聖女様、Continue?

田中鈴木

第1話 召喚の間

 強烈な光に目が眩み、崩れるように地面に座り込む。剥き出しの膝と手のひらが、磨かれた石の表面に触れた。光が収まってくると、薄暗い室内が見通せるようになった。大勢の人がざわめいているのが分かる。


「おお…」

「本当に、聖女様を…?」


 口々に零れるささやきの中、複雑な紋様が描かれた大理石の床を踏み、老境の男性が私に近付いてきた。赤地に金刺繍の豪華なマントを身に付けた彼は、大きく手を広げて宣言する。

「聖女降臨の儀はここに成った。我が王国に栄光あれ!」

 どおっと湧き上がる歓声に、石造りの大広間まで震わせるようだ。座り込んだ姿勢のまま、私は目の前の老人を呆然と見上げる。


──国王、陛下?


 肩ほどまである白髪は丁寧にまとめられ、グレーがかった青い瞳は力強く輝いている。そういえば、最初はこんな方だった。いかにも大国を治める統治者、という風格。

 ゆっくりと広間を見回す。見知った顔が、ぽつりぽつりと見える。陛下の後ろに控えているのは、王太子殿下。柔らかな金髪に、父親譲りの青い瞳。目が合うと、優しげな微笑みが返ってきた。深い青地のローブを身に纏った魔導士の集団の中に、長い青髪を複雑に編み込んだ青年がいる。不世出の天才と呼ばれた彼は、この時こんなに意外そうな顔をしていたのか。

 黒い騎兵の礼装に身を包んだ一団の中に彼の姿を認めた時、全身の血が逆流するような感覚が走った。体の動きが止まり、目が離せなくなる。

 後ろで一つに結った黒髪に、感情を映さない黒い瞳。赤に金の刺繍を施した剣帯は、近衛の証だ。


『そいつは、』


 深くよく通る、彼の声を思い出す。


『念入りに殺せ。決して甦らぬように』


 あの時、黒い瞳にあったのは凍えるほどの憎悪。集団で襲い掛かる兵の、分厚い刃の鈍い輝き。血煙の中、私に覆い被さる体の重み。伸ばそうとした手は、すぐにずたずたに叩き斬られた。


──私、なんで、ここに。


 大広間を震わせ続ける歓声の中、国王陛下がその手を私に差し出した。

 きっと私は、今ひどい顔をしているだろう。


「さあ我が王国の救いの御手よ。どうかその御力を、汎く皆に賜らんことを」


 きっと前も、同じように怯えた顔でただ見返していたと思う。


「怖れることはありません、聖女様。今は不安だと思いますが、どうか我々を信じていただきたい」


 王太子殿下が私の傍に跪き、優しく声を掛けてくる。そういえば、こういう方だった。苦悩に歪んだ顔ばかり見ていたけど、最初は本当に、純粋に人として私のことを気に掛けてくれていた。


──なんでまた、ここにいるんだろう。


 聖女として突然この世界にやってきて、一年も保たなかった。半年も経たずに歪み出し、崩れていった優しい世界。

 ゆっくり俯く視界に、制服のグレーのブレザーが映る。なんだか遠い、遠い世界のもののようなそれに付いたボタンがやけに輝いて見えて。

 すうっと床が遠ざかっていく。倒れる私を横から支える手は、王太子殿下のものだったろうか。

 音も色も遠ざかっていく中、最後に視界の端に、黒い瞳を捉えた気がした。

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