芸術の終焉
りゅうちゃん
第1話 アーカイブ
大きく切り裂かれたカンバス、周りには破壊された彫刻や楽器。その真ん中で床に崩れ落ち天を仰ぐ男。
「判定C、20XX年ニューヨーク出身のウォール・アレックスの作品の模倣」
今回は渾身の作品であったが、これが彼の作品に下された評価だ。この床に崩れ落ちた男、彼こそがが今世紀最後の芸術家である。
遡ること数百年前。芸術は個人で所有し、独占すべきものではない、人類共有の財産として全ての人間が芸術作品を楽しめるようにすべきである、と言う学者の一言により、芸術作品を共有し、後世まで継承できるようにする芸術作品のアーカイブ化プロジェクトが始まった。だが、当初は公的な美術館などが所有する著名な作品を対象とした単なるデータベースであった。しかし、印刷技術、投影技術、そして三次元積層造形技術の発展により、状況は大きく変わった。
人間の目が認識出来ないような極小ドットと波長としての連続的な色の表現により本物と見分けがつかない絵画が複製され、密封された超圧縮透明物質にレーザーを当てることにより、手に取れるような彫刻が映し出され、そしてあらゆる原子に対応した積層造形ににより、手に触れれる本物と全く同じ造形物が作られた。最高のコンサートホールの音をAI付きスピーカーが部屋の構造、材質等のデータで音響を計算して作りだし、常に最高の音で聞くことができた。著作権等の問題もあったが、出版社や音楽産業が複製権を製作者から買い取り、アーカイブに乗せる代わりに、データダウンロード毎に使用料を取り、また自社で複写品の販売を行い、一方ではメタバースによる仮想美術館ツアーや実際のコンサート会場で演者は全て三次元映像のライブなどの企画を立ち上げ、収益を上げていた。また、真作の持ち主達も、作品を独占することへの批判と、アーカイブ化プロジェクトの有識者達からの真作の証明により、オリジナルの価値を損なうことも無く、データを提供した。
このように、誰もが身近に名画などのマスターピースが楽しめるようになったが、当然の様に収録される作品は莫大に増え、アーカイブの中は玉石混交の様相を呈すようになってしまった。有名な作品以外では、新たに無名でも価値のある作品を探そうとすると数多の凡庸で退屈な作品しか見つからず、運が良ければ極まれに素晴らしい作品と出会えると言う非常に使い勝手の悪いものとなってしまった。
そこで、有識者達による「価値ある作品のアーカイブへ」の提言をもとに、プロジェクトは大きな変革を迎えた。有名な美術館の館長や専門家、研究者、大家と言われるような芸術家、そして評論家等による作品の選定。だが、アーカイブにある作品は人の手で行うにはあまりにも多すぎた。そして評価は選定委員による恣意的になってしまった。作品がアーカイブに収められると言うことは、それだけで芸術作品として認められると言うことである。それは利害関係者にとっては恣意的な選択をせざる得ないものであった。そして、収録された作品群はいびつなものとなり、人々が見たい作品ではなく、見せたい作品しか収録されなくなった。作為的に選ばれた作品で満足できない人々は以前のアーカイブを使い、砂漠の中から針を探すように価値ある作品を求め、漁ってゆくしかないと絶望していた。
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