水
以前、私はパートナーと横浜に住んでいた時期があった。
築15年の1LDK、そんなに広くはないが綺麗に整備されていて気に入った部屋だった。
部屋は明るく、実家や広島に住んでいた時のような独特の暗さというか、何もない空間に背中を向けた途端、悪寒が走り抜けるような、何とも言えない不気味さがない。
前までは私が怖がりだから過剰に怯えているだけなのだと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
これはなかなか良いぞ。とやや浮かれ気味に新居での生活が始まった。
そして、引っ越し3日目の夜。
まだまだ荷解きが終わっていなかったので、パートナーと私はリビングで段ボールを開き、中身を取り出していた。
黙々と作業をしていると、リビングと隣接するキッチンから、不意に
ジャァァァァァ────
と、音がした。
水の流れる音だ。
シンクに当たって反響しているから、流し台で水が流れていることが分かる。
フローリングに座って荷物を分けていた私は手を止めて、思わずキッチンを見た。
直線距離で2mほど。
カウンターで仕切られているから、蛇口スパウトの辺りまでは見えるが、水が流れているかは分からない。
私の隣で荷解きをしているパートナーも手を止めていた。
「水流れたよね?」
「うん」
パートナーが頷く。
幻聴ではないらいし。
「止めてくるわ」
私は立ち上がると、流し台が目に入る。
途端に、ぴたり。と音が止まった。
水も流れていない。
おかしいな?
そう思ってリビングから地続きのキッチンに歩み寄って、流し台を覗き込む。
流しの中は雫の一つもなかった。
私は思わずパートナーの方を振り返る。
「水出てないよ」
ジャァァァァァ────
私が言った瞬間、背後で音がした。
思わず流し台に視線を戻す。
やはり、水は流れていなかった。流し台の内側は相変わらず乾ききっている。
なんやて。
と思うと同時に、怖さよりも何よりも、おちょくられてるな。という気持ちの方が強くなった。
パートナーの方をもう一回振り返る。
「音、聞こえた?」
「うん」
やっぱり幻聴ではないらしい。
これはなんか、ここに居座られては堪らん。
と反射的に思うと、私は口を開いた。
「ここに居るなら家賃払えよ」
この言葉が効いたのか、何なのか。それ以来自宅の中で変なことが起こることはなくなった。
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