第10話

 間に合え。間に合え。

 かよちゃんの場所は分かる。とおるちゃんもいるといえど、一人で悪路王に適うはずがない。

 逃げていった方に向かえば、かよちゃんが良介を抱いてとおるちゃんが変化をして結界を張っている。悪路王は楽しげにかよちゃんと息子を狙おうと結界をしつこく攻撃していた。

 僕がつくと悪路王は気付いて、攻撃の手をやめた。僕に振り返る。


「ほぉ、来たか」


 僕は応えず、武器を構えた。悪路王が何かを言う前に、僕は動いて悪路王の腕と脚に紐を飛ばして縛り付ける。僕の動きが見えなかったのか、驚くがそんな暇を与えず悪路王を引っ張って投げ飛ばす。

 とおるちゃんの結界より遠くに引き離し、悪路王は地に伏せた。とおるちゃんは安心感から結界を解いて腰をつき、僕はかよちゃんと良介に駆け寄った。


「かよちゃん。良介! ……っとおるちゃん。ありがとう……」

「いい、気にしないで……。その前にかよちゃんと良介くんを……」


 彼女は力尽きて、意識を失った。僕はとおるちゃんに感謝をしながら良介を抱きしめているかよちゃんに声を掛ける。


「かよちゃん。良介」


 二人は顔を上げる。かよちゃんは僕を見てホッとしていた。二人に向けて笑みを作ると、かよちゃんは僕の方を見て顔色を真っ青にしていた。怖いのだろう。早く逃げないと。


「二人は逃げるんだ。ここは僕が引き止めるから」

「三代治、さん」

「逃げろ。お腹の子の為にも」

「三代治さん!!」


 かよちゃんがどかすように横へと勢いよく押した。その行動を理解できたのはこのあとすぐ。僕の視界にかよちゃんは悪路王の鋭い爪の斬撃を真正面から受け、て──。


「か、よ……ちゃ」


 僕は腰をつき、かよちゃんが倒れるのを見る。その爪は、おなかの、子にも届くほどに深く。彼女から血が出てるけど、血以外のものも出て。赤子の、ゆりかごの水からは血も出ていて、ピクリとも動かない。


「お母さん……? お母さん……!!」


 良介が泣きながら、母親を呼ぶ。

 僕が油断したせいで、僕が誤ったせいで、少しの隙を見せたせいで。彼女は僕を守って赤子の子も殺され、た。悪路王が彼女を倒したのを見て、訝しげに見る。


「こいつお前をかばったぞ? この女」


 そいつは倒れた彼女の手を掴み、ぶら下げた。


「ったく、だがまあ、子持ち人間だからまだいいか。このあとうまく食えばいい」


 彼女の体を地面に投げ捨て──自分の中でブチッと切れる音がする。

 

「悪路王ぉ──!」


 湧き上がる怒りとともに声を轟かせた。髪色が変化させて、周囲の力も膨れ上がって強い風が吹かせる。

 こいつだけは。こいつだけは生かしておけない。時に動いて両腕と両足に、腰と首を紐をくくりつけて強く引っ張る。


「っこいつ」


 悪路王は、僕の動きを見えていなかった。驚いてる間を与えてやるものか。

 ここで殺す。絶対に、殺す。


「──こうの声、白鵺はくやの音、おそれよ。おそれよ!

これぞ地獄夜鳥の轟よ!」


 言霊を使って力を最大限に開放させ、全身に黒い電流が迸る。僕の中にある力を、今すべてこいつにぶつける!


雷鵼叫喚らいこうきょうかんっ!」


 音を立てながら激しい黒い電流が悪路王を襲い、悲鳴を上げていく。逃さまいと僕は紐に力を込めて電気を放出していく。

 くそ、殺られる気配がない。しぶといな。

 今の僕に出せるだけの力。……本当ならもっと力は出せるだろうけど、それには今の僕が命の灯火を使うか、僕がもっと修行をしなくてはならない。

 悔しい、けれど。悔しい、けれど! ここで命を燃やして、倒さなければならない!

 家族のために、残っている……息子のために!

 僕は悪路王を攻撃しながら、声を上げる。


「っ良介、逃げろ! お前だけでも生きて逃げるんだ!」

「お、お父さん……」

「……お父さんは大丈夫! だから、良介」


 僕の姿に震える。安心させるために一瞬だけ笑い、すぐに笑みを消して勢いよく口を開いた。

 頼む。お前だけでも、生きてくれ良介!


「いけぇぇぇっ!」


 声を張り上げると良介はビクっと大きく体を震わせる。流れる涙を拭いながら立ち上がり、背を向けて良介が出せるだけの全力で走っていく。

 僕が力を出している間、良介は段々と遠ざかっていく。……そう。それでいい。微笑んでいると、悪路王が僕に目を向ける。


「お前ぇ……!」


 悪路王が僕を見ると、力の波動が伝わる。僕をかばって茂吉が受けた攻撃だ。本当にうまく隠していたんだな。

 僕の体に傷ができて行く。裂かれたと意識した瞬間に、痛みが全身に走る。僕は力を放出し続けている。

 ……流石に意識が遠のきそうになる。自身を薪にしているのが自覚できる。でも、ここで削り取る!


「っ──死ねぇぇぇ!!」


 僕が放つ黒い光は強くなる。


「────!」


 悪路王は僕の黒い電流と光に飲まれた。




「──三代治!」


 声をかけられて僕は目の前の意識をはっきりとさせた。視界には必死な顔をした八一がいる。

 ……僕の視界から悪路王がいるかどうかもわからない。でも、僕の力で倒しきったとは思って、いない。……僕は弱かったようだ。

 僕の体と服がベトベト……している。血が大量に出ているのだろうな。立ち上がる力もないし、喋れるのがやっとぐらいかもしれない。でも、僕はここで介抱や、別れなどするつもりはない。


「や、いち」

「三代治。待ってろ、すぐに血を止めて──」

「りょうすけを……たすけて」


 八一は目を丸くしていた。

 僕よりも、助けてほしい子がいる。かよちゃんと家族になった証で、僕を父親と慕う唯一の家族を助けてほしい。


「りょう……すけ……悪路王から、助けて……いまの記憶を残、さないで」


 あの子には人として生きてほしい。苦しくて辛い記憶なんていらない。僕達の組織側に関わらないで普通に人として生きて、ほしい。僕ははっきりと発音するために力を込めて、相方に頼む。


「八一、頼む。僕の息子を、家族を助けて」


 八一は顔を俯かせて、悲しみをこらえるように歯を噛み締めたあと僕を地面に寝かせる。


「……わかった。行ってくる」


 ……必死な僕の願いが伝わったようだ。八一は僕に背を向けて、良介が走って逃げた方向へと足音を向けた。

 ……すまない。八一。とんでもない役目を背負わせて。

 少しずつ消えていく足音を聞きながら、僕は吸えるだけの息を吸って、吐けられるだけ吐いた。

 いつもと変わらぬ残酷な空の色を見る。

 ……かよちゃん。生まれてくるはずの、僕達らの子よ。ごめんね。僕のせいで、僕が本当に未熟なせいで。

 ごめんね。君。君を天寿で全うさせることができなくて。ごめんね。僕たちの子よ。幼い君に痛い目に合わせて死なせて。

 ごめんね。良介。君を一人にして。

 すまない。八一。お前にあんな役目を任せて。

 ──……ああ、本当になんて僕は愚かな──。

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