LOOSE 6

明日出木琴堂

CHAPTER SCAM《詐欺》

「あら、メールが来てるじゃない。今時、珍しいこと。差出人は…、CW(ツェーべー)爺さんからじゃない?!これまた、珍しいことねぇ…。」

なんだろうと思いつつメールを開らいてみた。


【 ✕✕月✕✕日✕✕時 泪橋交差点のファミマ駐車場に集合。 ✕✕✕子 】


「えっ?!これって、CW(ツェーべー)爺さんからじゃなくって、パンダちゃんからじゃない。それも明日って…。」

どういうことでしょう?何故にパンダちゃんからの集合命令?

どれだけ思い巡らそうともパンダちゃんが私たちに集合をかける節が見当たらないわ。

「とにかく、明日にならないと分からないってことね…。」

深く考えてもしょうがない。明日になれば分かることね。


「カラン~コロン~。カラン~コロン~。」【サルバトーレ】のシートの下に付けたイタリア製の真鍮の登山用カウベルが心に響く音色を奏でるわ。秋晴れ、秋風、気分最高~。

自作のイタリアン仕様のマウンテンバイク【サルバトーレ】で私は泪橋の交差点にあるファミマに急ぎました。

「あら〜。ベルデ《緑》のラインが取れかかっちゃってるじゃない。」

緑色のビニテが粘着力を無くして、剥がれて風にそよいじゃってる…。

「超〜気まずい〜。気分最悪~。」


ダサい自分に赤面しつつファミマの駐車場に自転車を滑り込ませると、見覚えのある3台の自転車を発見。

1台は真っ黒でセンスの悪い赤のアクセントがいい意味で効いている電動アシスト自転車。

「A5(エーゴ)さんのね。」

2台目は赤かピンクかはっきりしない色のビーチクルーザー。ボードキャリアー付き、括弧、サーフィンは出来ない。括弧閉じるは、ケンちゃんのビーチクルーザー。

そしてコンクリートとアスファルトには全く似合わない場違いな苔の生えている昭和のサイクリング自転車は、高麗君。なぜか電飾が流れるように点滅してる。壊れたのかしら…。

自転車を眺めて『懐かしいな…。』なんて思っていたら、丁度、コンビニから彼らが出てきた。

先頭は巨漢のケンちゃん。片手にブラックサンダー、口にはコーラを飲みながら大きな顔(物理的に)で歩いてる。

その大きな頭に赤のバンダナ巻いて…。よく、届くのあったこと…。

いっぱいポケットの付いた意味の分からないベストを相変わらず着てる。


その後ろにA5(エーゴ)さん。猫背で首を傾げてche《チェ》を吹かし、ブーツを擦りながら歩いてくる。

パーカーのフードを被って、レイバンを45に加工したサングラスを掛けて…。って言うかぁ…、感性古くない?どう見ても気質じゃないわね。


そして、少し離れて高麗君。口に惣菜パンを頬張りながら、両手いっぱいに惣菜パンを抱えて歩いてくる。

いつもと変わらずカモフラのツナギ。町中じゃあ逆に目立つって…。

私は思わず涙目で笑っちゃいました。

「お久ぁ~。」

「うす。」

「お、おす。」

「ハムさん、お久しぶりで。」って、三者三様の答え。変わらないわね。

「ところで、今日はどういった集まりなの?かなりお急ぎみたいだけど…。」

「なんすかねぇ…。」

「き、き、聞いてないよォ…。」

「おでも、おでも。」

相変わらずまともな会話にならないわ…。笑える。

そんな懐かしいやり取りをしていたら、懐かしい人影が左目の端に入ってきました。


「久しぶり。元気だったか?」CW(ツェーべー)爺さんのシミだらけの皺くちゃの笑顔が久しぶりに気持ち悪かった。もう秋だっうのにアロハはどうなの?お爺ちゃん…。

「今日は急にお呼び立てして申し訳ありません。」目の下のクマが取り払われたパンダちゃんが綺麗にブローしている頭を下げた。結構、お金掛けてるんじゃない?いい人でもできたかぁ…。

「…。」農園君はそっぽ向いて何も言わない…。ただ、メガネが冷たく太陽の光を反射してた…。


「で。何の用っすか?」A5(エーゴ)さんが速攻、パンダちゃんに絡む。『あんたは枝毛かっ!』

「俺から話すよ。」CW(ツェーべー)爺さんが話の矛先をインターセプト。

「いやいや。パンダさん名義でメール来たんすよ。CW(ツェーべー)さんには関係無いっすよね。」A5(エーゴ)さん、絡む絡む。『あんたは延長コードかっ!』

「いや。関係あるんだよ。」CW(ツェーべー)爺さんは変に意味深な言い方をする。『エロじじいかっ!』

「なんすか?なんかキモいんですけど…。」A5(エーゴ)さんが無理して若者口調を使う…。けど、これも古めかしい…。『あんたは木○拓○かっ!』

高麗君は3個目の惣菜パンを食べ始めた。ケンちゃんはコーラを飲み干していた。

CW(ツェーべー)爺さんがセブンスターに火を付ける。フゥーと、一息吐く。

「A5(エーゴ)、静かに聞けや。」CW(ツェーべー)爺さんの聞いたことがないドスの利いた声…。

全員が黙りこくる…。全員の動きが止まる…。全員に緊張が走る…。

「今日、集まってもらったのはほかでもない…。」いつもの口調に戻ったCW(ツェーべー)爺さん。

「みんなの力を借りたいんだ。」

さっきまでとは打って変わって静かに聞き入るみんな。


「あの…。」

「ハムさん、なに?」CW(ツェーべー)爺さんがヨーダ顔を私に向ける。

「ここじゃあなんだから…、場所、変えません…。」

よくよく考えると、肌寒いファミマの駐車場で大の大人が7人揃って大声で口論なんて警察呼ばれてもしょうがないじゃない。


みんなも私の話に納得したのかよろよろと動き出した。

私たちは交差点を挟んでファミマの斜め向かいにある喫茶店に場所を移すことにした。




海岸が一望できる席を7名分用意してもらった。大きなガラス張りの壁は外にいるのかと勘違いしてしまうほどの開放感がある。室内は木をふんだんに使った落ち着いた内装で何時間でも居続けるられそう。出来れば、こんなムサイじじい共とは来たくなかったかなァ…。

A5(エーゴ)さんが速攻、che《チェ》に艶消しの黒のジッポライターで火を付けようとする。

「A5(エーゴ)さん。A5(エーゴ)さん。もう、ここ、全席禁煙ですよ。」って、パンダちゃんが優しく小声で諭す。

「うす。」A5(エーゴ)さんは大人しくパンダちゃんの言うことをきいた。絡まないなんて珍しい…。

『さっきまでグダグダ絡んだのって、A5(エーゴ)さんはパンダちゃんのこと、気に入ってるから…、CW(ツェーべー)爺さんのスマホからパンダちゃん名義のメールが来たことや、CW(ツェーべー)爺さんがパンダちゃんと一緒に来た事が面白くなかったのねぇ…。かわいいッ。』

なんて想像してたら、おもむろにCW(ツェーべー)爺さんが話し始めた。

「さっきの続きだが、みんなの力を貸して欲しいんだよ。」

「だから、用件はなんすか?」A5(エーゴ)さんはCW(ツェーべー)爺さんにはまだ、心許してないみたい。

CW(ツェーべー)爺さんはアロハのポケットから四つ折りに畳んだ一枚の紙を取り出した。そして、それを無垢材テーブルの上で広げた。

その白い紙はガラス張りの壁から降り注ぐ太陽の光を反射してより真っ白く輝いてた。何か書かれているけど、眩しくって私からはよく分かんない。

『なんか、神々しいかも…。』なんて、馬鹿な感想を思い描いていたら、CW(ツェーべー)爺さんは私の目の前にその神々しい紙をそっと差し出した…。


私は取り急ぎ赤いフレームの老眼鏡を取り出して拝見させてもらったの。

そこには【下水道管高圧洗浄工事契約書及び請求書】って、書かれてた…。なんなのこれは?日付は2日前…。CW(ツェーべー)爺さん、勘違いして全然関係無い用紙、出したんじゃないわよね…。

その下には細かい文字で明細表が書かれてて…、合計請求金額が55000円って、なんか、高くない?それに、老人には、超、読みづらい。で、これがなんなのよ?

そう思いつつ隣りに座ってるケンちゃんにその紙を回すと…。

「こ、これはひどいっす。」って、即座に大きい声を上げたの。ケンちゃん、他のお客様もいるんだからぁ…、静かにしてねぇ…。もう、そんなことは言われなくっても分かるほど、年取ってるでしょ…。

でも…、『そうよねぇ…。ちょっとばっか高いわよねぇ…。』って、私が心の中でケンちゃんの馬鹿でかい声に賛同してたら…。

「こんな工事で55万はないっすよ!!!」って、ケンちゃんはもっと大声で言ったの…。

私は『ええッ???」って感じでケンちゃんの手から紙を剝ぎ取ったわ。そしてもう一度老眼鏡をかけて見直したわ。

確かにそこには55と0が四つ…、55万円じゃん。『冗談でしょ…。』って、言葉しか浮かばない…。


「で、これが?」無垢材テーブルを中指で叩きながら、A5(エーゴ)さんのねっちこい絡み再開。

「端的に言えば、詐欺にあったんだよ。」しわしわカサカサの首を右手で撫でながらCW(ツェーべー)爺さんが答える。

「CW(ツェーべー)さん、耄碌し過ぎじゃないの。」って、A5(エーゴ)さんは溜息混じりの半笑いで毒のある嫌味全開。

「俺じゃねえよ。」

「なら、誰なんだよ。」

「農園さ。」

その言葉を聞いてみんなの視線が農園君に集まった…。




「だからぁ…、いいんですって…。」農園君は投げ捨てるように言った。ちょっとキレ気味のご様子。

「何がいいもんか。ふざけた事を言うんじゃない。」CW(ツェーべー)爺さんが農園君を頭ごなしに𠮟る。CW(ツェーべー)爺さんの言葉で農園君は上を向いて黙り込む…。せっかく開放感あるこの席にどんより気まずい雰囲気が漂う。

「詳しく聞かせてもらえないかしらん?」私はこの雰囲気にいたたまれずに話を先に進めちゃった。

「そうだね。何も知らないで協力してくれはないね。」って言うと、CW(ツェーべー)爺さんは格好つけて語り出した。そんなのいらないから…。


「事の始まりは2日前の夕方。俺が家で飲んでると農園から電話があったんだよ。」CW(ツェーべー)爺さん、相変わらずよく飲むわねぇ…。

「の、農園から電話なんて珍しいな。」ケンちゃんがCW(ツェーべー)爺さんの話に合の手を入れる。ケンちゃんはとにかくジッとしてるのが苦手。重い空気も苦手。だから直ぐにちゃちゃ入れたがる。

「おで、農園の携帯番号知らねえ。」天然の高麗君が要らない情報を開示する。ここでそれはいらないでしょ…。恐ろしきど天然ぶり。

「その時農園は、しきりに『騙されたかもしれない。騙されたかもしれない。』を連呼するだけだったんだよ。」CW(ツェーべー)爺さんは、ケンちゃんと高麗君をガン無視で話を続ける。っうか…、聞こえてなかった?

「うん。うん。」私は、話をスムーズに進行するために差し障りのない合の手を入れておく。

「俺も酒が入ってたからさぁ、次に日に家に来い、って言ってその日は電話を切ったんだよ。」

「うん。うん。」

「次の日、朝早くから農園が俺ん家に来て、事の顛末を教えてくれたんだ。」

「うん。うん。」

「それがさ、一昨日、農園の家に訪問営業で○○工務店、っていうのが来たらしく…。」

「うん。うん。」確か、さっきの紙にも○○工務店、って書いてあったわね…。

「お宅の下水道管、壊れているかもしれませんよ。って言われたんだって。」

「うん。うん。」

「このままだと隣近所にご迷惑をかけることになりますよ。って言うんだって。」

「うん。うん。」

「今なら格安で点検、補修工事、致します。ってよく分からないプリントを見せられながら説明されたんだって。」

「うん。うん。」

「農園は、よく分からないけど、周り近所に迷惑をかけられないって思って、それならお願いします。って言っちゃったんだってさ。」

「うん。うん。」

「それで契約書にサインして点検、補修工事をしてもらったんだってよ。」

「うん。うん。」

「その結果、それで出てきたのが、この請求書。」CW(ツェーべー)爺さんがさっきの紙をみんなの顔の前でヒラヒラさせた。手品でもすんの?

「農園は、格安だと言うからお願いしたのに、請求金額にかなり驚いたらしい。しかし、工務店側も、わけ分からない専門用語を並べてしきりに大変な工事だった。って言うらしい。」

「…。」

「このまま放置してたら、この請求金額の何十倍も隣近所に賠償する破目になってましたよ。って言われたんだって。」

「…。」

「しっかりと補修工事したので、もう、100年は心配ないですよ。って言うんだって。」

「…。」

「だから、代金をお願いします。って請求されたそうだ。」

「…。」

「農園は悩みながらも確かに工事はやってた。もう周り近所に迷惑をかける心配がないのならって思って、コンビニのATMでお金をおろして全額支払ったんだってよ。」

「払っちゃったのか!」A5(エーゴ)さんは我慢しきれずに、馬鹿だなって言わんばかりに声に出す。

「俺を頼ってくれた農園には悪いんだが、俺一人じゃあさ、農園の金を取り返せない。って思ったんだよ…。」

「…。」

「だからさ、お前たちの力を借りよう。って思ったんだよ…。」

「…。」

「でも、今更、俺の急な呼び掛けなんかにお前たちが集まるわけがない。って思ったんだよ。」

「…。」

「なので、パンダちゃんにお願いして俺のスマホからみんなにメールしてもらったんだよ…。」

『そう言うからくりだったのね…。』


「ふうーん。」

「なんだA5(エーゴ)。なにか…。」

「俺には関係ないことっすね。」A5(エーゴ)さんは冷たく言い捨てた。

「お前はそう言うと思ったよ。」CW(ツェーべー)爺さんも売り言葉に買い言葉。

「オ、オレも、て、手伝えないかも…。」

「おでも。おでも。」

「なんだよ。ケンも高麗も駄目かぁ…。ハムさんは?」CW(ツェーべー)爺さんに振られて私が考えたふりをしていると…。

「なぁ~んだ。自警団【野放し7人組】って、こんなもんだったんだァ…。」急にうつむいたままのパンダちゃんが乾いた声で発言…。

「パンダさんの言葉でも聞き捨てならないっすね。」すかさず、A5(エーゴ)さんの得意技【絡み】炸裂。レスポンスの素早いことぉ…。

「だってェ~、仲間が困っているのにシカト~。いい歳こいたじじい共が…、最悪じゃん。」えーっと、パンダちゃんのキャラ崩壊。もうパンダちゃんとは呼べないかもぉ~。

「そ、そう言われても…。」場の雰囲気に我慢できずにケンちゃんが相変わらず考えのまとまらないまま、主張もなく反論すると…。

「くだらねぇ…。松葉が泣くぜ。」って、パンダちゃんのあばずれ感が半端ない。姐さんって呼ばせてぇ~。


松葉さんの名前が出た瞬間にみんな黙り込んじゃった…。




そう。忘れもしない春と夏の境い目だったあの日…。

季節外れの花火大会の次の日だったわね。集会場に張った青×白のテントの中でいつもみたいに7人で馬鹿話してたっけ…。

農園君と松葉さんの漫才みたいな会話があって、高麗君の天然ボケで落ちる…。他のみんながケラケラ笑って…。懐かしいわ。

そこに交番勤務のチャーリーが来て、大目玉食らったのよねぇ…。

チャーリーに捕まんないようにちりじりに逃げたっけ…。いい歳した爺さんたちがやることじゃないわよね。


この後だった。

私は一旦は真っ直ぐにアパートに帰ったんだけど、なァ~んか、いやぁ~な胸騒ぎがして、もう一度テントに戻ることにしたのよねぇ…。

海風を受けて、海岸沿いの道を【サルバトーレ】で、ゆっくりと流してた…。

海岸沿いの道の上り坂の始まるカーブの手前に、赤ランプを回した救急車と何かを遠巻きに見る人だかりができていた…。

私は『事故かぁ…。怖いなぁ…。』って思いながら【サルバトーレ】で足早に通り過ぎようとしていた…。

その時、目に入っちゃったの、ズタズタに傷ついた青色の変なBMX。

血の気が引いたわ。急いで【サルバトーレ】を停めたわ。そして、急いで反対車線に駆け寄った…。

そこにいたの…。いたのよ…。

ストレッチャーに乗せられた、顔面血だらけの松葉さんが…。


私はヒステリックに救急隊員の人に言ったわ。「何があったの?」って…。

その人が冷静に言うには、「下り坂を猛スピードで走ってきた自転車が、カーブを曲がり切れずに、その速度のままガードレールに激突した。」って…。

体中の血が引いていく…。私は震えが止まらなかった…。嫌な想像が考えたくないのに頭を巡る…。

後で事故現場の検証をしたチャーリーが教えてくれたの、松葉さんのBMXのブレーキが壊れてたって…。


もう秋だよ。早いね、松葉さん…。


「ワシらは、もう、何事にも囚われない。」

「ワシらは、生きるためなら、方法は厭わない。」

「ワシらは、どんなイジメにも屈しない。」

「ワシらは、ほんの小さなズルであっても容赦しない。」

「給料なんてありゃしない。年金受給者は数人いる。」

「ワシらは日本社会のはみ出し者の高齢者。」

それがワシら、野放し7人組。


これが松葉さんの作った私たちのスローガンだったわよね。忘れてた。ごめんね、松葉さん。

今はもう6人だけど、今回のミッション、やり遂げてみせるから…。




「私はやるわ。」私はみんなに向かって言った。

「ケンちゃんも高麗君もやるでしょ。」彼らの思いになんの確証も無かった。けど、松葉さんの名前が出て二人の顔つきは変わってた。

「う、うん。」

「おでも。おでも。」

「農園、良かったな。」CW(ツェーべー)爺さんが農園の肩をバンバン叩きながら気持ち悪い笑顔で言った。農園君は相変わらず黙りこくってるけどお顔が真っ赤だった。

「チェッ。わーたよ。やりゃいいんだろ。」って、A5(エーゴ)さんがうつむきき加減で毛のない頭頂部を掻きながら恥ずかしさを隠すための舌打ち混じりの返事をする。

これで全員参加。このミッション、必ずクリアーするわよぉぉぉぉぉぉぉ。




今回の件で一番!!!許せない事は、騙されたことじゃなくって、社会的弱者である身体障害者を騙したこと。

農園君は大人になってから【脳炎】を患って生死の境を彷徨った。

生還はできたけど、脳みそに多大なる損傷を受けたのよねぇ。

だから、普段は普通に、健常者のように見えるんだけど、焦るような事が起きるとパニック状態になっちゃう。

今回も、知らない人間たちが家にやって来て、よく分からない講釈を受けて、意味不明の工事をされて、脅されるように料金を支払わされた…。

その後で冷静になった農園君は、騙されたかもって感じて、CW(ツェーべー)爺さんに電話した。

てか、CW(ツェーべー)爺さんにしか連絡できなかったんだよねぇ…。他のみんなに気を遣ったんだよねぇ…。迷惑をかけないように…。情けないね、私たち…。


農園君が今住んでいる家は実家なんだけど、両親が他界した後、長男さんが相続して、それを農園君一人に使わせてくれているの。

現在、長男さんは海外勤務。実家にかかる費用は全部、長男さんが払ってる。

農園君はそんな長男さんに負い目を感じてた。いい年こいた自分が、身体障害者だからっていう理由で兄さんの世話になっていることを…。

古くなった実家が隣近所に迷惑をかけることも恐れた…。

農園君だけが住まわせてもらっている実家の修繕なんかで、長男さんにこれ以上の出費をさせたくなかった。

脳炎になった時の生命保険の受け取り金と、脳炎になって辞職することになった某国営放送からの退職金で、農園君はある程度のまとまったお金は持っていた。

だから、工務店の言うがままに契約し、支払いした。

こんな長男さんの優しさと農園君の優しさが騙されるきっかけになっちゃったんだな…。これが…。

優しさにつけ込んだろくでもない奴らには「天誅」よね。




こういう詐欺について思いの外、ケンちゃんとA5(エーゴ)さんがお仕事柄、詳しかったので助かった。

ケンちゃんが言うには「このタイプの件では警察は動かない。」って…。

A5(エーゴ)さんが言うには「消費者センターと役所が相談にはのるだろう。」って…。

それとA5(エーゴ)さんが言うには「契約から8日間はクーリングオフがきくはずだ。」って…。

契約書の日付を再度、確認すると、契約してからまだ2日しか経ってない。

それで取り急ぎ、喫茶店から契約書に明記されている施工した○○工務店にクーリングオフを伝える内容の電話を農園君にかけさせた…。

工務店サイドは何やら不平を言っていたようだが、農園君は頑なに「クーリングオフ。」「クーリングオフ。」だけを繰り返しその場は相手の了承を得、電話を切った。

どうにかこの日はこれで散会したわ。



次の日は2班に別れて行動したの。

ひとチームは、農園君、ケンちゃん、A5(エーゴ)さん、CW(ツェーべー)爺さんの4人で消費者センターへの通知と市役所での相談。

ケンちゃんとA5(エーゴ)さんはこういう事に関しては、超がつくほど詳しいの。

ただ、残念なことに2人は、超がつくほど話ベタ。

2人に代わって大手自動車販売店で営業をやってたCW(ツェーべー)爺さんが説明、交渉してくれる。ベストな役割分担ね。


残りは、私と高麗君のチーム。2人で敵情視察。ミッション インポッシブル。ドキドキするわよぉぉぉぉぉぉ。

高麗君はこの分野ではずば抜けた才能を発揮するから、超~適任。

でも…、私たちのチームで言うと、成果らしい成果はなかったわ。

請求書に書かれていた住所に確かに○○工務店っていう会社は存在してたわ。

高麗君に離れた場所から望遠鏡で会社の中を観察してもらったんだけど、変な感じは無くって、至って普通の会社に見えたみたい。

あんぱん片手にナイン トゥー ファイブで張り込みしたけど、怪しい動きや、詐欺グループなんて感じは一切、無かったの…。私のドキドキ、返してェェェェェェ。


CW(ツェーべー)爺さんの班は、先ず一番に消費者センターへ電話で苦情を連絡した。

消費者センターで担当してくれた人は、クーリングオフは大丈夫なこと、このタイプの問題には警察が介入しないこと、住んでいる自治体に相談窓口があるので至急相談に行くこと、その際には被害を受けた可能性がある人が身体障害者であることを必ず伝えること、を丁寧に教えてくれたんだって。

相談している間に、消費者センターも、この会社が同様の行動を働いてないかデータベースに照合してくれたみたいだけど、該当するデータは無かったみたい。

消費者センターの担当してくれた人の見解では、悪質な業者とは言い切れないので、返金に応じる可能性は高いかも知れないと言ってくれたらしいの。


4人はその後、農園君の住む最寄りの市役所へ出向いたの。

そこでCW(ツェーべー)爺さんは相談窓口で今までの経緯、行動をつぶさに話したんだって。殊更、農園君が身体障害者であることを強調したって言ってたよ。

すると、担当してくれたおばさまは調書を取りながら「あとは私共でお引き受け致します。今は、どのような結果になるかはお話し出来ませが、クーリングオフし、全額返金するように○○工務店と話を進めていきます。ただ、これ以後は、皆様がこの件に関して一切介入する事無きようお願い致します。」と、はっきりと言われたみたい。




次の日の午後、私たち6人は泪橋の喫茶店に再度集合していたわ。

今後、この件に介入出来ない中で、何が出来るか話合うことにしたの。

みんなは農園君に、彼が受けた詐欺まがいの行為を近隣住民の方々へお話しておくことを要請したの。

農園君の住む近所の方々にはお年寄りも多い。同じ被害を受けることが無いよう教えてあげるのは無駄なことじゃない。

農園君本人も是非やりたいと、積極的に名乗り出てくれたの。やっとこさ元の農園君に戻ってくれたみたい。

残りの人たちは、友人、知人、遊び友達、飲み友達、…等々、様々な人脈を介して今回の件を拡散することにしたの。少しでも同じような被害がなくなれば…、なんて。


私たちにしては内容の濃ぉぉぉ~い話し合いをもっている最中、農園君のガラケーに着信が入ったの。

電話の主は農園君を騙した施工業者…。

電話の内容は、返金の意思はある、55回の分割払いにならないだろうか?っていうものだったみたい。

それを聞いたケンちゃんは「そ、それが、さ、詐欺の常套手段なんだよ。」って、またまた他のお客様の迷惑を顧みず声を大にして言った。

高麗君も「おでも、おでも、そう思う。」って、迷惑だちゅうのに、大声で後追いする。

そうなると真打ち登場、A5(エーゴ)さんも黙ってられない。

「なんなら俺が直接行きましょうか…。」って、低くドスの効いた声で…。ほんと、気質じゃないわ、この人…。

その時、CW(ツェーべー)爺さんが急に自分のスマホを黄門様の印籠のように掲げたの。

「この紋所が目に入らぬかぁぁぁぁぁ。控え。控え。」って感じ。

よく見てみるとスマホは裏っ返し…。でも、そこには見覚えのあるものが…。意味は分からないんだけどね、MCD (狂牛病)BSE(牛海綿状脳症)の牛のイラストのシール。私たち自警団【野放し7人組】の目印の…。なんかぁ…、英語と牛のイラストが格好いいのよねぇ…。

「俺らは泣く子も黙る、寝る子は育つ、自警団【野放し7人組】だろ。やからみたいな事、言ってんじゃねぇ。嘘でもそんなことをすれば、松やんが泣くぞ…。」

このCW(ツェーべー)爺さん言葉でみんなの昂ぶりも収まった…。


そう、私たちはそういう集まりなんだから…。




2週間後、農園君からメールがきたよ。

【 昨日、5分の1の金額の返金がありました。どこまで返金されるか分からないけど、市役所の担当のおばさんは熱心に動いてくれている。 】ってことだった。

私たち6人だけでの初めてのミッション。力を合わせてやれるとこまではやったわ。

まだ、終わっちゃいないけど…、決して、結果オーライとはいかなかったけど…、褒めはしないけど…、怒りもしないよね…。

ねっ…、松葉さん…。

…。

…。

…。

…。

…。




ポチ、ポチ…、い。

ポチ、ポチ…、き。

ポチポチポチポチ…、て

ポチ…、生きて

ポチ、ポチ、ポチ、ポチ…、れ。…チッ。ちゃうちゃう。

ポチ。

ポチポチポチ…、る。

ポチ、ポチ、ポチ、ポチ…、て。

ポチ…、で。

ポチ…、生きてるで。

たまには見舞いに来んかい。

薄情者どもが。

ど突き回すどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…。

松葉

送信、ポチ。




終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

LOOSE 6 明日出木琴堂 @lucifershanmmer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ