クラスの訳あり女子の悩みを溶かしたら、甘々彼女になった。

あすれい

序章 始まりのきっかけ

第1話 ぼっちというもの

 世の中にはぼっちと呼ばれる人種がいる。


 交友関係が希薄で、友人が少なく、もしくは全くおらず一人で過ごすことの多い人間を指す言葉だ。


 一概にぼっちと言っても、その成り立ちについては人それぞれ事情が異なると思っている。


 大まかに俺が思いつく例を上げるとするならば。


 一つ、自ら選択して孤独を選ぶ者。これは己の意思によるものなので好きにしたらいいだろう。こういう人種は何でも自分一人で完結させてしまえる強い人間だと思う。


 二つ、他者から虐げられ孤独にならざるを得ない者。いじめなどによって孤立している人がこれに当たると思う。あまり考えたくもないが、世の中にはこういったことも少なからずあるのが事実だ。


 三つ、人との関わりが苦手で関係を構築できない者。一人でいるのは辛いはずなのに、人との関わりを持てない弱い人間だ。


 ここで俺、高原涼たかはらりょうについて言うならば先の第三の事情に該当する。


 どうにも人との会話というものが苦手で、人の輪に入ることができないでいる。とりあえず今はその辺りの理由は置いておくとして。


 現状として、俺のことを気にかけて声をかけてくれる人もいたにはいたのだが、どう対処していいのかわからなくなってパニックになったあげく逃げ出してしまっている。自分で言っていて情けなくなるのだが、事実なので仕方がない。


 常々改善をしたいとは思っているけれど、これがなかなかに難しい。


 高校入学を機に変わろうと決意し、同じ中学から進学する人の少ない高校を選択したのだが、長年に渡って培われてきた性格というものはそう簡単には変わらない。


 気付けば入学からすでに2ヶ月が経ち、他のクラスメイトが友人を作り、グループを形成していくのをただ眺めていることしかできずに今にいたる。


 そしてではいつも独り、孤独で寂しい高校生活を送っていた。


 そりゃあ、俺だって友人くらいほしいさ。一人でいるのは寂しい。人と楽しくお喋りしたり、笑い合ったりしてみたい。でもできないのはきっと俺が弱いから……。



 そんな俺にも転機というものが訪れる。



「あら、高原君。今日もここにいるのね」


 鈴を転がしたような声が俺を呼ぶ。『あら』なんて、さもいることを知らなかったような言い方だけど、彼女は俺がいつもここにいることを知っている。なにせ初めて言葉をかわした時も今と変わらぬこの場所だったのだから。


「あれ? 黒羽くろはさん、今日は当番の日だっけ?」


「えぇ。面倒だけど仕事だから仕方ないわよね。図書委員に選ばれてしまったし、断るのも面倒くさかったし。まぁ、放課後に図書室に来るのはあなたくらいなものだからやることはほとんどないのだけど。それにどうせ帰っても暇だもの」


 クスリと笑いながら、なぜかこの広い図書室の中であえて俺の隣の席に座る黒羽さん。ただ隣の席に座られただけなのにドキッとしてしまう。だってくっついているわけでもないのに、甘い女の子らしい香りがして、そんなの意識しないわけにいかないじゃないか。


 そうでなくても他人というものには慣れてないのだし。


 先程、教室の中ではと前置きしたのには意味があって、今俺がいる放課後の図書室においてのみ、言葉を交わす相手ができた。


 それが今、俺に声をかけてきた少し堅苦しい話し方をする女の子。彼女は黒羽栞くろはしおりさんといって、俺と同じクラス、1年5組に所属している。つまりはクラスメイトだ。


 現在、俺が逃げることもなく話ができる唯一の相手。


 ちなみに教室では言葉を交わすどころか、目を合わせることもない。彼女の容姿を考えれば、向かい合ったところで目が合うこともないけれど。


 彼女は艶のある綺麗な髪の持ち主なのだが、どういうわけか前髪を顔の半分、ちょうど目が完全に隠れるほどに伸ばしている。おかげで表情が読みにくく、口の形でしか感情をうかがうことができない。


 後ろ髪はセミロングくらいの長さで、それをいつも一つにまとめて肩から前に垂らしていて、そこだけ見れば優等生然とした清楚な雰囲気を醸しているんだけど。


 ちらりとのぞく鼻筋とぷっくりとした形の良い唇から予想するに、きっと素顔をさらけ出せば相当可愛らしい容姿をしていることだろう。


 もったいない……。


 そんなことを考えていたらつい黒羽さんの顔をじっと見つめてしまっていた。それに気付いて慌てて目を逸らそうとした時、彼女の口が弧を描いた後で開いた。



「高原君は今日も勉強? 相変わらず真面目ね」


「いや、これくらいしかやることがないからさ。家でやるとサボっちゃうし」


「ふぅん。ま、いつも通り何かあったら声をかけてちょうだい。私は本でも読んでるから」


「あ、うん。わかった」



 それからは彼女は黙り込み、鞄から読みかけの本を取り出してページを捲り始めた。背筋を伸ばして読書に耽る姿は洗練されており、美しさすら感じる。見惚れそうになるのをグッと堪えて、それを横目に俺も教科書を開いて、今日出された宿題や予習復習を始めることに。


 黒羽さんがページを捲る音と俺がペンを走らせる音、それだけしか聞こえない静かな時間。なぜか俺はこの時間に心地良さを感じていた。


 他の人だと近くにいるだけでソワソワして落ち着かないのに不思議だ。



 ***



 この黒羽さんとの出会いがきっかけで、俺は変わっていくことになる。時にはクラス全体を巻き込んだりもしながら。



 先に言っておくが、ファンタジーやSFのように異能力に目覚めたりするわけじゃない。昔の俺からすれば異能力みたいなものかもしれないけどさ。


 きっと世間にはいくらでも転がっているような、ありきたりで普遍的なただ男の子と女の子が出会い、一緒に成長していくだけの物語。


 よく恋は人を変えると言うけれど、まさにそれを自分が体験することになろうとは。この時の俺は予想すらしていなかったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る