第179話 全校代表、名物カップル
さて、色々とあった体育祭もそろそろ終盤を迎え、残すはクラス対抗リレーのみ。
うちのクラスはノリが良いこともあり、ここまで大いに盛り上がってやってきた。応援に精を出しすぎて、誰も彼もがだいぶ喉をやられている状態だ。
それは俺も同様で、普通に喋る分にははとんど問題はないが大きな声を出そうとすると裏返ってしまいそうになる。
栞に至っては、声が少し掠れてハスキーボイスっぽくなっている。そんな栞ももちろん魅力的で可愛い。
と、声はそんな感じでもまだまだ気は抜けない。
リレーは各クラスから男女一人ずつ選出され、それが三学年で計六人が一チームとなって順位を競い合うことになる。そして、我がクラスからは午前中に聞いた通り遥と楓さんが出場することになっているのだから。
そんな二人についてだが、楓さんに関しては借り物競争で恐るべき身体能力を披露していたので何も心配することはないだろう。
問題は遥。今日、遥がリレーの他に出場していたのは玉入れだけ。体育の授業でも俺とは選択が違うので、その実力の程は未知数だ。
というわけで、単刀直入に本人に聞いてみることにした。
「ねぇ、遥。遥も帰宅部だったよね? 走るのって、どうなの?」
「ん? リレーの話か?」
「そうそう」
「なんだぁ、心配してんのか?」
「そりゃ、ね」
今回の体育祭、ここまでの獲得点が表示されたスコアボードを見れば、次のリレーの順位次第でどのクラスが一位になってもおかしくない接戦となっている。
その中で俺達の5組チームは現在4位。
気にするなとは言われたけれど、こうなると俺達の二人三脚で転倒から最下位となったのが悔やまれる。たらればの話をしても仕方がないとわかってはいるが、あれがなければもう少し余裕があったのではと思ってしまう。
「まぁ見てろって。俺と彩だけでどうにかなる話じゃねぇけどさ、涼達の負け分くらいは取り戻してきてやっからよ」
遥はなんでもないように、さらりと言ってのけた。そして、不敵に笑うのだ。
ちょっとこの友人、頼もしすぎるのでは?
俺がもし女だったら今のでコロッとやられてしまっていたかもしれない。
そうなるとライバルは幼馴染兼現役彼女の楓さん。そこに勝ち目があるはずもなく、叶わぬ恋に苦しむことに──うん、普通に気持ち悪いから変な想像はやめよう。俺にそんな趣味はない。
「なら遥の活躍、しっかりと目に焼き付けとかなきゃね」
「おう、任せとけ!」
「うん、任せた」
景気付けに遥とハイタッチを決める。
なんかこれ、ちょっと青春っぽいかもしれない。まさか自分がこんなことをする日が来ようとは、感慨深いものがある。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ。彩、そろそろ──って、なにやってんだよ……」
せっかくやる気に満ちていた遥の顔が、一瞬で呆れたものに変わってしまった。
「んー? エネルギーチャージ、かな?」
楓さんはこれから一番の見せ場だというのに緊張感もなく、またしても栞のほっぺをむにむにしてくつろいでいた。
「アホやってないで、行くぞ」
「アホとはなによー、失礼なっ! まったく、しょうがないなぁ。じゃあしおりん、頑張ってくるから、続きは帰ってきてからね!」
「しょうがないなぁ、は私のセリフじゃない? 今も散々こねくりまわしてたくせに。……まぁいいけどね。でも、頑張ったらだよ?」
栞がそう言うと、楓さんは嬉しそうにニパッと笑う。
楓さん、栞のほっぺ気に入り過ぎじゃない?
栞のほっぺは俺のだからね?
いや、栞のほっぺはもちろん栞のものなんだけど、そう思ってしまう俺の独占欲よ。
「やったぁー! なら、全員抜き去って置き去りにしてくるね! ちなみに私はアンカーです!」
まさか楓さんがアンカーとは。それなら、たとえそこまで最下位だったとしても、全てをひっくり返してしまうかもしれない。
楓さんなら本当にやりそうなんだよなぁ……。
「はいはい、わかったから。ほら、いってらっしゃい」
「えー、しおりんがつれないー!」
「いいからついてこい、彩」
「あーん、しおりーん!」
楓さんは遥に首根っこを掴まれて連れて行かれてしまった。この光景も本日二回目、普段は楓さんが遥を引っ張っていることが多いが、今日はそれが逆転しているようだ。
「りょーうっ!」
遥達を見送ると、栞がストンと俺の膝の上に腰を下ろした。
「栞っ?! なに、どうしたの?!」
「ちょーっと疲れちゃったから、リレーが始まるまで少し休憩っ」
「いや、休憩はいいけど……、さすがにこれは恥ずかしいよ……?」
「私は恥ずかしくないもーんっ。それに、どうせ私達の名前も関係も全校に知れ渡っちゃったみたいだしね」
「俺が恥ずかしい──って、待って? 全校に名前まで知れ渡ってるって、どういうこと?!」
その原因には心当たりが多すぎるが、さすがに名前まではわからないと思うのだけど。
「涼が私のこと助けたり、ゴールしてからはしゃいだからだよ? これは私もさっき彩香から聞いて知ったんだけどね」
「えっと、なにを……?」
「うーんとね──」
栞曰く、というより楓さんからの情報によるとこういうことらしい。
放送部員が担当しているという実況席、そこからこんな放送が流れていたという。
まずは俺達が転倒した時のことだ。
『おーっと! トップを独走していた1年5組ペア、まさかの転倒です! 派手にいきましたが大丈夫でしょうかー?! …………。んんっ? ……おやおやっ? 男子の方、えーっと名前名前っと……。はいっ、高原涼、高原涼君です! その身を犠牲にして、ペアである黒羽栞さんを守りましたー! これはちょっと格好良すぎませんかねー?!』
うん。こんなの、転んだ衝撃やら痛みやらで俺の耳にも届いていなかった。栞も同じ状況だったので聞こえていなかったそうだ。
次に俺達がゴールした直後のこと。
『最下位にはなってしまいましたが、高原・黒羽ペアがたった今ゴールしました! 現在はその喜びを二人で共有している模様です! 転倒しても諦めないその姿勢に私、ちょっと感動しております!』
なんか興奮した声が聞こえるなとは思っていたけれど、まさかそんなことを言っていたとは。しかも、これで終わりではない。
『ここで先程入った追加の情報によりますと……。ほほぉ、なるほどなるほど。なんとこの二人、午前に行われた借り物競争にてバカップルとして登場していたようです! つまりは恋人同士! さしずめ先程の高原君の行動は愛ゆえといったところでしょうかー! いやいや、良いものを見せていただきましたっ! 皆様、是非盛大な拍手をー!』
ゴール直前から聞こえていた拍手が、気付いたら一段と大きくなっていたのはこのせいか。テンションが上がりすぎて、栞のことしか見えなくなっていて、これまた聞こえていなかった。
もはや難聴を疑うレベルだ。栞は栞で、俺に振り回されてそれどころではなかったらしい。
ついでに言えば、遥が俺の背中を叩くに至った原因の大部分もここにあるという。
俺達のことで盛り上げてくれすぎじゃないかな……?
「──ってことがあったんだって」
「あったんだって、ってそんなこともなげに……」
というか、なんか嬉しそうじゃない?
「涼とのこと知られたところで、私困らないもん。むしろね、涼が私の恋人だって、たくさんの人に知ってもらえてよかったと思ってるよ?」
「よかったって、なんで……?」
「そりゃもちろん、涼を狙う他の女の子への牽制だよ。涼は私の大好きで大事な人なの。絶対に誰にも渡さないし、ちょっかいもかけてほしくないの。でもやっぱり少し心配だから、こうやって追加でアピールしとくんだよ」
栞は最後に「涼は格好いいからね」と付け加えてクスリと笑った。
栞の独占欲には困ったものだ。そう思いつつも顔がニヤけてしまうのは、俺も栞に独占欲を感じているから。
「まったく栞は……」
俺はそう言いながら、栞の両頬へと手を伸ばす。せっかくちょうどいい位置にあるのだから、触らないと損だ。それに楓さんばっかり触ってずるいと思っていたところだし。
いつも触ってるだろ、というツッコミはもちろん受け付ける気はない。
「ひゃうっ、んんっ……。涼……?」
やわやわと撫でると、楓さんに触れられている時には聞けない声が栞の口から漏れる。くすぐったがってるような、喜んでくれているような、そんな声。それを聞くと、なんとなく俺の手に取り戻したような気分になる。さっきまで楓さんに取られてたからね。
「俺もアピールしとく。栞は可愛いから、誰かが狙ってるかもしれないしね」
「あぅ……。もうっ、涼ってばぁ……。そんなこと言うとお膝から降りないんだからね?」
「いいよ。でも、遥達の応援はしっかりしようね?」
「えへへ、うんっ!」
栞が返事をしてくれたところで、視線をグラウンド中央へと向ける。たぶんそろそろリレーが始まる頃合いだ。
「誰も狙わないっての……。どうやったらあの間に割り込めるって思う輩が現れるっていうんだよ……。ただでさえ、クラスの名物カップルから全校代表の名物カップルに格上げされたってのにさ」
「そうだよねぇ。でも……、私達もちょっとだけ、栞ちゃん達を見習っちゃう?」
「えっ、さっちゃん……?」
「ふふっ。私も牽制、しとこうかなーって。かづくんは誰にも渡さなーい、ってね?」
漣と橘さんが俺達の背後でなにやらコソコソと話しているが、丸聞こえである。何をしてるのかまでは、野暮なので見ないでおいてあげることにする。こっちも栞の相手で忙しいのだ。
でも、あっちはあっちで今日だけでかなり進展があったんじゃないかと思う。最近の橘さんは栞に影響を受けているようで、漣に対してかなり攻めの姿勢を見せている。たびたび漣に羨ましがられるのが面倒くさいので、橘さんには引き続き頑張ってもらいたいところだ。
そんな事を考えていると、膝の上の栞がやや前のめりになる。
「あっ、涼。始まるよ!」
「だね。って、いきなり遥が走るのかな?」
「そうみたいだね」
スタートラインに立った八人の中に遥の姿がある。どうやら遥は第一走者らしい。
「柊木くーんっ、頑張ってー!」
栞は掠れてはいるけれど、精一杯声を響かせた。俺の背中を叩いたことへの禍根は残されていないようだ。遥の背中にはきっとまだモミジが残っているのだろうけど。
「遥ー! 負けるなー!」
俺も負けじと声を張り上げる。
もちろん、他のクラスメイトからも遥への声援が。それはしっかりと届いたようで、遥は視線を前に向けたままでこちらに軽く手を振ってくれた。
遥の姿勢が低くなり、そして──
スタートを告げるピストルの音で各走者が一斉に走り出した。
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