第24話

 歓迎するといったものの、感触はイマイチだった。というのも。


「認めてやるよ、はいはいつよいつよい」


 こんな言葉で靡かれるほど人間はちょろくないからだ。賢いこの少年もさにあらず、である。


「別に、お前らに認められたいわけじゃないし、それに魔族の仲間になるなんて」


「今ならこの城にある魔法に関する本を全て読んでいい。と言ったら?」


「え」と、口をあんぐりして食いついた。ちょろかった。だがまだ押しが足りない。もう少しか。


「いやいや、それでも魔法なんて人間の世界でも学べるし」


「さらに魔王城では、モモの料理が週一で食べられる」


 よだれが垂れる。先ほどモモが焼いたステーキを味わっていたからだろうか、その記憶がよみがえる。肉だけではない、モモのソースは牛魔肉のうまみを最大限に引き立てるために作られている。少し舐めたからそれはよくわかる。そんなのを肉と一緒に食っちまったら。


「くっ……それなら……」


 俺の差し伸べる手を掴もうとした、その時。


「ちょっとまったー!!」



「よろしくお願いします。」



「いやちょっと待ったって言ってるでしょうが! よろしくお願いしないでよね!」


 神官の女子はテーブルクロス一丁という、なんとも寒々しい格好で俺達の前に飛び出した。それを見て、神官の少年は顔を赤らめて背ける。


「んだよ、また青少年の性癖を歪めようとして」


「元はと言えばあんたが竜に指示して燃やしたんでしょうが! ってそんなことより」


 女性が布一枚でいることを「そんなこと」と断じてしまうほど行くところまで行った神官の女子は、かーっと赤らめた顔を両手で覆っている少年を指さして、さらに自身に指さした。


「被ってる! パーティーの役割被ってるって! どっちも神官! 私の枠取られちゃうって!」


「いやほら、お前はお色気枠だから」


「神官よ! 一応神崇めてるから!」


 一応。その言葉に違和感があったが今は突っ込まないことにして。

 

「おいクスノ、ここって図書館とかねぇか? あったらこいつを案内してやってくれ。それが終わったら、ジメット湿原の手前に待機させてる竜や骸骨を拾ってやってくれ」


「承知しました」


 クスノは恭しくペコリと禿げた頭頂部をこちらに晒し、神官の少年を丁寧に案内する。その少年に、一つだけ忠告というか、上司としての指示を出した。それはこの場にいる全員に対しての目的を一致させるための所信表明も兼ねていた。


「ちょ! 無視しないでよ!」


「今から俺達は、世界に関わる何かに挑むことになる。俺はこの世界の『それ』を許したくない。まだ現状曖昧なことが多いが、確かなことを言うならば――」


 無意識を弄ってる何かが、この世界にはある。


「それをぶっ壊すことが最終目標だ。だからお前には、魔法を調べるというアプローチでその原因を探ってほしい。恐らくお前が囚われていた承認欲求というのも、それに近いものかもしれない。それを手がかりに調べてほしい」


 俺の真意を受けて、顎に手を当てて少し考えてから「なるほどそれで……分かりました」と神官の少年は承諾した。


「ま、その隙間時間にでも、色んな本物色してくれればいいさ。この城広いし色々あるだろうぜ」


「だから! 私ちゃんと神崇めてるんだけど!」


「うるせぇな焦るなよ、お前と魔王にはこれから俺と重要任務に来てもらうんだからな」


 むすっとした顔から一遍、ぱー! っと明るく顔が輝く。何かを勘違いしているようだが、別にいいや溜飲下げてくれたし。人間の国のガイドとしてこれから十分活躍してもらおう。


「それと魔王、お前そろそろ体力回復して復活してもいい頃だろ? なんでいつまでもちっこいまんまなんだ?」


 肉をむっしゃむしゃと貪る(多分クスノの分も食ってやがる)魔王は「んあ?」と呑気な顔で振り返る。もぐもぐと食べ終えると、斜めに首を傾けた。


「そりゃそうじゃろ、飯食ったくらいで体力を完全に回復なんてできんよ」


 と、さも当然のように語る。おいおい、こういう時はモリモリに食えば元気100倍になるはずだろう。そう言ってやったのだが、恐ろしく当然のことを言ってくれた。それに気づかなかったのは、その内容が不足していることも起因しているのだが、今の今までそれを聞くまで一切思い出しもできなかった。



「お前が来て以来、わしら一睡もしてないじゃろ」



* * *


「結構やりくり上手じゃのぉお前」


 と、気持ちよく睡眠をとっているところに無粋な声がかかる。睡眠こそ人間の脳のメインステージだというのに、それに介入してこようとは。精神世界であろうとも許されることではないな。気を失うとここに来るシステムなのか?

 仰向け状態で目を開くと、いつぞやの黒髪ロング角付き女がいた。ふぁさっと視界を髪が遮り、世界に俺とこいつの顔しか感知できない。


「魔力ってのがそもそもよく分かっていないんだ、無暗に使えるわけねぇだろ」


「無暗に、のぉ、それにしては、あの女の元に行くときは即断即決だったように見えたが」


「あー、あれな。見捨てても良かったんだが、そうすると指揮が下がるだろう。クスノが敵に回ると厄介だったからな」


「ほほほ、鈍感系主人公というより、ただのツンデレじゃったか」


 快活に笑う黒髪ロング。しかしその言葉に、何かの違和感というか、ひっかかりを覚えた。そういえば、おかしいよな。知らない言葉ではなく、知っているからこそ、引っかかった。


「なぁ前にも言ってたよな、その鈍感系主人公って、どこで聞いたんだ? それにツンデレって」


「ああ、まさか知らんのか」と呆れ気味に顔を上げる。白い空が広がりそれ以外は何もみえない。少し遠くなった声が響く。遠くを見ているようだった。


「この世界にはそういう物語があっての。娯楽のない世界じゃったのに、今ではそれなしではいられん世界になってしもうた」


「物語? 伝承とかではなく?」


「伝承も物語も同じようなもんじゃろ、それに伝承とかと違って、その物語は読んでて飽きんかったからの。その物語に登場する主人公がヒロインの気持ちに鈍感なのが多くてな。まぁそのヒロインも主人公が好きな癖にぷんすかするもんじゃから、ツンツンしたりするのにデレっとしたりすると言われての。じゃから鈍感系主人公とか、ツンデレという言葉が『流行った』んじゃ」


 物語、流行った。何か分からない、根拠はない、しかしこんな現実離れした世界に、あたかも俺の世界でしかなさそうな言葉が出されると、勘ぐりたくもなる。


「その物語の作者って、誰なんだ?」


「さぁなぁ、作者とかよう分からん。じゃが物語に出てくる描写的に、作者がいたであろう場所は研究されておってな、既に特定もされておる。聖地巡礼もしたことがあるからの」


 その名は『トースター』。

 物語では、始まりの町と呼ばれておる。





<四章:人間の国を調査せよ>

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