第190話 壊されちゃっても
◆黒羽栞◆
あうぅ……。
すっごくドキドキするよぉ……。
『動揺? してないけど? 私、望むところって言ったでしょ?』
って言ったけどさー。
動揺、しないわけないでしょー?!
思わず強がっちゃったじゃないっ!
えっ?!
なになにっ?!
どうしちゃったの、今日の涼は?!
『いっぱいいじめてあげるからさ、楽しみにしててね?』
なんて……。
きゃぁぁぁぁーーーーーー!!
涼の普段よりちょっぴり低めな甘い囁きがぐるぐるエンドレスリピートして、心が、身体がきゅんきゅんするよぉ。
ねぇっ?!
私、いったいどんなことされちゃうのっ?!
そりゃね、いつもなんだかんだで最後は涼に優しくいじめられてトロトロの骨抜きにされちゃうんだけど、今まではこんなこと言われたことなくって。それはつまりそのくらい涼が本気だってことで。
今までのでも十分すごかったのに、それ以上になるってこと、だよね……?
がっつかれてめちゃくちゃにされちゃうのかなぁ?
それとも、目一杯時間をかけてゆっくりじっくりメロメロにされちゃうのかなぁ?
あぁ、どっちもしてほしいっ。私、涼になら何されても喜んじゃうんだから。
ふぁぁっ、楽しみすぎるよぉ……。
……って、そうじゃないっ!
ダメだよ、私。まだその時じゃないのに。晩ご飯の後でって言ったの自分でしょ? だって途中で中断したくないじゃない?
涼にはまだ話してないけどね、今回はしてほしいことがあるの。準備だってしっかりしてきたのに、勢いに流されたら台無しになっちゃう。
朝からいっぱい誘惑してるのもそのためなんだよ。涼をその気にさせて、後に引けないくらいにして、それからお願いするんだ。涼を口説き落とす最後のセリフだってちゃーんと考えてあるんだから。
なんでも私のしたいこと、してほしいことをしてくれるって言ってもらったし、してくれるよね……?
万が一に備えて保険もかけてはいるけど、できることならそれに頼らずに私のこの願いを叶えてもらいたい。
だからね、今はまだ夢中になりすぎちゃいけないんだよ。
いけないんだけど──
「んっ、んんっ……。涼……、ちゅっ♡」
「しおっ……、んっ。待って……」
「やらぁっ。もっとぎゅってしてっ。ちゅーも、もっとぉ……」
「あぁもうっ。してあげるから、落ち着い──ふむっ……」
「んっ、嬉しっ……。ちゅっ、ちゅぅ……♡」
あれれ……?
私、なにしてるのかなぁ……?
えっと、えっと……。
あっ、そっか。虚勢張ったせいでどうしたらいいのかわかんなくなって、そのまま突き進んじゃったんだっけ。
うーんと、これ、どうしたらいいのかなぁ……?
止め時、わかんないよ?
涼とのキスは幸せいっぱいでもっともっとってなっちゃうし、それに私ったらこんなに必死で涼に身体を押し付けちゃって。
んぅっ……。涼の、胸板と擦れて……。んんっ……。
あーん、これ以上は私の方が先にダメになっちゃうよぉ。
……あれ?
そういえば、何か大事なことがあったような気、が……?
──はっ!!
「あぁっ!! お母さんに連絡するの忘れてたぁっ!!」
私は叫びながら勢いよく立ち上がった。
「えっ? 連絡……? あぁっ、そうじゃん!」
「ごめんね、涼。私、電話してくるっ。涼はまだ入ってていいからね」
「いや、俺も出るよ。そろそろ逆上せそうだしさ」
「じゃあ、一緒に出る?」
「そうしよ。俺も一応母さんに連絡しとくから」
私達は今の今までイチャイチャしてたのが嘘みたいに、バタバタとお風呂を出ることになった。
身体を拭いて浴衣を着てスマホを見ると、お母さんからの着信履歴が何件も入ってる。
うわぁ。これはきっと怒られるやつだぁ……。
お母さんが電話に出るまでの数コール、さっきまでとは違うドキドキを感じながら待つ。
『やーっとかけてきたわね?』
案の定、お母さんの一言目は呆れと、ちょっぴりお怒りのご様子。
「あの、えっと、ごめんなさい……」
まずはちゃんと謝るところから。だって、悪いのは完全に私だもん。
『まったくもう。どうせまた涼君とイチャイチャしてて止まらなくなってたんでしょ……?』
「う、うん……。お部屋がすごくって、テンション上がっちゃって、それで……。今まで忘れてました……」
くぅっ……。私としたことがとんだ失態だよ……。
『まぁ、無事に到着したならいいわ。そんなことだろうとは思ってたしね』
「ごめんなさい……」
『もう謝らなくていいわよ。今回は私も口うるさく言わないって決めてるの。でもね、栞。連絡してって言ったのは栞を縛り付けようと思ってじゃなくて、ただ栞のことが心配だからなの。それだけは覚えておいてね?』
「うん、わかった」
『よろしい。なら、明日の朝の連絡は免除してあげるから、帰る前は忘れずにね』
「あれ? 朝、しなくていいの?」
行く前まではあんなに何回も言われたのに。
『だーって、夜は涼君と盛り上がるでしょうしー? それで朝、ちゃんと起きれる自信、あるの?』
「……ない、かも」
電話の向こうでお母さんがニヤニヤしてる気配がする。どうせお母さんには全部バレバレなんだよね。なんなら、私が涼にしてもらいたいこともとっくにバレてるし、むしろ協力してもらったくらいだもんね。
もちろん、お父さんには内緒だよ?
『でしょ? 私も電話がかかってこなくてヤキモキしたくないし、それなら最初からなしにしといた方がいいのよ』
「そういうもの?」
『そういうものよ。ということで、最後まで涼君と仲良くね。うまくいくように応援してるから』
「うん。ありがと、お母さん」
『はいはい、じゃあね』
電話が切れるとホッと息が漏れた。
あんまり怒られなくてよかったぁ……。
お母さん、普段はすっごく優しいけど怒ると怖いんだよ。でも、心配かけたことだけはしっかり反省しないと。
それともう一つ、お母さんには感謝だね。もしあそこで思い出さなかったら、私たぶん自分を止められなかったもん。
手の中のスマホを見ると、今の時間は18時半を少し過ぎたくらい。あのまま突っ走ってたら、確実にご飯の時間に被ってたよね。
お母さんと話をしたことでちょっと冷静になれたし、これでもう少しくらいなら我慢できそう。
涼も水希さんに電話し終わってるみたいだし、ここからご飯までは普通に甘えることにしよっかな。
「りょーうっ! だっこしてっ?」
私は再び涼のお膝の上にすっぽりとおさまった。
「わっ……! 本当に栞はだっこが好きだよねぇ?」
「うん、好き。だってこうしてると落ち着くんだもん」
「さっきまで全然落ち着いてなかったくせによく言うよ……」
「それはそれだもーんっ」
だってしょうがないんだよ。穏やかなのも、さっきみたいに激しく燃えるようなのも、どっちも私で、どっちも涼への愛情なんだもん。どっちが表に出てくるかなんてその時しだいだし、私にだって制御できないよ。
「まったく栞は……」
「えへへ」
なんだかんだ言いながらも、ちゃんと頭を撫でてくれるところも好きだよ?
「栞、浴衣似合ってる、可愛いよ」
涼はそう言って、更にぎゅっと抱きしめてくれる。お風呂上がりのせいで温かくて、とっても癒される。
「よかったぁ。やっぱり涼に選んでもらって正解だったね」
「かな? でもさ、あんまり可愛いから今すぐ食べちゃいたくなるよ」
突然ポソリと耳元で囁かれた言葉に、思わずビクッとしちゃった。
「だ、だめだよ? もうすぐご飯なんだから」
「わかってるって。でも、栞がいけないんだからね? 俺だってギリギリなのにこんなにくっついてきてさ。あんなことされた後だし、さすがに俺も我慢の限界だよ?」
あ、あれ……?
これって、もしかしてまずいかも……?
私、やりすぎちゃったのかな……?
「えっと、その……。限界だと、どうなるの……?」
いったんは落ち着いたと思っていたドキドキが戻ってきた。心臓が痛いくらいに鼓動を打って、涼の次の言葉に期待してる自分に気付く。
「うーん、そうだねぇ。栞の望み通り、朝まで頑張ってみようか?」
「ふぁっ……! 朝まで……」
「遠慮しなくていいんだよね? 覚悟、できてるって言ってたもんね?」
「ひゃう……」
真顔の涼に見据えられると、身体の奥がジンっと痺れる。その甘い痺れが全身に広がって、腰が砕けたみたいになってた。
そんなの私、壊れちゃうんじゃないかなぁ……。
でも、涼になら壊されちゃってもいい、かなぁ……。
「栞、返事は?」
「ふぁい……♡」
なんか今日の涼、強気すぎじゃない?
こういう涼もとっても素敵。
こんなのもう虚勢張るなんて無理だよ。
しかも朝までってことは、きっとじっくりメロメロコースってことだよね?
もうとっくに私、涼にメロメロだよ?
「ん、いい子だね。じゃあ、気持ちが冷めないようにしばらくこのままでいようね」
「あぅ……、うん……」
そんなことしなくても冷めたりしないのに、涼にがっちり捕まって逃げることもできなくなっちゃった。逃げるつもりなんて毛頭ないけどね。
だってね、昨日のお礼に涼のしたいことはぜーんぶ受け止めるって決めてきてるんだもん。
でもね、涼。私、されっぱなしで黙ってる女じゃないよ? 今日のところは負けを認めて涼におまかせするけど、受け取った分はいつか何倍にもして返してあげる。
私をこんなふうにしたのは涼なんだからね?
私の愛の重さ、なめちゃダメだよ?
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