18 はるか頭上に
扉の中は、どこまでも続く草原だった。
三人が扉の中に入ると、扉は自然と閉まり、その姿を消した。三人は
強い風が吹き抜け、短い草がざわざわと揺れて三人の足元をくすぐる。
風は涼やかにソフィーの肌を撫で、茶色の髪を乱した。セティの黒い髪も乱れて、風に舞っている。
どこまでも広がる草原のよく晴れて気持ちの良い光景に、リオンは一瞬目を奪われかけた。
ソフィーは警戒して周囲を見回した。見渡す限り、視界を遮るものはない。
「姿が見えない可能性もある、か」
リオンも気を取り直して、すぐに周囲を警戒する。
「あるいはこの草に隠れるくらいに小さいとかな」
ラチがあかないと、ソフィーは
「
その言葉が終わるより前に、突風が吹く。強い風に煽られて、ソフィーとリオンは腕で顔をかばって足に力を入れた。体の小さなセティがよろめく。
「セティ!」
ソフィーがセティに向かって手を伸ばす。
そのとき、三人の頭上に影が落ちた。
「上かっ!」
強い風に目を細めながらリオンが上を向いたとき、それはもうほとんど目の前に迫っていた。
大きな鷲だった。翼を広げた姿は、人間の背丈よりもずっと大きく、人間だって掴んで運べてしまえそうだ。
その大鷲が、鋭い鉤爪を広げて迫っていた。
「
セティが風に押されて倒れながら、手を持ち上げる。澄んだ氷色の兎の儚げなようでしなやかで力強い姿が宙で跳ねる。
三人の頭上に屋根のように氷が広がる。大鷲は鉤爪を地上に向けたまま突っ込んできたが、セティが造りだした氷にぶつかった。
その勢いに大きな音が響いて氷が砕ける。大鷲は大きく羽ばたいて空中で姿勢を整えると、すぐに高く舞い上がっていった。
砕かれた氷の破片がきらきらと輝きながら降り注ぐ中、倒れかけていたセティの腕をソフィーの手が掴んで支える。
セティの腕を掴んだまま、ソフィーは天井を見上げた。逆光に目を細める。
見上げた先に天井はなかった。どこまでも高く、吸い込まれそうな青空の中央に太陽が輝いている。はるか上空でゆったりと飛び回る小さい影が、きっとさっきの大きな鷲だろう。
「あれが
「あれだけ高いと手は出せない。降りてきたところを捕まえるしかないな」
リオンは目の上に手をかざして、空を見上げていた。
「おい……」
姿勢を整えて地面の上にちゃんと立ったセティが、ソフィーに声をかける。
「もう離せ、大丈夫だから」
セティはうつむき気味で、ソフィーから表情がよく見えなかった。だからソフィーはセティの手を離したあと、膝を曲げて顔を覗き込んだ。
「セティの
「べ、別に! このくらいどうってことない!」
セティはソフィーの視線から逃げて、横を向く。ふてくされたような、むすっとした顔で言葉を続けた。
「その、俺も……ありがとう、手」
拗ねたような声だったけど、それは確かに感謝の言葉だった。ソフィーはふふっと笑って目を細めた。
「どういたしまして」
セティはソフィーの顔を見て、何度か瞬きをして、それからうつむいた。耳が赤く染まっている。
「なんだよ、お礼言って照れるなんて、お前も案外可愛げがあるじゃないか」
リオンの手が、セティの真っ黒い髪の毛をまぜっ返す。その手をセティは、すぐに払いのけた。
「う、うるさいっ! 照れてないっ!」
言い返すその頬が、余計に赤くなる。
リオンは手を払われたことを気にする様子もなく、にやにやとセティを覗き込んだ。
「俺にももうちょっと可愛げ見せてくれても良いんだぞ?」
「意味がわからない! お前なんか知るか!」
嫌がるセティを面白がってにやにやとちょっかいを出すリオンに、ソフィーは呆れて溜息をついた。
「ちょっと、こんなところで言い合いなんかやめてよ。状況を考えて、二人とも」
「俺はやりたくてやってるんじゃない! こいつが!」
「なんだよ、俺はお前と仲良くなりたいだけだぜ?」
「俺はお前と仲良くなんかならない!」
「はいはい、今は黙って
セティは頬を膨らませて「俺は悪くないのに」と不満げに呟いた。その様子に、リオンはまだ何か言いたそうな顔をしていたけれど、ソフィーに睨まれてようやくセティから離れた。
ソフィーが頭上を指差す。
「いつ
「まあ、ずっと気を張り詰めてるのも疲れるからな。少し力を抜く時間があっても良いだろ」
調子の良いことを言うリオンに、ソフィーは眇めた視線を向ける。けれど、続く言葉は出てこなかった。
それよりも先に、突風と、大きな影が襲ってきたからだ。
「
セティが手を持ち上げる。
空中を跳ぶ氷色の兎と、その周囲に広がる大きな氷。ガッとその氷が削れ、砕ける音。砕けた氷が周囲に飛び散って、降り注ぐ。兎がくるりと地面に着地する。
ばさばさと羽ばたく音とともに、影が遠ざかってゆく。
「あの
セティの言葉に、リオンは少しの間セティを見下ろしてから、にやりと笑った。
「ああ、つまり、一番小さいやつを獲物に選んでるんだな」
セティが唇を尖らせて何か言い返す前に、ソフィーがリオンを咎める。
「リオンは、いちいちセティをからかうのをやめてちょうだい。話が進まないから」
「悪かったよ」
セティはまだ何か言いたそうだったけど、ソフィーが不機嫌そうにしているから、何も言えなかった。
リオンはちょっと肩をすくめてから視線を鋭くして頭上に向ける。すでに小さくなった影が、上空に見えた。
「さて、どうやって捕まえるかね」
「降りてきたところを足止め……か」
ソフィーも頭上の影を見上げる。有効な作戦は、まだ思いつかないでいた。
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