第26話


 リズがマーガレットも飲んだラズベリーリーフを飲みたいというので、それを淹れることに。癖のない味は料理と一緒に飲むのピッタリだ。


 キッシュが焼き上がりサクッと包丁で切り分けていると、扉についた楕円形の窓から店内を伺う人影が。ミオより先に気づいたリズが扉を開ければ、そこにはドイル隊長がいた。


「どうしたんだ?」

「いや、近くまで買い出しにきたら定休日なのに灯りが見えたから。まさか、お前の店に入る豪胆な泥棒はいないと思ったが念のため、な」

「それはありがとう、今からミオとここで夕食にするつもりだが一緒に食べるか?」

「ああ、いい匂いがするな。良いことはするものだ」


 リズはドイルを招き入れると、ミオに「ハーブティーを一つ追加で」と頼んだ。ミオと目が合ったドイルは軽く会釈をした後、視線を壁の棚にずらりと並ぶ酒瓶に向ける。実に恨めしそうだ。おそらく飲みたいのはそっちだろう。それに気づいたリズがパンと皿を運びながら、やれやれと肩を竦める。


「酒なら金さえ払えばいつでも飲ませてあげるわ。それより『神の気まぐれ』が淹れたハーブティーよ」

「なるほど、そう考えると酒より飲む価値あるか。しかし、その話し方どうにかならないのか?」

「今はミオがいるからね」


 心底嫌そうな顔をするドイルだが、リズはさほど気にしていないようで「料理を運ぶから切り分けといて」とパンとナイフを手渡す。ドイルは当たり前のように受け取ると、パンをナイフで切っていく。やや分厚すぎる気がしないでもない。


(私なら一枚で充分ね)


 遠目でみながらそう思った。



 ほくほくと湯気の立ち昇るキッシュがテーブルに並んだところで、三人は夕食にすることに。

 リズは、まずは、とハーブティーを手にする。


「このハーブティーの効果は何なの?」

「安産の効果があるわ。マーガレット様が妊娠されていたのでおすすめしたの」


 その答えにリズとドイルが実に微妙な顔をする。ティーカップを持つ手を宙で止め、ドイルが恐る恐る聞いてきた。


「これ、俺が飲んでも大丈夫なのか?」

「ふふ、大丈夫ですよ。お二人にとって有効となる効果はありませんが、害もありません。あっ、あえていうなら美白効果があります」


 その効果もこの男には関係ないだろう、とは思う。

 害はないと聞いて、ドイルはやっとハーブティーを口にした。


「少し渋みがあるが、あっさりしていて飲みやすい。これがハーブティーか」

「はい。ジークが飲んだものとはまた違いますけど、葉や花、茎や根から作ります」


 なるほど、と頷きながらドイルはもう一口飲むと次は料理に取り掛かった。キッシュは熱々、チーズがとろりとよく伸びる。山羊のチーズを使ったので味が濃くバジルのほのかな苦味と相性が良い。ふわふわ生地にパリッとしたソーセージの食感もいいアクセントになっている。少し癖のあるソーセージだけれどじわっと染みる肉汁が美味しい。何の肉だろう。


 ミオがゆっくり食事を堪能するのに対し、二人の食欲は旺盛だ。思えばリズと一緒に食事をしたのはこれが初めて。実に美味しそうに豪快に食べる。


(ドイル隊長といる時のリズは素って感じよね)


 この二人には気心が知れ合う以上の繋がりを感じる。

 あっという間に料理はなくなり、唯一残ったバゲットにミオが即席で作ったスクランブルエッグや、ベーコンを乗せ、つまみとして酒を飲むことに。


「ところでミオはどうして町へ?」


 ドイルの質問にミオは困ったように眉を下げると、今日あったことを話した。それを聞いたドイルはうーんと腕を組む。


「仕方ないです、突然現れたハーブカフェを怪しむ人が今までいなかったのが不思議なぐらいですから」

「いや、それはミオが作るハーブティがうまく、効能もあるからだろう。それにそもそも領主がハーブティを嫌っている理由はミオにあるんじゃない」

「ドイル、何か知っているの?」


 リズの問いにドイルは持っていたエールの入ったグラスをテーブルに置き、うーんと腕組みする。


「実はミオのハーブカフェが騎士団で話題になったころ、俺のもとに来た奴がいるんだ。そいつはこの町の出身で親は代々領主の護衛をしていたらしい。そいつから聞いた話なのでどれほど信憑性があるかは分からないが……」


 そう前置きしたあとドイルは話し始めた。


 ※※


 今から数百年前、未曾有の飢饉に領民が苦しんでいた頃。

 町の東側を流れる川の上流に、ある日突然一人の男と一軒の家が現れた。

 男はこの国の言葉を話せこそすれ、全くこの国の知識を持っていない。違う国から突然ここに来たという彼に対し、村の老人が『神のきまぐれ』だと騒ぎ出した。なんでも数百年前に隣の隣の村に現れたことがあるらしい。


 村人達がこれはどういうことかと騒ぐ中、男は村の現状を見てすぐさま家から幾つもの苗や種を持ってきて、川岸に植え始めた。そして数日後、男の家の周りには沢山の小麦や野菜が実った。

 これには村人はもちろん男自身も驚き、唖然としながら畑を眺めた。

 

 しかしすぐに気を取り直し、できた小麦や野菜を少し残し村中に配り歩いた。残した野菜からは種を取り出し、今度は前回以上の種を撒き、山ほどの作物が実った。それを繰り返すこと一か月後、飢えの危機は過ぎ去った。


 男は感謝する領民に、種を分け与えた。領民達は彼がしたように開墾した土地にそれらを撒いた。


 でも、男が植えた種がすぐ芽吹いたのに対し、芽を出すのに数週間、実をつけるのに数か月かかった。どうやら、あれほどの速さで植物が実るのは男が植えた時だけらしい。

 飢饉は去ったので一度に爆発的な収穫は不要。

 植えれば季節関係なく実がなるおかげで、それ以降飢饉に苦しむことはなかった。


 男はすっかり土地に馴染み、皆が『神の気まぐれ』だと認めた。

 食べ物が一通り行き渡ると、男は今度は様々な花や草を育て始めた。見たことのない花々は女達の間であっという間に話題になった。


 当時の領主が礼を言いたいと、小高い丘の上にある屋敷に男を招待した時、男は庭に咲いた花を幾つか手土産に持っていった。その中には紫色の小さな花を沢山付けた物も含まれていた。

 花を受け取り喜ぶ領主の妻に、男はこの紫の花はハーブで肉や魚の匂い消しに使えるし、乾燥させて飲むこともできると伝えた。


「ハーブとはこの植物の名前ですか?」

「いえ、腹痛を緩和したり胃腸の働きを整える効果がある草花を纏めてそう呼ぶらしいのですが。実は亡くなった母が好きで育てていたので、俺は詳しいことは何も知らないんです。ただ、この紫の花はよく料理に使ったり、乾燥させたもので茶を作っていたので、使い方は分ります」

「それならぜひ教えてください」


 男は、その頃には領民からの信頼も厚くなっていた。だから領主も妻も疑うことなく男に作り方を教わり、お手製のハーブティを口にした。薬のような少し癖のある味だったが、飲み終えたあとは口内がすっきりして、当時妊娠してつわりがひどかった妻はこの味を好み日に何杯も飲むようになったらしい。


 しかし、ある日突然腹が痛み、子供は流れてしまった。


 妻は泣いて暮らし、領主は医者に何が原因だと問い詰めた。

 医者は妻が頻繁に飲んでいたハーブティーに原因があるのではと診断した。それが真の原因かどうかは分からない。自分のせいにされたくないが故、「神の気まぐれ」に責任を擦り付けた可能性もある。 


 領主は男を再び屋敷に呼んだ。 

 男は突然のことに狼狽え、そして謝罪した。

 ハーブが原因だとはっきりしたわけではないが、違うとも言い切れない。

 僅かでもその可能性があるなら謝罪すべきだと思ったのだろう。そういう男だった。


 領主とて、医者の言葉を鵜呑みにはしなかった。男を罰することはせず、しかしハーブをどうするかが問題となった。

 

 根絶やしにすることも可能。

 だが、男にしてみれば、母が残してくれた大事な形見のようなもの。

 薬に近い効能があるからいつか役立つかも知れないと領主を説得した。


 領主は飢えから領民を守った男の頼みを無下にすることはできず、妻もまたそれを願わなかった。

 かといって、領民が勝手に栽培し口にするのは危険だと考え、ハーブは全て領主が管理し、その土地は立ち入り禁止とすることになった。

 

 ※※


 ドイルは空になったグラスに酒を注ぐ。


「今の領主もこの話は知っている。その時の領主の妻と自分の妻が重なり過剰に反応したのだろう」

「そんな、ハーブが原因だって決まってないのに。それにミオは何も悪くないじゃない」


 代わりに怒りを口にするリズにミオは小さく首を振ると、沈んだ声でぽつりと言った。


「多分、流産の原因はハーブにあるわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る