男子が苦手な女の子を家まで送っていったら、友達になってほしいと頼まれた。
小笠木 詞喪(おがさき しも)
1年生編
第1話 「友達になってほしいん・・・だけど・・・。」
「友達になってほしいん・・・だけど・・・」
夏も終わり、少しずつ秋の色彩が広がりつつある10月の始めに学校の屋上に呼び出された僕、
なぜこのような状況になっているのか、話は昨日までに遡る——。
「ふゎぁ~・・・」
猛暑が続いた夏も過ぎ、少しずつ木の葉の彩りが秋を感じるようになった通学路を歩いていた。
最初の頃は懐かしさを感じながら歩いていた道だが、いまはもう懐かしさは感じず、見慣れた風景となった。
こっちに戻ってきてもう半年かと、時の流れの速さを実感しているうちに学校の校門が見えてきた。
下駄箱から自分の上履きに履き替えて教室へ向かっているとき、後ろから声をかけられた。
「おっす!おはようさん!今日も眠そうだな?タク」
「おはよ、ナル。昨日ラノベ読んでたら寝るの遅くなったんだよ」
声をかけてきたのは
僕がこのあたりに住んでいたときに通っていた小学校のときの友達で、この高校で再会した。
誰にでも気さくで明るい性格の持ち主で、転校ばかりで友達がなかなか作れなかった僕にも話しかけてくれた。
彼のおかげで小学校3年から卒業までは楽しかったと思う。ホント、いい奴だ。
「お前が眠そうにしてるのはいつものことだけどな」
「そういうナルは、いつも朝っぱら元気すぎると思うよ~?」
そう言いながら成人の後ろから、黒髪ポニーテールの女子生徒が顔を出してきた。
「おはよ、拓道」
「おはよ、桜。この元気な彼氏の縄しっかり握っていてくれ」
彼女は
彼女も小学校のときの友達だ。
成人の幼なじみということもあり、遊んだりするときは桜も一緒のことが多かった。
ちなみにこの二人は中学から付き合っているそうだ。
昔から仲の良かった二人で、お似合いだと思う。
「無理無理。私が逆に引っ張られちゃうよ~。拓道が握って~」
「お前ら好き放題言いやがって・・・」
「冗談だ。いつも元気なところだけがナルのいいところだもんね」
「元気なところだけってなんだよ、だけって。他にもあるだろ」
こんな軽口を飛ばし合っているうちに教室に着いた。
「じゃ、また昼休みな」
「うん、またあとで」
そう言って、成人は自分の教室に入っていき、僕と桜は隣のクラスなので、その隣の教室に入っていった。
自分の席について筆記用具や一限目の教科書の用意をしてから、少しでも睡眠をとるために、机の上でうつ伏せになり、目を閉じた。
放課後まで何事もなく学校を終え、帰路に就く。
僕は部活に所属していない。成人はサッカー部なのでまだ学校だ。桜は帰宅部だが、成人と一緒に帰るため、学校で課題をやりながら成人を待つらしい。
夕飯は何にしようか考えながら歩いていると、とある公園が見えてきた。
小学校の頃によく、成人と桜と三人で遊んでいた公園だ。今ではすっかり遊具も減ってしまって、少し寂しい気もする。
なんとなく、公園の中に入ってみる。
「ずいぶん小さく感じるようになったな」
まだ残っている滑り台を見ながら呟く。
バキッ!
ドサッ!
「きゃっ!!」
「・・・!?」
懐かしさを噛みしめていると、誰かが落ちるような音と女の子の声がした。
声がした方を向くと、同じ学校の制服を着た茶髪の女子生徒が尻もちをついていた。
「いったぁ~!」
「大丈夫!?」
思わず駆け寄って声をかけてしまった。
見たところ大きなケガはしていないようだが、所々擦り傷が出来ている。
折れている木の枝が手に握られているところを見ると、木の上から落ちたわけではなく、掴んでいた木の枝が折れて体制を崩してしまっただけのようだ。
「ニャァ~・・・」
猫の鳴き声がしたので、そっちの方を見て見ると白い猫がいた。
木の上にいた猫を下ろそうとしたのだろうか。
こちらの様子を気にも留めず、気ままな白猫はどこかへ走り去ってしまった。
改めて、女の子の方を見る。
あれ?この子、同じクラスの・・・。
「柊木さん?」
「えっ・・・?」
そこにいたのは同じクラスの柊木栞。
茶髪のショートヘアに身長も相まって、まるで小動物のような可愛らしい印象を抱かせる彼女は、クラスでも愛されポジションにいる女の子だった。
「笹原・・・君?」
どうやら僕の名前は憶えてくれていたらしい。
クラス内ではあまり目立たないので認知されていなかったらどうしようかと思ったが、その心配はなかったようだ。
柊木さんは僕のことを見るや否や、少し怯えるような表情に変わり、急いで立ち上がろうとしたが・・・。
「~~~~っ!!」
立ち上がれずに足首を抑えた。
さっき体制を崩した際に、足首を捻ったりしたのかもしれない。
「だ、大丈夫?」
「・・・」
改めて聞いてみるが、変わらず少し怯えた表情のまま言葉を発さない。
そういえば、柊木さんには男子が苦手らしいという噂があった。
クラスの中では、女子と接しているときはいろんな表情で笑ったりするのだが、男子生徒が話しかけたりすると、途端に何も喋らなくなるらしいが・・・。
自分から話しかけることもなかったのであまり噂は気に留めていなかったが、この様子を見るに、噂は本当だったのだと分かる。
「・・・」
「・・・」
お互いの間に沈黙が訪れる。
見てしまった以上放っておくというのも気が引けるし、痛めた足で帰れるのか少し心配でもある。
「さっき足首を痛めたみたいだけど、一人で立てそう?」
とりあえず立てるかどうかの確認をしてから、どうするか考えることにした。
「・・・。」
相変わらず無言のまま、立ち上がろうとするが・・・。
「~~~~っ!」
痛みで立ち上がれず、また足首を抑える。
やはり、歩くのは難しそうだ。
一人で帰るのも難しいだろう。
「とりあえず、一人で歩くのは控えたほうがよさそうだね」
「・・・」
無言のまま、不安そうな顔でこちらを見つめている。
「だれか家の人とか友達とか呼べそう?」
僕がそう聞いた瞬間、柊木さんは急いで自分のスマホを探し始めた。
負ぶっていくのも手ではあるが、男子が苦手らしい彼女的には遠慮したいだろう。
やはり家の人に迎えに来てもらうか、友達に来てもらうほうがいい。
柊木さんはスマホを取り出し、電源を入れようとするが・・・。
「あ、あれ、電源が入らない・・・!?」
慌て始めた彼女の様子から察するに、スマホの充電が切れてしまったらしい。
これでは、迎えなど呼べそうにない。
「僕のスマホ貸すから、それで誰か家の人に連絡とる?」
仕方がないので、自分のスマホを貸すことを提案してみる。
すると、恐る恐る首を縦に振った。
「わかった」
そうして自分のスマホを取り出し、電源を付けようとするが・・・。
「あ、あれ、電源が入らない・・・!?」
そういえば、昨日充電するの忘れてたことを思い出した。
あまり学校で使うことがないため、大丈夫だろうと放置していたが、まさか充電が切れているとは・・・。
「ふふっ」
「え?」
今、笑った・・・?
彼女もつい笑みが零れてしまったのか、咄嗟に自分の口元を抑えた。
おそらく先ほどの僕の反応が、数十秒前の自分と重なっておかしかったのだろう。
少し前まで不安そうな顔をしていたのが、今は少し落ち着いているように見える。
まあ、緊張が少しほぐれたのならよしとしよう。
「ご、ごめん。僕のスマホもダメみたいだ」
「う、うん・・・」
さて困った。
迎えも呼ぶ手段がないとなると、一人で帰るか、痛みが引くまで待つことになる。
一人で帰らせるのは、怪我が悪化しかねない。
日も落ちるのが早くなってきたこの時期に、痛みが引くまで待つというのも家の人が心配するだろうし、連絡もつかない状況ではあまりよくないだろう。
となると・・・。
「・・・家まで送ってくよ」
こうするしかないだろう。
知らない人ならいざ知らず、同じクラスの女子を放っておくほど男は廃ってない。
きっと放置して帰ったら、気になって好きな読書にも集中できなくなりそうだ。
「・・・」
再び彼女は黙ってしまった。
やはり男子と関わるのは嫌なのだろうか。
なぜそうなったのかは知る由もないし、深く踏み込んでいい話ではないので聞くことはしないが、今はそこを飲み込んで頼ってほしいところだ。
「どうして・・・?」
「ん?」
「どうして、助けようとするの?」
口を開いた彼女は、そんなことを聞いてきた。
もしかして下心があるのではないか、なにか見返りを求めているのではないか。
そんなことを考えているのかもしれない。
もちろん下心もなければ、見返りも求めていない。
「このまま放置して帰ったら、気になって好きな読書に集中出来なくなるからね。理由はそれだけだよ」
嘘は言っていない。
明日から土曜日、日曜日と休みなのだ。
今日もたっぷり夜更かしして、好きなラノベを消費していく予定だ。
集中できないのは御免だ。
「・・・笹原君は変わってるね」
「失礼な。普通だよ」
「・・・」
彼女は少し考えるように下を向いた。
彼女の返答を待って、十数秒後。
「お願い・・・してもいい・・・?」
「ん、分かった」
無事、家まで送っていく提案を受け入れてもらえた。
これで今夜も心置きなく読書に没頭できそうで一安心だ。
「それじゃあ、はい」
彼女に背中を向けて少し屈んだ。
「え?」
「いや、その足で歩かせるわけには行かないし。悪化しても困っちゃうでしょ?」
「で、でも・・・」
「今更遠慮とかしないで、素直に頼ってくれ」
「・・・」
少しの沈黙の後、僕の肩に遠慮がちに手が置かれたので、そのまま負ぶった。
柊木さん軽いな・・・なんて考えてる場合じゃないな。
「道案内だけよろしく」
「う、うん」
そうして、彼女を家まで送り届けるために歩き出した。
柊木さんの道案内のもと、歩き出して15分ほどで彼女の家の前に到着した。
ここまで来れば大丈夫だろう。
「あとは大丈夫そうか」
「う、うん。ありがと」
彼女は家の外壁に手をつきながらお礼を言った。
「どういたしまして」
さて、無事に送り届けたことだし、帰ろうとしたその時・・・。
「栞!?」
「あ、お母さん・・・」
一人の女性が驚きながら柊木さんの元へ駆け寄った。
どうやら柊木さんのお母さんのようだ。
手に買い物袋を提げているところを見るに、買い出しの帰りなのだろう。
「どうしたの!?傷だらけじゃない!・・・もしかして」
擦り傷が出来ている娘を心配し、その原因が僕にあると考えたのか、こちらに鋭いまなざしを向けてきた。
もちろん誤解である。
「い、いや、僕はひい・・・栞さんのクラスメイトの笹原です。足を怪我して歩けなかったところに偶然居合わせて、ここまで送ってきただけです」
「あら、そうなの?ごめんなさい私、早とちりするところだったわ」
慌てて事情を説明して、納得してもらえたようでほっとする。
「いえ。それじゃあ僕はこれで」
あとは任せてしまっていいだろう。
自分の住んでいるマンションに帰るため、歩き出す。
「さ、笹原君!」
「ん?」
後ろから柊木さんに呼ばれ、立ち止まって振り返る。
「・・・また、学校で・・・」
「ん、またね。お大事に」
そういって、僕は自分の家に帰って行った。
柊木さんと話が出来たり、ラブコメみたいな展開に出くわしたりと変わった一日だったが、来週からはまたいつも通りの日常に戻る。
そのはずだった――。
「友達になってほしいん・・・だけど・・・」
足を怪我した柊木さんを、家まで送り届けたのが金曜日のこと。
休みを挟んだ月曜日の放課後に、屋上へ呼び出され、柊木さんの口から発せられたのはそんな言葉だった。
「え~っと・・・どゆこと?」
たしかに先週あんなことがあったし、多少打ち解けたり、柊木さんの中で心境の変化などがあったのかもしれないが、それで急に『友達になってほしい』となるのだろうか。
突然のことで、思わず聞き返してしまった。
「だからその・・・友達に・・・」
「うん、それさっき聞いた」
彼女に屋上へ呼び出されたのもびっくりだが、そもそも柊木さんは男子が苦手だったはずだ。
先週のことがあったとはいえ、そんな簡単に苦手が克服されるとは考えにくい。
「もしかして・・・友達になるのが嫌・・・とか?」
「嫌じゃないよ。ただ僕の認識が間違っていなければ、柊木さんは男子が苦手だったと思うんだ。先週の時も僕を見て、少し緊張とか不安のようなものが見られたから。だからそんな柊木さんが友達になろうと言ってくるのが少し不思議なんだ」
もちろん友達になるのが嫌なわけではない。
むしろ友達になりたいと思ってくれたのであれば、こちらとしては嬉しい話である。
「・・・。」
柊木さんが考え込むように下を向いた。
彼女の言葉を待っていると、柊木さんが話し始めた。
「・・・私、小学生のころに、複数人の男子にイジメられてて・・・それで同い年くらいの男子に話しかけられたりすると、怖くなっちゃって・・・それでなにもしゃべれなくなったりするの」
柊木さんは自分が男子を苦手になったきっかけを話し始めた。
「男子が怖いことは両親も知ってて・・・それで先週、笹原君と一緒にいるところを見たお母さんが、ちょっと安心したって言って・・・」
「安心?」
「・・・私が男子と関わることが難しくなったとき、最初は両親も女子校に行かせることも提案してくれたんだけど、それに甘えてしまったら一生このままなのかって思って、その提案を断ったの・・・。だけどやっぱり怖くてなかなか克服できずにいる私を・・・お母さんたちはうまくやっていけているのか心配してたみたいで」
トラウマからくる苦手を克服するのは難しいことだ。
人間はそんなに強くない。
頭ではわかっていても、気持ちと体がまるで自分のものではなくなるような感覚に陥ることもあるだろう。
「だけど、笹原君と一緒にいるときだけは、怖いのとか、不安とか少しずつ感じなくなっていったの・・・。お母さんもそれがわかったみたいで・・・。だから、私が前に進めるように、友達になってほしい・・・」
「・・・」
正直驚いた。
彼女は男子に関わってほしくないのだと思っていた。
だけど柊木さんは変わりたいと願っていて、男子が苦手なままの自分をそのままにしたくない、諦めたくないって思っていたんだ。
柊木さんが僕の返答を、不安そうな顔で待っている。僕は・・・。
「わかった」
「・・・!」
自分になにができるのかわからないけど、柊木さんが少しでも前に進める手助けになるのなら、それも悪くないと思った。
そして、この関係を通して、僕自身もなにかいい刺激をもらえるんじゃないか、そんな予感がしたから、友達になることを選んでいた。
「それと、頼まれたから友達になるわけじゃない。柊木さんの、変わりたいって姿勢を好ましいと思ったから、友達になりたいって思ったんだ」
きっかけはどうであれ、友達になるなら、ちゃんとした友達になりたい。
そういう意味を持って言うと、柊木さんは安心したようで「ありがとう・・・」と言った。
こうして、僕と柊木さんとの友達関係が始まった――。
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