第143話 イチャイチャ強化期間
予定通り、栞と継実さんの手によって先生の衣装選びを済ませることができた。内緒の計画なので、先生にどれがよかったかとは聞けなかったが、そこは栞が先生の反応を見て決めてくれることになっていたので問題はないだろう。
そして学校では、先生がいないうちに遥と楓さんが皆に計画を話してくれたはず。
先生夫婦のサプライズ結婚式、これが俺達のやろうとしていることだ。企画決めの時に羨ましいと溢していた先生へ俺達生徒からの贈り物。日頃お世話になっているので感謝の気持ちという意味合いもある。
先生夫婦へのサプライズと言ったが、先生の旦那さんである真守さんは俺達の協力者だ。遥が秘密裏に動いていたのがこれになる。先生には内緒で旦那さんに接触して、計画に賛同してもらった。
直接会って話をした遥によれば、いつか結婚式を挙げようと言っていたのに、今に至るまでできなかったことを悔やんでいたらしい。自分の転職のタイミングが悪かったと嘆いていたとか。
そういうわけで、今回の計画は先生夫婦両方の希望を叶えるチャンスになった。
「先生、喜んでくれるかなぁ?」
学校へと戻る先生を見送った後、帰りの電車の中で栞が言う。期待と不安が半分ずつ入り混じった表情で。
そもそもこの計画は栞の一言から始まっている。『先生のもやったらいいのに』という栞の呟きを聞いた楓さんが『じゃあやっちゃおうよ!』と言ったことで動き出したのだ。栞からすれば自分の案が通ったことになるので、気になるのだろう。
「喜んでくれると思うけどね。試着してた時の先生の反応はどうだったの?」
「えっとね、最初は戸惑ってたかな」
「あー……、そりゃね……」
それは無理もない。いきなり強引に栞と継実さんに捕まって連行されていったんだから。
「でも最後の方は嬉しそうだったよ。ウェディングドレスを着るのも初めてだったみたいだし、ずっと鏡見てたもん」
「なら良かったよ。でも、計画はバレてないよね……?」
今日の俺達のミッションの中で一番重要なのがそこだ。衣装を選ぶのも大事だけれど、バレてしまったらここまでコソコソやってきたのが無駄になってしまう。できれば当日、驚いた顔も見たいところだし。
「それは多分大丈夫。ほら、記念にって最後に陽滝さんに写真撮ってもらったでしょ? 文化祭当日のと一緒に渡すって言ってくれてたから、これだけだと思ってるはずだよ」
「それもそっか。ならこれで俺達の仕事も終わりだね。にしても、本当にこれだけでいいのかなぁ……」
栞と文化祭を楽しみたいなんて思っていたのに、すっかり予想とはだいぶ違う形になってしまった。一緒に準備を頑張ったりするのが醍醐味な気がしていたのだけれど。
「いいんじゃない? 私達にはまだ別にやらなきゃいけないこともあるしね」
「やらなきゃいけないことって?」
今しがた、仕事は終わりと言ったはずなのに。
疑問を浮かべる俺の肩に栞がもたれかかってくる。ただ繋いでいただけの手も、スルリと指が絡められて。
「こうやってね、気分を盛り上げておくことだよ。彩香達にも言われたでしょ? せっかく皆がお祝いしてくれるんだもん。私達が仲良しなところ、いっぱい見せてあげなきゃ」
「それ、いつも通りな気がするけどなぁ……」
今日だってそれで遥に怒られて、漣に八つ当たりまでされてしまったというのに。
「いいのっ! 今日から当日までイチャイチャ強化期間にするからねっ。涼も覚悟しておいてよ?」
「覚悟って……」
日常的にイチャイチャしている気がするんだけど、更に強化ってどうすればいいのだろうか。まぁ、栞がこう言うのだから何か考えが──。
「というわけで、私今日からしばらく涼の家に泊まるね? 前日には一回帰るけど、結婚の前には同棲が必要だもんね」
「……へ?」
いや、何か考えがあるんだろうと思ったけどね?
思ったけど、その矢先にこんな話が出るとは予想してないじゃん?
というか、そんな話聞いてないんだけど?
「あっ。ちゃんとうちと水希さんには許可取ってるから問題ないよ」
うん、そんな心配はしてないんだよ?
「あの、俺の許可は……?」
相変わらずの根回しの良さには感心するけれど。
「涼の許可、いる?」
栞はコテンと小首を傾げて、じっと俺を見る。これは本気でいらないと思っている顔だ。
「いる──らないか……」
勢いでいると言いかけたけれど、よくよく考えれば両家の許可さえあれば俺には嬉しいだけの話なわけで、ダメな理由は一つも見当たらない。それなら、許可を取る必要性も消えることになる。でも、こういうことは最初に俺に話してほしいと思わずにはいられない。主に心の準備という意味で。
「でしょ? 実は朝のうちに着替えとかの荷物も運んでおいたんだから」
「荷物……?」
用意が良すぎるでしょ。けど、そんなのどこに置いてあったんだろう? 何泊もしていくつもりなら荷物はそれなりになるだろうに、俺の部屋にもリビングにもそれらしいものはなかったはずだ。
「涼が起きる前にね、こっそり涼の部屋のクローゼットに入れておいたの」
「こっそりする意味は?!」
「そんなの涼をびっくりさせたかったからに決まってるでしょ?」
「そんなの朝に聞いててもびっくりだよ?!」
本当に栞はお茶目さんだよ。普通に言ってくれればいいのに、態々俺の動揺を誘うようなことをするんだから。
って、クローゼット開けたみたいだけど、アレ見られてないよね? 一応奥の方に入れてあるから大丈夫だとは思うけど……。
早々と用意してしまった栞への誕生日プレゼント、これも渡すまで秘密にしておきたい。旅行の荷物に忍ばせておいて、日付が変わったら渡すのが俺の立てている予定だ。
「というわけでね、おはようからおやすみまで──ううん、寝てる間もずーっと一緒だよっ!」
「う、うん、わかったよ」
幸せそうな顔をする栞に、動揺しながらも頷いた。驚きの連続によるドキドキと、そうじゃないドキドキが入り混じる。
栞はすでに何度かうちに泊まっているけれど、それは特別な時だけで、しかも二人きりだった。それが今回は数日間とはいえ俺の日常全てに栞が入り込んでくるのだ。そんなのドキドキしないわけがない。
……でも、本当に結婚するとなったら、その先は栞と生活するのが日常になるのか。きっと、そういう日々を積み重ねていって、今以上に掛け替えのない人になっていくのだろう。
そう思ったら、心臓が穏やかなリズムを取り戻す。ぴったりくっついて身体を預けてくる栞が愛おしくて──
「ねぇ、栞」
「ん? なぁに?」
「俺さ、頑張って栞のこと幸せにするからね」
考えるよりも先に言葉が出た。漠然としていて、何をどうしたらいいのかなんてまだ全然わからないけれど。
「ふぇっ?! な、なに、急に?! どうしたの涼?!」
俺の言葉に、栞は目を見開いてアワアワし始めた。こんなにびっくりさせるつもりはなかったのに。
「いや、なんかよくわかんないけどさ、そうしたいなって思って」
「もう……、涼は私が油断してるとすぐそういうこと言うんだから……。私、今でも十分すぎるくらい幸せにしてもらってるのに。でもね、涼?」
「うん?」
栞は拗ねたような、それでいて嬉しそうな表情で続ける。
「私だって涼のこと幸せにしたいんだよ? だから、二人で一緒に、ね?」
「うん、そうだね」
あぁ……、本当に好きになったのが栞でよかった。いつだって俺の気持ちを素直に受け取ってくれて、同じ想いで返してくれて──
「それじゃあさ……」
不意に栞は俺の耳元に口を寄せる。
「帰ったら、早速一緒に幸せになろっか?」
栞の言葉に心臓がドクンと跳ねた。
「それって、どういう……?」
「んふふ、わかってるくせに〜。それとも涼はここで私に言わせたいのかなぁ〜?」
グリグリと甘えるように頭を押し付けてくるし。
栞のこういうところは本当に小悪魔だって思う。蕩けるように甘い声色でこんなことを言うんだから。栞にかかれば俺なんてあっさりとその手の平の上で転がされてしまう。
「……帰ったら、ね」
「うんっ」
電車の中にも関わらずこんな会話を繰り広げていた俺達、それなりな注目を集めていたことには気付かなかった。そして幸先の良いことに、電車を降りるとさっきまでの土砂降りが嘘のように雨があがっていた。
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