音楽

杜鵑花

第1話 音楽室

 音楽室には防音対策の蜂の巣みたいな壁があり、壁を見るだけでここがどこだか分かる。

音楽は素晴らしいものだ。

多様な楽器が奏でるメロディーは世界中と繋がる鍵となる。

僕は音楽室から聞こえる美しいピアノの音に惹かれ、そこに足を運んでいた。

音楽室は2重の扉になっている為、僕は2回ドアノブを捻った。

音楽室には黒い大きなピアノと1人の女の子が居た。

弾いている曲はベートーヴェンの『ピアノソナタ第8番』だ。

美しい音色が辺りの壁にぶつかり、吸収される。

僕は音楽の素晴らしさを再確認した。

女の子は約17分にも渡る曲を演奏しきった。

僕の手から自然と拍手が零れた。


「素晴らしい音楽だったよ。」


僕は名前も知らない女の子を褒めた。

彼女の演奏はそれ程までのパワーがあった。


「えっと……誰?」


すると、女の子は少し照れながらも困惑した口調でそう尋ねてきた。


「僕はただの音楽マニアさ。……ちょっと待て……君は確かクラスのト音記号の楓原神居さきはらかみいじゃないか?」


「ト音記号?」


「マドンナって事さ。」


「貴方、良く変人って言われない?」


「あぁ、良く言われるよ。だが変えようとは思わない。これが僕の楽譜じんせいであり調せいかくだからだ。転調かえようとはしない。」


「あ、そう。それよりも、今日、私がここでピアノを弾いていた事を誰にも言わないでくれる?」


僕は彼女の言葉に疑問を覚えた。


「何故、言ったら駄目なんだ?」


「恥ずかしいから!」


彼女はそう言って何故か音楽室から走って出て行ってしまった。

情緒がトライトーン(不安定)なのだろうか。

僕は音楽室に1人取り残された。

壁に貼ってあるベートーヴェンの肖像画がこちらを睨みつけるように見てくる。

僕はその視線を気にもとめず、ピアノ椅子に座った。

試しに、ホフマン・フォン・ファラースレーベンの『Froschgesang』を弾いてみることにした。

所謂、カエルの合唱だ。

単純な曲だが何故か指が別の鍵盤を押してしまう。

僕はピアノを弾くのを諦めた。

音楽が好きだからと言って、ピアノが弾けるわけではない。

ピアノが弾けない僕にとっては弾ける人が憧れの対象なのだ。

僕はピアノ椅子から立ち上がり、ピアノの蓋を閉めた。

そして、背後に大勢の音楽家の視線を感じながら音楽室を出た。

放課後ということもあってか辺りは少しオレンジに染まっていた。

校内には生徒は僕以外誰も残っていないだろう。

遠くでピアニッシモぐらいの大きさの声が聞こえる。

野球部はまだ居るみたいだ。

僕は荷物を持って帰ることにした。

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