第34話 恋人になって

 ◆黒羽栞◆


「こっちは……、また今度、ね?」


 我ながら大胆なことを言っちゃった。言ってから顔が熱くなってきたし、涼も真っ赤になってる。


 そんな私達に構わず、リビングのドアが開いて水希さんが入ってきた。


「ただいま。あら、栞ちゃん来てたのね。いらっしゃい」


「お、お邪魔してます……」


 水希さんに挨拶をしながらも、私の心はまださっきの瞬間に囚われている。


 残念だなぁ。涼とキス、しそこねちゃった……。


 想いが通じて見つめ合ってるうちに顔が近付いて。


 なんか、身体が勝手に……。

 あんなおねだりするみたいに目を閉じちゃって。

 ……大丈夫だよね? 

 いきなり積極的すぎって引かれてないよね?


 まぁ、ほっぺにはしちゃったんだけど。


 けど、したかったなぁ……。涼とキス。


 きっとあのタイミングでできてたら、最高のファーストキスになったと思うのに。


 さすがに今日はもう無理、かな? もうそんな雰囲気じゃないし、水希さんは帰ってきちゃったし。仕切り直ししようにも、私も涼も意識しすぎて変な感じになっちゃいそうだもんね。


 でもまたこれからいくらでもチャンスはあるよね?

 だって……、私、涼の彼女、だもんね……。

 離さないって言ってくれたもん。

 えへへ、嬉しいなぁ。


 あ、ダメダメ。水希さんがいるのに顔が緩んじゃう。


「う〜ん? 私、お邪魔しちゃった?」


「「っっ……!!」」


 色々バレてる?!

 水希さんには涼が好きって知られちゃってはいるけど……。

 さすがにキス未遂までは大丈夫よね?


「か、母さん、帰ってくるの早すぎない?」


「何言ってるの、指定通りよ? で、うまくいったの? って聞くまでもないわよねぇ」


 水希さんはニヤニヤと楽しそうで。


 けどうまくいったってどういうこと?

 どう考えても私達のことなんだろうけど。


「それはまぁ、おかげさまで……」


「よかったわね、栞ちゃん?」


「え? え?」


「実は栞に話があるからって、少し出かけててもらったんだ」


「そうなのよ〜。めったにない息子のお願いだし、これくらいはね?」


「というわけで、ごめん、栞。母さんには諸々バレてる……」


 そこで謝られると私も痛いわけで。私も水希さんと買い物に言った時に色々話しちゃったし。


 私の気持ちを知った上で、今日涼に追い出されたのなら、そりゃもう結果なんてわかりきってるってことになる。


「ううん、平気、じゃないけど、大丈夫……、たぶん」


 って、大丈夫なわけないじゃん……!


 だってなんか照れくさいし。私達、できたてホヤホヤなんだもん。まだ30分も経ってないし、気持ちはフワフワしっぱなしだし、ドキドキはおさまらないし。キスは未遂で終わっちゃったけど、あの直前の胸がキュ〜っとなる感じがまだ残ってるし、ほっぺにキスした後の涼の顔は可愛かったし……。


 あわわ……。幸せなのは確かなんだけど、まだ色々処理しきれてないの!


「それで栞ちゃん?」


「は、はい!」


 水希さんの目が爛々と輝いて、もう興味津々といった感じ。


「涼はなんて言ってくれたの〜?」


「そ、それは……内緒、です!」


 本当は色んな人に言って回って、自慢したいような気持ちもあるの。涼は私のこと、こんなに想ってくれてるんだよって。


 でもね、やっぱり涼がくれた言葉は私達だけのものにしておきたい、かな。涼が私のために勇気を出して口にしてくれた言葉だから。大切に自分の胸のうちにしまっておきたい。


「そんなこと言わずにちょっとでいいから〜」


「栞、答えなくていいから! 母さんも余計なこと聞くなよ」


「え〜……。協力してあげたのに」


「それとこれとは話が別。栞とは付き合うことになりました、これで報告終了! 栞、母さんはほっといて、俺の部屋行こう」


「う、うん……」


 涼に手を引かれてリビングを後にする。

 ちょっと強引なところに、またときめいてしまったりして。私は案外チョロいらしい。


「はぁ……、まったく母さんは……。ごめん、栞。最初からここで話せば良かったね」


 ベッドに並んで座ると涼はそう言った。


 確かにここなら水希さんが帰ってきても、あんなに慌てなくてよかったかもしれない。もしかしたらキスだってできたかもしれないし……。


 でも、ここじゃなくてよかったとも思う。


「私は涼の部屋じゃ落ち着かなかった、かも」


「え、どうして? 最近はずっと入り浸ってたじゃん」


「そうなんだけどね……、涼の部屋だと涼を感じすぎると言うか……、ほら、匂いとか……。あ、いや、変な意味じゃなくてね? ただドキドキしすぎるってだけで」


 涼に抱きしめられて包みこまれてるような、そんな気分になるんだもん。


「あー……。そこに関しては俺も似たようなものっていうか……。ほら、栞はくっついてくることが多かったし、栞っていい匂いするなって思ったこともあるから……」


 涼も私と同じ……。


「そっかぁ……。涼も同じだったんだぁ」


「そりゃそうだって。俺も栞のこと、好きだったんだから……」


「へへ、嬉しい。けど、なんか夢みたいだなぁ」


「夢じゃないよ。頬でも抓って確認してみる?」


「ん〜……、それはいいかな。でも、代わりにギュッてしてほしいな。ちゃんと涼のものになれたんだって実感させてほしい」


「ん、ほら栞。おいで?」


 広げられた涼の両腕の中に私は飛び込んだ。涼はしっかり私を受け止めてくれて。


 涼の腕の中にすっぽりとおさまると、すごく安心感があって、ドキドキして、思わず涼の胸に顔を押し付けた。私も涼の背中に腕を回して、絶対に離さないという意思を込めて抱きしめる。


「今のね、『おいで』っていうの、すごく好き、かも。また、こうする時言ってほしいな」


 これはちょっとした我儘。涼に優しい声で『おいで』って言われたら、キュンときちゃったんだよね。なんでかは自分でもよくわからないけど。


「う、うん。それくらいならいくらでも言うけど……」


 しばらく抱き合って、喜びを噛みしめていると、自分が涙を流していることに気付いた。その雫は涼の服の胸元を濡らしていた。


 ずっといろんな気持ちを抑えてたせいかな。涼と出会ってから感情のコントロールがうまくいかない気がする。特に涙はちょっとしたことでも溢れてしまう。


「栞? 泣いてる……? ごめん、強すぎたかな? それとも、何かイヤだった……?」


「ううん、嬉しいだけだよ。心配させてごめんね」


「よかった……。驚いたけど、嬉し泣きなら別にいいんだ。えっと、あのさ、栞」


「うん、なに?」


 涼は照れくさそうにしながら言う。でもその目は真剣そのものだ。


「さっき俺、栞に泣いてほしくないって言ったでしょ?」


「言ってたね」


 涼からの告白の言葉の中に確かにあった。正確には『栞が泣いてるのを見て、二度とこんな顔させたくない』そう言ってくれた。


「それで……、俺のことでも、それ以外でも、栞が不安になったり何か思うことがあったら、言ってほしいんだ。本当は察してあげられたらいいんだろうけど、たぶんまだそこまでは無理だと思うし……。でも俺頑張るから」


 もう涼ってば……。

 すぐさらっとこういうこと言うんだから。


 こういうところなんだ。私が涼を好きになったのは。でも私ばっかりこんな気持ちにさせられるのは、ずるいよね?


「わかった。じゃあ一つだけいいかな?」


「え、早速……?! いや、聞くけどさ……」


 そんなに身構えなくても悪いことじゃないよ?


「あのね、私、涼のそういうちょっと不器用だけど優しいところ、大好きだよっ」


「なっ……」


「ふふっ、涼が言えって言ったんだよ?」


 恋人になれて、素直に好きと伝えられるようになったことが嬉しくて。また私は涼に抱きついた。


──────────◇──────────


約10万文字をかけてようやく二人の交際がスタートしました。長かったです……。ここまで面倒くさい奴らだなとか思わずに、お付き合いくださった皆様、本当にありがとうございます。


ここからやっとタイトル通りの展開に進むことができます。まだまだ心の弱っている栞さんは悩んだり迷ったりします。そんな栞さんを涼君が一生懸命支えて、そのたびに栞さんの愛情が増す、そんなお話にしていければと思っています。


そこで読者の皆様にお願いがございます。


もし面白かった、続きが気になる等、思っていただけましたら


https://kakuyomu.jp/works/16817330664710282058


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