第27話


「多分、流産の原因はハーブにあるわ」


 ミオの言葉にリズとドイルは視線を合わせる。ミオは席を立ち、リュックからハーブの入った瓶を一つ持ってきた。


「ミオ、それは?」

「セージのハーブよ。マーガレット様の好みが分からなかったから数種類持ってきたうちの一つなのだけれど」


 ミオは瓶をテーブルに置き、キッチンに行って再び湯を沸かし始めた。

 リズがそれを手に取る。ドイルの話では紫色の花と聞いたけれど、瓶の中身は白っぽく枯れた葉。蓋を開け匂いを嗅ぐと、花のような甘い芳香とはまったく違う、新緑の森のような草いきれの香りがした。


「リズ、それを貸して」

「ええ、作ってくれるのね」


 リズが瓶を手渡すと、ミオはリュックからさらに幾つかハーブが入った瓶を取り出し、セージとブレンドする。少し癖のあるハーブなのでカモミール等と混ぜて飲みやすくすることに。

 出来上がったものを、温めたカップに注ぎテーブルに置いた。


「これが元領主の妻が飲んだハーブティよ」

「確認するけれど、毒ではないのよね」

「もちろん。ただ、セージには『ツヨン』という成分が含まれていて、これには中絶作用があると言われているから妊娠初期の方には出さないわ」


 料理に使われることも多いハーブだから、知らず口にすることもある。しかし少量口にしたからといってすぐに流産するほどの即効性の毒はない。もともとハーブは体質を改善するように緩やかに作用するものなのだ。


「元領主の奥様は気に入って日に数杯飲んでいたとか。それならおそらく流産の原因はセージだと思うわ。当時の『神のきまぐれ』にはハーブの知識がなかったから知らず勧めてしまったのね」


 もし「神のきまぐれ」が息子でなく娘だったら、母はその危険性を将来のため教えていたかもしれない。でも、ハーブにそれほど興味がなさそうな息子には何も伝えなかったのだろう。それもまた仕方ないことだ。


「もちろん、妊婦さん以外の方に害はないから安心して飲んで。敢えて言うなら、記憶力を上げる効果があるとか」

「よかったわね、ドイル。あなたに丁度良いじゃない」

「お前もな」


 二人は匂いを嗅いで、少し顔を顰めながら口に含む。そのあと、うん、と軽く頷いた。


「さっきのラズベリーリーフに比べると飲みにくいけれど、飲んだ後は爽やかですっきりするわ」

「なるほど、ハーブと一口に言ってもここまで味が違ってくるものなんだな」

「ブレンドによってはもっと味が変わってきますよ」


 味の濃い料理を食べた後にセージのハーブはぴったりだ。不運が重なった不幸な出来事と言えてしまうのは他人だからだろう。領主も妻もそして男もどれだけ苦しみ悲しんだことか。それでもハーブを根絶やしにしなかったことは感謝すべきだと思う。


「妊娠中の奥様がハーブティを飲んでいたんだもの、怒鳴って当たり前だわ」

「せめて私が一緒に行ってあげてればよかったわ」

「そんな、リズを巻き込むなんてできないよ」


 眉を下げ心配そうな視線を向けてくるリズに、ミオは大丈夫だと笑って見せる。

 怒鳴られた瞬間は訳が分からずただひたすら驚き怖かったけれど、理由を知った今は納得もできる。そして誤解があるなら解きたいと思う。セージのように妊娠中に口にしてはいけないハーブは多い。でも、ラズベリーリーフのように「安産のためのハーブ」と言われるハーブだってあるのだ。


「ドイル、騎士隊長のあなたなら領主と話す機会はあるんじゃない?」

「面識がないわけではないが、気軽に連絡を取れる間柄でもない。それに、騎士団がミオに肩入れしていると取られ、町の衛兵との仲がこじれても厄介だ。それとなく話をするきっかけがあればよいのだけれど」

「作ればいいじゃん、そのきっかけを」

「簡単に言うな。今、国境付近で魔物の出没頻度が上がっているんだ。この前ドラゴンが現れたって言っただろう? どうやらあれが国境向こうの山をねぐらにしたらしい。それで雑魚がこっちに逃げてきてちょっと手が離せないんだよ」


 うんざりだとばかりに椅子の背に身体を預けるドイル。

 世間話のようにサラリと言っているが、内容はとんでもない。


「あの、それは大丈夫なのでしょうか」


 こんなところで呑気に飲んでいて大丈夫なのか、とう意味だ。

 片腕を失くしていなければドラゴンを一人で仕留められると言っていた。それほどの豪剣なら国境に張り付いていて欲しい。


「なに、若者に場数を踏ませるのに丁度よい相手、ジーク達に頑張って貰っている。そうだ、そのせいかヤロウ軟膏の減りが予想より早いので新たに作ってくれないだろうか」

「分かりました。では明日にでも空になった缶を取りに伺います」

「それならジークに持たせる。あの付近まで魔物が出没しているとは思えないが、念のため見回りもさせておく」


 ドイルは安心させるつもりで言ったのだろうが、それは魔物が近くにいるかも知れないということ。ますます青ざめるミオに向かって、ドイルは大丈夫だと唇の端を上げた。


「心配しなくてもミオの家の近くにはリズがいる。全く問題ない」

「はあ……」


 どういう意味だと首を傾げリズを見るも、明後日の方を向いていて目線は合わなかった。

 

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