第二章 奈津
第4話 奈津1
柏華楼で男の子が生まれたちょうどその頃、町一番の大名主である佐倉様の屋敷でも産声が上がっていた。声の主は女の子で
男前な父と器量良しの母の間にできた子である、赤子ながら既に将来を有望視されるような美形だった。最初の子であることも手伝って、両親も祖父母も彼女を目の中に入れても痛くないほど可愛がった。
金持ちのお嬢様がみんなそうであるように、奈津も一通りのお稽古事は習わされた。他所のお嬢さんと決定的に違うのは、奈津がそれらのお稽古事を心底楽しんでいたことだ。師匠が良かったというのもあるだろう。
特に奈津が夢中になったのは謡と三味線と琴だ。もともとの才能もあったのだろうが、師匠の功績は無視できない。
奈津の師匠は
その他にも教養として歌を詠んだり、習字の手習いや針仕事も喜んでやった。好奇心旺盛な彼女にとって、全てがワクワクするような楽しいことばかりだった。
好きこそものの上手なれとはよく言ったものである。彼女は幼くしてそれらを次々と自分のものにし、両親自慢の娘に育って行った。
さて、良家のお嬢様となると必ず出てくるのが縁談である。佐倉家は大名主の上、奈津が僅か八つやそこらで既に才色兼備と来ている。選択権は佐倉家にあると言っても過言ではない。お城の若様でもない限り、奈津の方から縁談を断っていい立場なのだ。しかもお城の若様といっても、木槿山の柳澤孝平様はもう奥方がいるし、潮崎の潮崎の船戸
本人にとっては大迷惑なことに、奈津の縁談話は八つの頃から始まっている。今のうちに約束を取り付けてしまおうという大店の旦那が後を絶たないのだ。だいたいが三つ前後年の離れた子供が相手だったが、中には十も離れた若者との縁談まであった。
だが、奈津はそういったことには全く興味がなく、縁談話が来る度に「わたしはお嫁には行きません」ときっぱり断った。どうも結婚そのものがしたくないというふうであった。
父は奈津の将来を大変心配したが、その点母はおおらかに構えていた。
「今はまだ結婚というものがよくわかっていないだけですよ。適齢期になれば所帯を持ちたいと言い出すに決まっていますから、慌てることはありません」
それもそうだと父親は高を括っていた。
実は奈津にはやりたい仕事があったのだ。それはとても両親に話せるような仕事ではなかった。だが、その日が来た時のためにできる限り精進しようと思うのがこの娘の恐ろしいところである。両親は知らないだろうが、彼女が三味線や琴に必死に取り組んでいるのは、そのやりたい仕事のためだったのだ。
そんなとき、彼女に出会いがあった。奈津が十歳になる少し前のことだった。
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