第30話 告白
◆黒羽栞◆
ご飯が無事に完成して涼とお父さんを呼ぼうと思ったら、二人はすっかり打ち解けたみたいで、楽しそうに話をしていた。
実はお父さんから涼と二人で話がしたいって頼まれてたんだ。『私がついてる』なんて言ったのに、ほったらかしにしたことは後で謝らないといけないけどね。
それに、今日は晩ご飯を作るつもりだったから、お父さんのお願いはちょうどよかったんだ。美紀との話し合いに同席してもらうお礼にって考えてたから。
お礼に手料理、しかもこの短期間で二回もなんて芸が無いし自己満足が過ぎるかもしれないけど……。
でもでも、涼も嬉しいって言ってくれたし、そんなの張り切らざるを得ないっていうか……。恋する乙女的には負け……いや、大勝利なのかな?
とにかく涼には本当に感謝してるの!
美紀とのこと、涼にはすごく助けられた。涼がいなければ途中で震えて何も話せなくなってしまったと思うから。
あの時、私は無意識に涼に手を伸ばしていた。美紀に聞きたかったことを問おうと思った途端に怖くなってしまって……。
あれだけ涼に大丈夫って言っておきながら、情けないよね。
でもね、涼の手が私の手に重ねられた瞬間、嘘みたいに震えが止まったの。乱れかけてた呼吸も心臓の鼓動も正常なリズムを取り戻して。触れているのは手だけのはずなのに、優しい涼に丸ごと包みこまれているようで、とっても安心した。
それからは驚くほど落ち着いて話ができたと思う。穏やかな気持ちで自分の心の声に耳を傾けることができて。
おかげで今の私に出せる最良の答えに辿り着けたんじゃないかな。確かに美紀を憎んだこともあるし、嫌いだって思ったこともある。でも美紀の話を聞いて、嫌われてたんじゃないことがわかると、楽しかった頃の思い出がどんどん溢れ出してきちゃって。
一度の過ちで全てなかったことにするには大きすぎた。私は我儘、なんだろうね。失いたくない、そう思っている自分に気付いちゃった。反対に、完全には許しきれていない自分もいるのは事実で。だから猶予を設けることにした。時間をかけて気持ちを整理したくて。
また偶然会えることがあったら、ただの友達からやり直そうって。あんなタイミングで、場所で再会した私達なら、きっとまたどこかで会える。
まだこれが正しい選択だったのかはわからない。でもたぶんこれが今の私の精一杯。帰り道で涼も私の答えを認めてくれて、頑張ったって言ってくれて……。
凍りついてた私の心はすっかり溶かされてしまった。涼の温もりに触れたことから始まって、涼を好きになったことで加速して、今日最後の一欠片まで溶けきった。最後は自分の力も必要だったけど、涼が手を添えてくれて。
私はたぶんまだまだ弱くて、怖がりで、悩んだり迷ったりするだろうけど……、ただ涼への信頼と想いは確固たるものとして私の中に根付いた。
だから私は今日……。
「栞? 何してるの?」
「わわっ……! お、お母さん?! 何? どうしたの?」
いきなりお母さんに声をかけられて我に返った。
「どうしたのはこっちのセリフなんだけど? そんなに涼君に熱視線送っちゃって」
何してるの、なんて聞いてきたくせに涼のこと見てたのわかってるんじゃん……。
お母さんには早々にバレてるから別にいいんだけど。手を繋いでたところも見られてるし。
「ほーら、早く呼んでらっしゃい? せっかく作ったのに冷めちゃうから。美味しいって言ってもらいたいんでしょ?」
「う、うん……」
お母さんに背中を押されて涼(とお父さん)のもとへ。
「えっと……、ご飯できたから……そろそろ、食べる?」
うぅ……。意識しすぎて変になっちゃう……。
*
食事の後しばらくして、帰る涼を見送るため一緒に家を出た。
「ねぇ、涼。ちょっとだけ寄り道していいかな? えっと、もう少しだけ話、したいなって」
食事中は、なんというか全然話ができなくて……。涼が一口食べて『美味しいよ』って言ってくれてから、頭がぽーっとしちゃって、気付いたら食べ終わってたんだよね。
それにまだ私の気持ち、伝えられてないから。
「いいよ。でももう結構遅いから少しだよ?」
「うん、ありがと。えっとね、こっちだよ。近くに公園があるの」
私の家の近所の公園に涼を連れて行く。小さい時は美紀ともそこで遊んだりしたけど、それは今は関係なくて、ただ座れる場所にということで選んだ。
ブランコと鉄棒、滑り台と砂場、あとはベンチくらいしかない小さな公園だ。
私達はベンチに並んで腰を下ろした。公園の中に一つだけある街灯が私達を照らしている。
「涼、今日は本当にありがとね」
「お礼ならもう十分もらったのに。でも、うん。栞の力になれたなら良かったよ」
涼の微笑みにクラっとした。
けど少しだけ、あれ? とも思う。何かが少しだけ違うような。よくわからないけど、いつもよりもちょっとだけ格好良くて。
……気のせい、かな?
すっごくドキドキする。話したいこと、伝えたいことがあるはずなのに言葉が出てこなくて。ただ時間だけが過ぎていく。
私が何も言えないでいると、涼が立ち上がり私に手を差し出す。
「栞、今日はたくさん頑張って疲れたでしょ? 話したいことがあるなら明日にでも聞くからさ、もう帰ろ? 聡さんも文乃さんも心配するだろうから」
ダメなの、明日じゃ。今日言えなければ、きっとずっと言えない気がする。チャンスがありすぎて、きっと現状に甘んじてしまう。そしてそのままズルズルと……。それはイヤ!
もうここしかないの……!
私は小さく深呼吸を一つして、涼の手を取って立ち上がる。そしてその手を強引に引き寄せた。
涼の背中に腕を回して、花火の日に私を見つけた涼がしてくれたように、ギュッと抱きしめる。
「し、栞?!」
突然こんな事したら、そりゃ驚くよね……。
でも、もう後には引けないの。
「あのね、涼。私、涼のことが好き、大好きなの……」
やっと言えた、と思うのと同時に恥ずかしさが込み上げてきて。ここからどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
軽くパニックを起こした私は、
「えっと、それじゃ……。おやすみ……!」
涼を残して逃げ出した。
家まで全速力で走って、ベッドにダイブして。私は一晩中悶えていたのだった。
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