第9話

 かよちゃんのお腹がわかりやすくなってきて、着物とゆったりとしたものに変えた。

 生まれるまでもう少し、だろうか。まだまだだろうか。出産というものは女の人も赤ちゃんも命懸けなもの。二度目といえど、不安しかない。

 良介は近くの村の子どもと遊んでいた。良介が遊んでいる間に、八一が顔を見せに来てくれた。それだけでなく、同期の茂吉や茂吉の彼女のとおるちゃんも来てくれたのだ。かよちゃんが食べても問題のない手土産を持ってきてくれて……本当にありがたいな。

 感謝しつつ、彼らに菓子と茶を出した。縁側で座り、談笑をする。


「とおるちゃんは茂吉さんと進展したの?」

「茂吉くんとはまだけど、仲はいいよ。かよちゃんも仲睦まじくてホッとしたよ」

「見ての通りだから安心して!」

「私も頑張って見ようかな」


 かよちゃんととおるちゃんが話している中、茂吉は呆れながらお茶を飲む。


「はぁ、俺等仕事で忙しいんだからそういう機会は少ないって……」

「耳聡いね、もっくん」

「みよくん仕方ないよ。職業病っていうやつらしいよ」

「……家族との時間が多くなってるから、僕の復帰したら役立つかなぁ」


 苦笑すると、茂吉は「どうだろう」と笑い返される。僕たちが談笑しているのを一瞥したあと、空を見つめてお茶を飲む。その反応が気になって、声を掛ける。


「八一。どうしたの?」

「んー? いや、私もいつか伴侶とかできるのかなぁって。ちょっとしたこの先の興味と疑問だ。気にするな」


 と、湯呑みを手にしている僕の相棒。そうだね。でも、この先きっとそういう機会がある。


「八一は頑張がんばってきたんだから、もう自分の幸せのために動いても良いと思うよ」

「自分のため、か」


 ぽつりという相方に僕は頷いて、実感を持っていう。


「だからね、八一。君にも僕や茂吉のように大切だと思う人物が現れるよ」

「……そうかねぇ」


 言ってみると、八一は考えられないといったように話す。

 だろうね。まあ基本的に組織の半妖たちは容姿は優れてるけれど、それは情報収集とか色仕掛けをする前提で優れさせたものだし……。考えづらいかもな。

 八一は情報収集が得意だ。色仕掛けの技量とか情報収集がうまい。茂吉も負けてないけど、八一の方が熟れている。こいつ、色んな種類の女性を相手にしてきた。八一の好みって、明るくて頑張り屋な子だ。そういう子に遭遇すると、昔の八一は扱いづらそうにしていた。今では慣れているけど、太陽みたいで大切にしてくれる子がいたらあいつ落ちるぞ。たぶん。

 茂吉ととおるちゃんが来た理由がわからない。二人に聞いてみようか。


「ねぇ、茂吉にとおる。君たちが来た理由はなんだい?」

「任務だ」


 茂吉はいい、湯呑みを置く。


「俺達は正体不明の妖怪を追っていてね。その妖怪の話は妖怪の間でだいぶ噂になっていてね。何かきな臭くて組織の方で追うように言われてたんだ」


 ……僕達組織が追うほどとはだいぶきな臭いな。変なことがなければ、陰陽師や退魔師に対応させるけど。

 遠くから声が聞こえる。茂吉が反応して見る。


「あれ、良介くんかな」

「ああ、ほんと──」


 良介が手を降って、誰かを連れてきていた。普通の旅人の格好をしているが、大柄の体躯でここらへんでは見ないような──。


「おとうさーん! ごめん! この旅人さんが道がわからないって──」


 かよちゃん以外ははっとしている。気付いたようだ。……ああ、本当。嫌な予感というものは本当に当たるものだ!

 僕は瞬時に駆け出して息子を抱きとめて男から距離を取る。かよちゃんの手を引いてとおるちゃんはこの場を離れた。八一は柳葉飛刀りゅうようひとうを手にして男に投げる。茂吉が大きな斧を出して、追撃をしていく。

 男は飛刀と茂吉が振るう斧の刃を簡単に避けた。茂吉は斧を抜いて距離を取り、八一は追加分の柳葉飛刀りゅうようひとうを手に取る。

 ああ、本当に理不尽というのは襲いかかってくるな……!


 男は僕の方を見て、ニヤリと笑う。


「元気そうだな。半妖、十数年ぶりか?」


 良介は困惑し、僕は息子を抱きしめながら舌打ちをする。


「こんなところで会いたくはなかったがな。悪路王」


 旅人の格好から鬼へと変貌し、角を生やす。

 茂吉の任務にある正体不明の妖怪。に妖怪たちの噂になっている存在。……悪路王だったか。だが、こいつがなぜ今になって現れた。

 ガクブルと震えて涙ぐむ良介。……僕達の背景は知っていても、息子は妖怪と戦うことを知らない。……僕が普通の人間の世界で生きるように育てているから、僕たちの世界は知らないのだ。だから良介の反応は正常だ。僕は息子を離して、守るように息子の前に立つ。


「良介。ここから逃げるんだ」

「っ! でも、お父さん……!」

「僕のことはいい。それに、誰が母さんと兄弟を守る。……お前はお母さんと逃げるんだ! いけ!」


 僕の力強い言葉に良介はビクッと震え、背を向けて走っていく。

 そうそれでいい。こんな血なまぐさい場面、見せるわけにいかない。良介が去っていくと僕たちは変化をして、力を最大限に開放できるようにする。

 ……創作から生まれたといえど油断できない。八一と僕は言霊で力を発現させて、茂吉は斧を軽々と振るって悪路王に駆け出していく。


 八一の投擲武器が悪路王の動きを制限する。

 茂吉の斧が悪路王の動きを鈍くしていく。その間に僕は紐を出す。たかが紐だ。けど、僕の使う紐は組織で作ったものでただの紐ではない。悪路王の動きに隙ができたのを見た後、紐を投げて悪路王の腹に巻き付いていく。

 悪路王は驚くが、ただ巻き付いただけで驚かれると困るな!


「雷散!」


 僕の声とともに全身から電流が発生し、紐に伝って悪路王に伝播する。声なき声で苦しむが、それがどうした。電流が消えると跪いた悪路王。僕は紐の手を緩めないまま、問うた。


「悪路王。お前、なぜ今になって僕達の前に現れた?」


 あのまま逃げていれば良かったものの、なぜ今になって僕達の前にいるのか。疑問を聞くと、悪路王は口元を緩ませる。


「なんでって、奪われたものを取り返しに来たんだよ。組織に対して仕返し時にしたともいうか」


 僕を見て、にたりと。


「よく育ったなぁ。あの娘。よく育てたなぁ。しかも、お前も幸せそうで、腹に子を宿して食べごろじゃないか」

「なっ……!?」

「長く幸せに暮らした奴らをぶち壊すっていうのがいいんだよ」

「……っまさか、お前は……そのためだけに……!?」


 今までそのためだけに……動かなかったのか!?

 僕達が幸せになるのを待って、その時をぶち壊すためだけに……!


「三代治!」


 茂吉が僕を突き飛ばすと、茂吉の全身に大きな切り傷ができた。斜めに切られて血を吹き出る様子を目に焼き付け、茂吉は地面に倒れる。

 目線で、僕を切ろうとした。いや、そう仕掛けた!?

 目線での攻撃は波動や空気でわかる。けど、それをうまく隠していたのか。悪路王の方を見ると、僕の紐から抜け出していた。

 しまった。

 しまった……! 隙を見せてしまった……!


「っ八一! 茂吉の応急処置を。僕はかよちゃんたちを追う!」

「わかった……けど、無理するな!」

「ああ……茂吉、すまない……!」


 僕は頷いて、全力で走っていく。

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