ある商人の決断
とぶくろ
商人
僕はウィレム。
商人の子だ。
父は町で、中堅の商会をやっている。
それほど大きな取り引きはないが、堅実な商売をしている商人だ。
下級ではあるが、貴族との取り引きもある。
15歳になった僕は、商人になる為の修行を始めたばかりだった。
ある日、取り引きのある貴族の家に、父の供として連れていかれた。
その家はベルナルド子爵家。
羽振りの良い家ではなく、ちょっとした小間物や日用品だけの取り引きだが、うちの商会の取り引き相手の中では、上級な貴族の一人だった。
その家の嫡男アラン様は、僕と同じ歳だった。
商用での訪問時に紹介され、それから僕らは仲良くなった。
まるで兄弟のように、僕とアラン様は仲良く付き合い、育って行った。
僕らが17になると、アラン様に吉報がもたらされる。
その時は吉報だと、僕もアラン様も、素直に喜んでいたんだ。
「魔導研究所への出入りが許されたぞウィレム」
ある日、アラン様が嬉しそうに教えてくれた。
「おめでとうございます。予定よりも随分早い採用、流石はアラン様ですね」
研究員として、研究所へ入りたいと、アラン様はずっと頑張っていらした。
家督を継ぐ前に、見習いとして許されたそうだ。
やはりアラン様は優秀な御方だ。
「所長のゲティスバーグ伯爵にも、直接、声をかけていただいたぞ」
「やはり所長も期待しているのでしょう」
「そうか……そうかな。ここで研究結果を残して、伯爵にでもなってみるか」
「私が商会を継ぐ頃には、アラン・ベルナルド伯ですね」
「うむ。伯爵として家督を継ぐのもアリだな」
「うちの小さな商会も、忘れずにいてくださいね」
「どうかな……伯爵様だしなぁ」
「またそんな事を……お人が悪い」
「はっはっはっ、今まで貧乏貴族を相手に、無理を聞いてもらっていたからな。そうなったら、少しはおいしい思いもさせてやるさ」
「それはそれは……期待しておりますよ」
実際、貧乏貴族との取り引きに、直接的な儲けは、ほとんどありはしない。
うちのような中級の商会にとって、貴族との取り引きは箔のようなものだった。
貴族とも取り引きがあると、商会の信用にもなる。
直接の儲けにはならなくても、大事なお客様ではあった。
魔導研究所は、王国の中でも特に優秀な人材が、各地から集まると聞いている。
所長のマーロンは、あまり良い噂のない人物ではあるが。
そこに認められたアラン様は、子供のように喜んでいた。
僕も嬉しく誇らしい気分だった。
良い事、嬉しい事は続くものなのか。
アラン様に、幸運の流れが巡ってきたのだろうか。
研究所に採用されて、浮かれていたアラン様に、婚約者が出来た。
貴族なので、婚約者がいる事は当たり前ではあるのだが。
アラン様には、幼い頃から気になっている方がいたらしい。
その所為か、今まで婚約者は定めていなかった。
お相手はエミリー・アルトゥーナ様。
アラン様と同じ子爵家の御令嬢だ。
すぐにお祝いの品を馬車に積み込み、アラン様に届けた。
「結構な品々を持ってきたようだな、ウィレム」
「アラン様のご婚約ですからね。おめでとうございます」
「そ、そうか。無理ばかりさせてすまんな」
見た事がないくらいに、嬉しそうなアラン様は、顔が緩みっぱなしだ。
僕も、まるで自分の事のように嬉しかった。
「これも投資ですよ。期待しておりますよ、アラン伯様」
「はははっ、そうだな。そのためにも、伯爵にならねばな」
エミリー様は周囲に笑顔をふりまく、可憐で美しい方であった。
平民である僕へも、蔑みを見せず、優しい笑顔で接してくれた。
「アラン様から聞いてますよ。よろしくねウィレム」
直接声をかけられた僕は緊張して、片膝を着いて頭を下げるだけだった。
彼女の後ろでアラン様が、腹を抱えて笑っていた。
社交界へデビューしてから、ずっと気にしていた方だったそうだ。
貴族なのに、想い人と婚約できるなんて、アラン様は幸運な方だ。
やはり、何かを成し遂げる為に生まれた、特別な方なのだろう。
純朴な僕は本心から、その時は本当に、そう信じて疑わなかった。
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