のお金も消えていないわけ。

 誰もかれもがちがう神さまを信じて争うわけ。

 

 そして、お隣に住む涼子さんがあんなにもきれいでやさしいわけ。


 ……それらはいつまでたってもぼくのあたまを悩ませます。


 それでも時はすぎ、ぼくはことし48歳になりました。




 うすっぺらな計算ドリルをこなすにはあまりに長い、落第に落第をかさねた小学校42回目の夏休み、8月8日の朝7時57分に、同級生の琉輝斗るきと君がぼくを呼びに来ました。

 そのときぼくはまだお布団の中でくつろいでいたので、ちょっと待って、と窓の下に呼びかけ、ゆうゆうと歯を磨いてシャワーを浴びました。薄くなった髪をとかすたびに舞い散る抜け毛におびえながらお出かけモードで玄関の外に出ると、琉輝斗くんは待ちきれない、というふうに鼻の穴をぴくぴくさせていました。


「学校、行くぞ!」


「何しに行くんですか?」


 今は夏休みのさなかです。


「もうみんな集まってる」


「みんなって誰ですか?」


「クラスのみんなだよ!」


「なんのために、」


「これ見ろよ、お前狙われてるんだぜ!」


 琉輝斗くんが見せてくれたのは一枚の便せんでした。


「昨日、武市たけいちのところに届いたんだ」



ーーお前たちのクラスの浜岡のぶしげをさし出せ。

さもなくば”めっさつ”だ。お前ら6年3組に二学期はない。

究極殺戮軍団『KAGEROU』より愛をこめて



 やってくる猛暑を予感させる朝の湿気とセミのざわめきが頭をぼんやりさせます。


「はて? 何ですかいなこれは」


「お前、『KAGEROUカゲロウ』を知らないのかよ!」


「と言われましても」


「バーバリアン学園最強の殺戮部隊だぜ!」


「はあ。武市君はそんなぶっそうな人たちと知り合いなんですか? 学級委員なのに」


 気づけばぼくはもうフウフウいいながら額の汗をぬぐっています。


「そんなわけねーだろ! おい、寝ぼけてんだろのぶしげ。お前ぇのことなんだぞ」


「えっと、どうしてぼくが他校の学童から狙われなければいけないんでしょうか。そのへんはどう思いますか琉輝斗くん」


 琉輝斗くんはぎゅっと拳を握りしめ、しばらく沈痛な面持ちのまま黙りこくっていました。


「おそらく……俺ら月指つきゆび小学校最大の秘宝、『千年牛乳エリクシール』を手に入れるためだ」


 エリクシール。そう言われてぼくはハッとしました。


 区立月指小学校の学童で『千年牛乳エリクシール』のことを知らない者はいません。それはわが校に伝わる七百七十七不思議の七百七十七番目、ふれてはいけない禁忌でした。


 この学校ができて間もない昭和の時代、オイルショックとかそういう頃に、とある少年が給食で残した牛乳が、いまだ校舎のどこかに隠されているらしい。40年以上の夏を越え、少しずつ膨張しながら今もなおエイジングをつづけているという。それを見つけ出し、飲み干した者には『永遠の命』が与えられるだとか。


 4月に転入してきた柿村君はまず初日のイジメの前にこの話が伝えられ、みだりに口に出さぬよう固く誓わされました。

 それでも年に一度か二度、誰かがうっかりこの話を口にするたびいっしゅんで場が凍りつきます。男子は緊張と興奮にひどくふるえ手汗をかき、立ったまま賢者タイムに入ります。女子は恐怖に引きつり失神する者まであらわれます。

 いままで命知らずの学童が幾度となく校内を探しましたが、問題の牛乳が発見されることはありませんでした。

 それゆえ伝説は、ぶ厚いヴェールの向こうに隠れてかさを増し、夏になるたびいやおうなしに存在感を増していくのです。一度耳にすればあまりのショックに忘れることもできず、1年から6年まで、600人の児童の記憶に忌まわしき謎として陰を落としています。そして話は上から下へと代々引きつがれていき、もう40年以上が経つのです……。


「あるかないかも分からない、そんな神話のようなものをバーバリアン学園は狙っているのですか?」


「だから月指小の最長老ののぶしげを手に入れたいんだろ。何か知ってるかもしれないっていう、」


 クラスでも地味で目立たないぼくが話の中心にすえられることはじつにひさしぶりで、29年前の成人式以来でした。あのときは誰もがぼくをうらやましがり、11、2才のみんなの前でお酒を飲んだり、我慢してタバコを吸ったり調子をくれていました。


 いきれの湧く焼けたアスファルトを一歩一歩サンダルで踏みしめ、ぼくたちは学校へ向かってのろのろと歩き続けます。


「あいつら、マジで手段をえらばねえ。最悪ひとり残らず殺られるかもな。手紙には”めっさつ”って確かに書いてある」


「はい……」


 バーバリアン学園の殺戮部隊には厳格な階級制度があるそうです。中でも『KAGEROU』はその頂点に立つ存在で、じっしつ生徒会をさしおいて初等部全体を仕切っているということでした。


「つまり少数精鋭の最強エリート軍団だ。ふつうの小学6年生とはワケが違うぜ。ケンカが強いとか、そういうレベルじゃない」


  真夏日に寒気が忍びよってきます。


「しかも、あいつら、受験とかないんだ……」


 のどの奥でぐいっと音がして、ぼくは思わず唾をのんでいました。学校法人バーバリアン学園は、初等部から大学までエスカレーター式でした。


「俺らなんか比べものにならないくらい鍛えてる奴らが”めっさつ”って言ってる」


 殺戮部隊のきびしい戒律によると、ターゲットをどのくらいひどい目にあわせるかについてきっちりとした決まりがあり、五段階に分かれているらしいです。


「一番軽いのが、”びょうさつ”。その次が”しゅんさつ”、”ざんさつ”、”ぎゃくさつ”と続いて最後が”めっさつ”なんだ。これ以上はない、つまり」


「最もざんこくな方法でぼくらを……、」




 夏休みの教室に集まった36名のテンションはあんのじょう最悪でした。

 女子はかたまって床に座りこみ、身を寄せ合うようにして無言でした。男子は男子でうなだれて頭を抱えこむ者や落ち着かないようすで黒板の周りをうろうろする者ばかりで、ぼくらがあらわれたとき一斉に向けられた目は、それでもわずかな希望にすがろうとしている人間のよわよわしく優しげな光でした。


 学級委員の武市君がその場を仕切ります。


「みんな来たな。俺たちはいま運命共同体だ。状況ははっきり言って最高にやばい。まずは話し合ってどうするか決めようぜ」


「女子、スマホいじんな!」


 琉輝斗くんが一喝しました。


「だって、ババ小がなんでうちのガッコの牛乳欲しがってるのか知りたくって……」


 クラスでいちばん耳年増の花音かのんちゃんが食い下がり、ほかの子たちもよからぬ想像をふくらませます。


「永遠の命なんてただのうわさだよ、ねえ……」

「たぶん生物兵器とか開発するつもりなんだよ」

「えー、そんなまさか……」

「ええええっ!」

「いやあああああ!!」


「バカ、グーグル先生がそんなん知るか!」


 琉輝斗くんが声を荒げると花音ちゃんは黙りこみ、重苦しい雰囲気はなにやらあきらめの気配に変わっていきます。


「なんかいい方法思いついたやついないか?」


 武市君の言葉は夏の教室に残響し、つづく沈黙がセミの声をきわだたせました。

 ふだんは先頭に立ってクラスをまとめるはずの彼が「戦って勝つ」だとか「脅威をしりぞける」とかそういう具体的な言葉を使わず漠然とした物言いをしたことで、みんななんとなく悟ったのでしょう。ああ、コリャだめだ……、と。


 しだいに、みんなの目線が学級文庫の横のぼくに集まってきます。

 加齢臭を気づかうあまりいつも教室の角からみんなを見ているぼくは、それが何を示すかわかっていました。生贄ヒツジをさし出して助かるならそれは仕方ないことだ、そう言わんばかりの、60個を超える目たち。席替えでとなりに座りたがる友達がほぼいないぼくにとって、それは不思議なことではありません。


「ハマオカさん……、」


 女子のかたまりのなかの桜子ちゃんがおずおずとぼくを呼びました。

 彼女は、平気で男の顔面を殴れる女子の代表取締役・江本さんのかげに隠れていつも目立たない、とても引っこみ思案な子でした。その桜子ちゃんが弱よわしくも第一声をはなったことで、みんなの目は窓ぎわにかたまる女子のほうへ引き戻されます。


「ぼくは、」


 それが彼女の見せた最大限の勇気であるなら、それ以上言わせずにぼくも使命をまっとうしよう、そんなつもりで声を出しましたが、「ぼくは」の先がどうしても続きませんでした。

 ぼくは48歳の老いぼれです。小学校六年生を36回落第したポンコツです。おまけに放課後のビール一杯がやめられず、おなかもぷっくりと出ています。きっとこんな役回りはふさわしいのかもしれない、と何だかじぎゃく的な気分になりました。

 ぼくはそういうときの癖で頭をぽりぽりとかきました。頭皮の毛が抜けかかっている部分を避け、毛根を刺激しないようにそっと。身にしみたコツがあるのです。


 セミの声と、くっきりとした光、影、そして沈黙。夏の太陽が怒りを増し、汗が次つぎ流れます。

 こうしている間にもバーバリアン学園の連中が何か仕掛けてくるかもしれないのに、窓に切りとられた空の青があざやかなぼくたちの教室は、葬儀場のようで、みんな押し黙ったまま時だけがゆるゆるとひきのばされていきます。

 誰もかれも考える元気を失い、もうそのうつろな目をぼくに向けようともしません。勢いあった男子連中も自分たちのプライドとクラスメイトをセット販売することにかんして桜子ちゃん以上の勇気を見せることもできず、かといって玉砕覚悟の抗戦をする気もなく、いらだたしい時間が永遠に続くようでした。


 桜子ちゃんとそのとなりの花音ちゃんがほぼ同時にすすり泣きはじめたとき、それは女子全体に伝染して、あの江本さんですら悔しそうに唇をかみしめ震えていました。その時、


「3てん1415926535……」


 誰かの太い声が、ふいに円周率を唱えはじめました。みんなの目線が上がり、教室の入り口を注視します。

 Tシャツ半ズボン姿の、190センチはある巨漢が、恐ろしい棘のスタッツが打たれた黒のランドセルを背負い、そこに立っていました。


「だ、だれだ!」


 武市君が問うも、あの見るもおぞましいランドセルは私立バーバリアン学園初等部のものに違いありませんでした。


「お初にお目にかかる……。フン、破ッ! 我は究極殺戮軍団『KAGEROU』の頭脳ブ・レーン、 隻眼鏡教授プロフェソール・モノクル こと、吉田つとむ!」


 戦慄が走りました。まさかこんなにも早く敵の刺客があらわれるとは誰が予測できたでしょう。


隻眼鏡モノクルだと。お前わかってんのかヨオ! いくら『KAGEROU』ったって、こっちは36人もいるんだぜ」


 御堂くんが強がります。御堂くんは6年3組のなかで一番男らしい子です。腕っぷしが強い上に、体育の球技は同じチームになればほぼ勝てるような子です。


「897932384626……、ふむ、そんなことはとうに計算済ソル・ボンヌよ。リヒャルト=ワーグナーの社会統計学と非線形代数論を使ってな! 男子17人女子19人、あわせて36だ。フハハハハハハ!!」


「くっ、」


 何かとても頭の良さそうなことを言われて御堂くんはおじけづきました。彼は算数の成績がクラスで一番悪いのでした。


「くそ、つまんねえご託並べやがって。なめてんのか!」


「ふふん、舐めてなどはいない。いくら我がババ小究極の戦士ガル・ガンチュアとても、多勢にひとりで立ち向かうほど愚かパ・キッテルではない。だから今日は、あと"一人"だけ連れてきた」

 そう言って隻眼鏡教授プロフェソール・モノクルは左目の単眼鏡をなでました。


「ここに、もういる」


「何ぃっ!?」


 クラス全員が身の毛を逆立てると同時に、教室全体に甲高い声が響きました。


「ヒュー、オレを忘れてもらっちゃ困るなあ!」


 どこからか、というよりまさしく教室全体が鳴るようなかんじでした。みんながきょろきょろあたりを見回しましたが、机や椅子がすみに寄せられた夏休みの教室には隠れる場所などなく、途方に暮れました。


 バギャッ!


 床が激しくきしむ音が聞こえ、隻眼鏡教授プロフェソール・モノクルの横に小柄な、しかし太ももがぱんぱんに張ったスパッツ一丁の少年が、フィルムのコマ落としを見るようにいきなり出現しました。背中にはやはり棘だらけのランドセル。衝撃で近くにいた御堂くんがふらつき、去年の冬にやったぼくのぎっくり腰のなごりにも硬い痛みをひびかせます。


「オレは『KAGEROU』のいち、『J・Bジェイビー』だ。それ以上でもそれ以下でもない」


「J・B(馬場じゅんぺい)だって!!」


 琉輝斗くんが腰を抜かしました。


「聞いたことがある。幼稚園年長組ですでに50メートル走2秒07を記録した怪物アスリートが、ババ小に入学したって……、まさかタメだったのか」


「じゃあ、もしかして、この部屋にずっといたっていうのは……」


 冷静さを保とうと必死な江本さんが言葉をしぼり出します。


「そうさ、ご想像の通り」


J・Bはタレ目を醜くゆがませて笑いました。


「すごい速さで走り回っていたのか!!」


 武市君が絶叫します。


「くくく、お前らのノドを三万回はかき切れたなあ!」


 クラス中が震え上がります。それでも武市くんは気圧されないように声を張りました。


「な、何が目的なんだ、お前ら。あるかないかも分からない42年前の牛乳なんか、手に入れてどうする?」


「フン、破ッ!」


 隻眼鏡教授プロフェソール・モノクルが気勢を上げます。


「知ってどうする。この上さらなる地獄巡りディヴィナ・コメディーアをお望みか?」


 J・Bもタレ目をにやけさせました。


「オレたちはな、対等にお話するつもりで来たんじゃあないんだ。どうしても知りたけりゃ腕ずくしかないなあ……、やってみるか?」


 それきり二人の刺客は威圧するように無言でした。痛々しい静寂に、あいもかわらずセミの声が重なり、夏休みの教室はただ捕食する者とされる者らの、いわば自然のおきてのような無情さに支配されていました。これから起こることをひとり残らず理解していると、場の空気はむしろこんなにもなめらかになるのかと、土壇場の状況でぼくは思いました。


「……だが我らとて、鬼畜生エネミー・オヴ・ピーチボーイではない」


 隻眼鏡教授プロフェソール・モノクルがゆっくりと口を開きました。


「42383279、お前たちに身の振り方を考える時間をやろう」


 そう言って彼がランドセルから取り出したのは、一枚の大判の封筒で、学校法人バーバリアン学園の見るも恐ろしいロゴが印刷してありました。


「これは、」


 ぼくらの先頭に立ち学級委員として必死に気を張る武市君が、言葉をのみました。


凡人共パン・ピーに興味はない。我らの目的は、浜岡のぶしげ、お前だけだ」


 隻眼鏡教授プロフェソール・モノクルは封筒を僕の足元に投げました。

 赤字ではっきりと「入学願書在中」と書かれています。

 おそるおそる、巨大なハブの卵でも出てきやしないかと慎重にぼくは中身を取り出します。


ーーのびのびと個性をはぐくむ、豊かな選民思想

ーー全寮制の学び舎で、16年間の殺人訓練

ーー広く深くの学究精神で、目指すは一流のカニバリスト

ーー社会の裏で暗躍する、次世代マーダーシップを育てます


 そんなうたい文句がならんだパンフレットの最後のページに、入学願書がついていました。すでに必要事項は埋められています。隻眼鏡教授プロフェソール・モノクルの単眼鏡には、ぼくの個人情報などすべてお見通しのようでした。


 ぼくは悲しみにうちひしがれました。


「うちには、お金がないのです。こんなりっぱな私立校なんてとても、」


「安心しろ、浜岡のぶしげ。我が校には特待生制度がある。お前なら学費は全額免除トラ・ヴァーユだ」


「特待生、ぼくが?」


 琉輝斗くんがひそひそ声で耳打ちをしました。


「……一芸入試だよのぶしげ。学校法人バーバリアン学園は世界に通用するアサシンを育てるために、あらゆる分野の天才児を集めてるんだ」


「その通りだ」


 耳ざとい隻眼鏡教授プロフェソール・モノクルが言い、琉輝斗くんをすくませました。


「かくいう我が6才の時は、円周率を78時間暗唱しつづけ特待生クレイジー・ピーポーの認定がおりたのだ」


「そうともよ、こいつは『KAGEROU』きっての超頭脳クールジャパンだ。『円周率一兆桁をすべて暗記』と書かれた入学願書は今でも語りぐさよ。むろん、最後まで聞けたものは、誰ひとりいないがな!ハハハハッ!」


 J・Bがはしゃぎます。


「でも、ぼくにそんな一芸なんてありません」


「フハハよく見てみろ!」


「これは!」


 願書の一芸欄をみてぼくの心臓ハートは火のごとく燃えたちました。そこにははっきりと「公立小学校に42年間在籍」と書かれています。


「そんな人間離れした経歴の持ち主なら合格確実エビシンゴナビ―オーライだろう! のぶしげ、お前はふたたび 一年生アマチュア・マーダラー からやり直しだ! ハハハハハハハ!!」


「くっ」


 ぼくはがくりと膝をつき、隻眼鏡教授プロフェソール・モノクルとJ・Bのあざけりが教室中に響きわたるのを聞いていました。


「フッ、フ、フヒッ、フヒヒッ、5分、32秒だけ時間をやろう……どうするかお前たち自身で考えろ」


 けんめいに息を整えようとする隻眼鏡教授プロフェソール・モノクルはそう言い放ちました。


 ぼくたちはしょんぼり意気消沈したまま、もうすでに決まっている答えをまるで再び探しあぐねるようなふりで、ずっと押し黙っていました。


「あと1分08秒」


 隻眼鏡教授プロフェソール・モノクルが言い放ちます。みんなの目がぼくにすがりつき、今日何度目かのその視線はぼくをたとえようのない孤独の底に落としました。やはり今までの41年間と同じく、彼ら彼女らはぼくのわきを通りすぎていく人間なのでした


「あと36秒」


 その時でした。


「いいかげん決めようぜ」


 はじめて武市君が立ち上がり、まずぼくに向かって言いました。


「のぶしげ!ごめんな。俺たちはお前を売る」


 ぼくは静かにうなずきました。それはすべての流れの中で自然に導き出された答えです。


 ほかのみんなは、御堂くんや江本さんまでも何だか救われたような顔をして武市君を見ていました。それがぼくにとって一番耐え難いしゅんかんでした。武市君がクラスメイトとしてはじめてタメ語で語りかけ、「のぶしげ」と呼んでくれたことも忘れてしまうほどに。


 そうして武市君は二人の刺客に向き直りました。


「……決まったぜ。のぶしげは二学期からババ小の生徒だ。それでいいんだろ? これはみんなの意見だ。変えることはしない」


 J・Bは鼻で笑いました。


「そうか、そうかあ。ようやく腹を決めたか。くくくく、ようこそバーバリアン学園初等部へ。48歳の新入生君ベルセルク・アマチュア―ル


 ざんこくな呼びかけがぼくの運命を決定しました。


「ただしふたつだけ、頼みがあるんだ」


「どうした、言ってみそ?」


「みんなにはもう、金輪際手を出さないでくれ」


「くくっ、よかろうもん。ダンゴムシどもに用などないからなあ、くくく」


「もう一つ。入学願書を出すのはすこし待て」


「なに?」


「出すのはこの、」


 ふいに武市君は、背後の黒板に向き直りつま先で黒板消しを蹴りあげました。

 誰もが虚を突かれたその一瞬、白い煙をみおのように曳き、黒板消しはゆるゆると宙を舞ってJ・Bの鼻先をかすめました。


 床に落ちた瞬間、教室中の空気が怒気に震えます。


「……武市快哉たけいちかいやを斃してからだッッ!!!」


 一喝し、そして突然の戦闘態勢ファイティングポーズ

 武市君はJ・Bに飛びかかって、渾身の正拳突きをかましました。


「ポゥワァァァーーー!!!」


「タケイチぃ!」

「武市君っ!」


「学級委員なめんな! そう簡単にダチ売れるような立場じゃねえんだ! ポォォォォォッーー!!」



                             (次回へつづく!)

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