十四章 友情の復活

第123話 許しの決断

 ◆黒羽栞◆


 涼の腕に抱かれながら、私はこの上ない幸福感を感じていた。身も心も完全に満たされて、とってもフワフワする。


 私達は、本当に一つに溶けて混ざり合ってしまうんじゃないかと思うくらい夢中で求め合った。


 私がするなんて言ってみたけど、最後は涼にじっくり愛されて、結局私の方がグズグズになるまで溶かされちゃった。心も身体も、全部。私達って性格だけじゃなくて、身体の相性もいいのかも……?


 うぅ、こんなの涼に言ったのと違う意味でハマっちゃうじゃん。気持ち良くって、もっとしてほしい、みたいなこと言っちゃったし。やっぱり私ってえっちなのかなぁ……?


 あんなに声まで出しちゃってさぁ。ちょっと恥ずかしいなぁ……。勝手に声が漏れるたびに涼が激しくするし、そのせいで余計に。

 

 ご近所に声、聞こえたりしてないよね……? もし聞こえてたりしたら……、私死んじゃうっ……!


 それに自分からあんなことまで。思い出すだけで顔から火が出そうだよぉ……。

 涼の前では余裕のあるふりをしてたけど、あんなの初めてするんだから……。


 でもでも、涼に喜んでもらいたかったんだもん。せっかくそのために事前に勉強もしたんだし、やらないって選択肢はなかったんだよね。


 ……私がしてあげた時の涼の顔、可愛かったなぁ。


 もちろん今の寝顔もとっても可愛いんだけど。こんなに可愛いのに、えっちなことをする時は逞しくって力強くて、でもいつもと同じようにすごく優しいのは変わらないの。


「涼ったら、大人しい顔してあんなにするんだもん……。あんなふうに全身で愛してるって言われたらね、私、涼なしじゃいられない身体になっちゃうんだから……」


 って、とっくになってるんだけどね。


 涼に語りかけてみるけど、返事はない。私を抱きしめたままで、すっかり夢の世界へ旅立ってるから。


 いっぱい頑張ってくれたもんね。私も眠くて仕方がないんだけど、もう少し涼の顔を見ていたくって。


「ふふっ、りょ〜うっ……」


 スヤスヤと眠る涼の前髪を払って、おでこにキスをする。


「ん〜……、しお、り……」


 あっ、私の名前、呼んだ! 


 夢でも私のこと考えてくれてるのかな? そうだったら嬉しいなぁ。


 私が今、こんなに幸せでいられるのは涼のおかげなんだよ。今日は誕生日の涼を喜ばせるはずだったのにね、私の方がこんなにも満たされちゃったよ。


 まぁ、それが涼らしいところで、私が大好きなところなんだけどね。


 本当に涼にはかなわないなぁ。




 でも……、それだけじゃないんだよね。


 今、私が涼とこうしていられるのには、また別の要因があるってことには気付いてる。きっと涼と私の二人だけではこうはなっていなかったはずなんだよね。


 脳裏に浮かんでくるのは一人の女の子。


 花火大会のあの日、涼の前から消えようとしていた私の前に現れた人。怖くて、頭の中がグチャグチャになって逃げ出して、涼に見つけてもらった。おかげで何もかも涼に話すことができて、本当の私を涼に受けいれてもらった。あの出来事は私と涼を強く結びつけてくれたんだ。そうじゃなかったら、今頃私はまだ一人で沈んでいたと思う。


 それに、もう一つ。


 一人で思い悩んで、体調まで崩していた私のところに涼を向かわせる一押しをしてくれたのも彼女の言葉。ちゃんと話し合えて、私が涼の支えになれているんだって実感することができた。それがなければ、今日は涼の誕生日をお祝いできていなかったと思う。


 どちらも偶然の産物、でもそういうのを『運命』なんて言うんじゃないかな?


 私のトラウマの元凶。でも、かつての私の親友で、未だに思い出として私の心に残り続けている人。


 「美紀……」


 私はポツリとその人の名前を口にする。


 もう許してしまってもいいのかもしれない。


 ううん、違う。


 許してあげたい。


 美紀がいなければそもそも涼と出会うことすらなかったんだから。こうしてたくさんのきっかけをくれた美紀には感謝してる。たとえ美紀にそんなつもりが全くなかったとしても。恨んだことも、嫌いだって思ったことも帳消しにして、お釣りが来るくらいに。


 でも、どうやってそれを伝えたらいいんだろう。まだ私自身は美紀と偶然の再会は果たせていなくて。


 ……。


 明日、起きたら涼に相談してみようかなぁ。一人じゃいい考えが浮かばなくても、二人なら。


 ──必要なら協力だっていくらでもするしね。


 涼はそう言ってくれたもんね。また頼ることになっちゃうけど、一人で悩まなくていいって、涼が教えてくれたから。その分はこの先で少しずつでも返していけばいいんだよね。




 ……あぁ、私、こんなふうに考えられるようになったんだ。これまでは頼ることに引け目を感じていたはずなのに。


 涼がいるだけでこんなにも心強い。一人じゃないってこんなに安心できる。お互いに寄り添って支え合える、そんな相手に出会えた私はきっとすっごく幸運だよ。


 そう思うと、ますます涼が愛おしくなる。涼を想う気持ちは本当に際限がないんだよ。限界に辿りついたと思っても、果ての壁だと思ったものは次に繋がる扉でしかなくて。それを開けた先で新たな涼の魅力に気付いて、また好きになる。その繰り返し。


「いつもありがとね、涼。愛してるよ」


 言葉にすればいつもと同じになってしまう。だってこれ以上の言葉を私は知らないから。


 だから溢れんばかりの想いを込めて、今度は唇に、涼を起こさないように軽くキスをした。


「おやすみ、涼」


 涼の腕の中に身体をおさめなおして、涼の胸にぴったりとくっついて目を閉じる。心地よい体温と大好きな涼の匂いに包まれて、私は眠りについた。





 翌朝、ほぼ同時に目覚めた私達は、キスをして、身体に残っていた熱に任せてもう一度肌を重ねて。その後で一緒にシャワーで汗を流して、夕飯の残り物で朝ご飯を済ませた。


 食後に涼がコーヒーを淹れてくれて、それを飲みながら二人きりの穏やかな時間を過ごす。


 話をするなら、たぶん今。美紀への、この気持ちが冷めないうちに。


「ねぇ、涼。ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」


「もちろん、何でも言ってよ」


「うん……。えっとね、美紀のことなんだけど……」


 私が話を切り出すと、涼はふっと優しい顔になる。


「もうね、許してあげようと思うの」


「そっか、栞ならそろそろそう言うと思ってたよ」


「えっ。もしかして、わかってたの?」


「こないだ俺が話した時に栞がそんな顔してたからね」


 驚く私の顔を見て、涼は微笑んでくれる。


 そっかぁ、涼にはわかっちゃうんだ。本当に私のことをよく見ててくれてるんだなぁ。実はあの話を聞いた時には、すでに半分くらい心は決まってたんだよね。


「それでね、どうしたらいいかなって思ってて……」


「栞から新崎さんに会いに行くのはやっぱりなしなの?」


「なし、じゃないけど……、偶然って約束しちゃったし……」


 私って本当に面倒くさい。律儀に約束を守ろうとしてる。『偶然』っていうのを私が破れば、美紀にずるいって思われるかもしれないし。


「なら偶然っぽくしちゃえばいいんじゃないかな」


「偶然っぽくって……?」


「ふふ、それはね──」


 涼はその内容を私に教えてくれた。


 どうやら、美紀のことを私に伝えたあの日から、ずっと考えてくれていたらしい。


 私は涼の話を目を丸くしながら聞いていた。


「──って感じなんだけど、どうかな?」


「それすごいよ、涼っ!」


 涼の考えてくれた作戦は本当に素晴らしかった。約束の形を違えることなく、それでいて私から美紀に接触しても不自然じゃない。端から見れば完全に偶然に見える。


 それに、その場で美紀を許す口実付けまで完璧だった。更に私がもう立ち直っていることを美紀に教えてあげられるオプション付き。


 私は思わず涼の手を取って立ち上がらせてピョンピョン飛び跳ねてはしゃいでしまった。涼に相談して良かった。私じゃこんなの思いつきもしなかったから。


 やっぱり涼は流石だよね! 本当に涼は頼りになるよ!


「そうかな? なら良かったよ。まぁ、一つ問題があるとすれば、俺がうまく演技ができるかってことなんだけど……」


「あー……」


 確かにね、涼は真面目というか、根がとっても素直だから。誤魔化すとか演技するとか、そういうのはとっても下手くそだもん。彩香達に私達の関係がバレそうになって誤魔化そうとした時なんてカタコトになってたくらいだし。突然だったからっていうのもあるんだろうけどね。


「やっぱり栞もそう思うよねぇ。上手くできるかわからないけど、どうする?」


「それでもやってみたい。もしバレたら、正直に話すことにするし」


 そんなの、やらない手はないよ。私の問題なのに涼がこんなに真剣に考えてくれたんだもん。失敗した時くらい私がどうにかしなくちゃね。


「わかったよ。栞がそう言うならやってみよっか」


「うんっ」


 それから私達は計画を詰めていった。セリフとか、タイミングとかを。


 計画の実行は美紀の予定しだい。そこは涼が美紀に連絡を取ってくれることになった。


 そうしているとなんだかすごくワクワクしてきた。涼と一緒に悪巧みしてるみたいだし、なにより、ようやく美紀を楽にしてあげられるって思うから。

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