第23話

 チョッタカ山の高さがどれくらいなのかは知らないが、まぁ勇者パーティーだしなんとか生きて来られるだろう。そうでなくとも、最後の晩餐を担当する料理人があのモモなのだ、人生に悔いはあるまい。と先ほどの俺の行動に一遍の悔いもないと思っていると。


「鬼かおぬし」


「鬼なのあんた」


「鬼ですな」


 と三方向からダメだしというフィードバックを頂いた。っておいクスノ、お前は途中から分かってて乗っかってただろ。鬼と言われる筋合いはない。


「あいつらは魔王を追い詰めたエリートだぜ? 別に大丈夫だろ」


 と言い訳してみるが、魔王は空のかなたへ飛んでいった勇者達を憂いて、そして俺を見た。


「いや、チョッタカ山は登頂するのに日が100回まわり、下山するのにまた日が100回まわると言われるほどの険しい山なのじゃぞ?」


「え、そんな険しいの? ……でもほら、勇者だし」


「勇者だったとしても、あの状態じゃぞ?」


 指をさしたのは、脱がされたズボンや鎧、杖や剣等々だった。となると、険しい山の山頂に丸腰で飛ばされたことになる。

 あー。うーん。


「まぁ、なんとかなるだろうよ」


「あんた結構思い付きでやらかすわね。まぁあいつらなら大丈夫でしょうけど」


 神官の女子がお墨付きをくれた。うんうん、元仲間が言うのだから間違いない。

 反省会が一段落ついたところで、腰を抜かしている彼の方へ振り向く。


「さてと、君に少し話があってだね」


「お……鬼かお前!」


「そのくだりは終わったわ!」


 おっといけない。情報を得るためには、相手の心を開く必要がある。どうにも俺のことを鬼であると勘違いしている節があるようだからな。ここはスマイルスマイルで。


「フフフ、さて、俺は君に興味があるのだよ。人の精神に干渉することができる魔法ってのが特にな。俺に教えてくれ」


「な、ななな何のことかな。精神に干渉? 意味不明だね」


 顔を真っ赤にして、神官の男子はまだしらばっくれるらしい。ふーむ、脈が完全に無いでもない感じなんだよなぁ。どうしたものか。と考えていると、じゅわ~っと聞こえた。よし。


「なら、まずは飴と鞭の『飴』からだな」


 と、横に視線をやる。するとそこでは、モモが鉄板(勇者が壁にぶつかってこわした瓦礫の)プレートを熱し、上に乗った肉を焼いていた。じゅじゅじゅ~っと音が城中に伝わり、小おばしい香りが白い煙となって漂う。俺はそれを吹き飛ばさない。


 その煙が神官の男子君にぶつかると「あ、ふが」と鼻を鳴らした。うまみ成分が漂わせる香りに精神が干渉され始めたようだ。勿論言葉のあやだが。


「もし答えてくれるなら、この肉を一切れ分けてやってもいい。さぁどぉする?」


「そんなに、お前は興味があるのか? 勇者を追放してまで、僕に……」


 なるほど、こいつ承認欲求に不満があると見えた。ならばそこを刺激して。と口を開きかけた時。


「あれは、数日前のことだった」


 と回想し始めた。これで一話持ってったりしないよな?


 * * *


「ねぇ、何話してるの?」


 とよく神官学校の同級生に話しかける人間だった。皆と一緒にお話ししたり、遊ぶことがしたかったから。だが。


「プリーストッカーのメアリーってのがマジでエロいんだよ! 見てみろよ」


 実際エロかった。けど別にそういうのに興味があるわけではなく、魔法について色々と皆で研鑽したかった。もぐもぐ。


「こんなのより、魔法の勉強するほうが面白いぞ?」


 と言ってやった。だが同級生は僕をとても邪険にした。「ガリ勉さんはお偉いことですなぁ」とか「頭いいやつじゃ俺達とは感じる感覚が違うんだよなぁ」とか。そんなことを言われて、とても寂しくなった。

 魔法を調べて、試して、極めるのは楽しい。しかし、この心の寂しさは全然埋まってくれなかった。


 皆と同じように、プリーストッカーの動画を楽しむべきなのだろうか。興味がないことを、皆と関わるために手を出して、それで皆と話を合わせるべきなのだろうか。もぐもぐ。


 そう考えて、一度杖にプリーストックをインストールした。動画がスワイプしてヅラヅラと流れるだけのアプリだと思っていたが、思いのほか時間を取られていることに気がついた。


 今日の宿題、やってないや。これではいけないと思って、見る動画はこれを最後にしようとした時。


 メアリーの動画を見つけた。そこには、弱体化した魔王、そして険悪ムードの勇者パーティーが映し出されていた。そして、丁度自分がいる町は、宿屋魔王城付近支店の一つ手前の町であることに気づく。


 そうだ、この前勉強したあの魔法があれば、勇者パーティーを操って、僕が魔王を倒すことができれば。


 僕は、皆に見てもらえるんじゃないかって。

 プリーストックよりも、僕に興味を持ってくれたら、これほど最高なことはない。

 僕が話を合わせるんじゃない。僕が話題の種になればいい。


 天啓を得たらすぐに支度をした。まずは魔法使いと戦士に魔法をかけた。精神に根付く悪意を増幅させる魔法。これによってメアリーへの敵意を増やし、その気持ちに共感することでパーティーに入れてもらえた。もぐもぐ。


 * * *


「でも勇者にはプロテクトがかかってて魔法が効きづらかったし。まぁ途中悪意が増えたから魔法が効いたけれど。でも魔王代理が無駄に強いしモグモグ、肉は旨いしで本当もう大変で」


 肉を食べながら、酔った勢いかのように話が紡がれた。四切れ目に突入した辺りで「なるほど」と少し大きめに声を張った。


「それで、今こんな状態になっているわけか。ちなみに、その悪意を増幅させる魔法というのは、悪意以外を増幅させることもできるのか?」


「そりゃまぁね、元は感情の起伏を顕著にさせる魔法の悪意バージョンだからさもぐもぐ」


 ふむ。精神魔法というのがもしかしたら、この世界で魔王や勇者に争わせているんじゃないかと思ったけれど、どうやら趣が少し違うらしい。既存の感情を増幅させるのとは違い、魔王や勇者は、自分がその役割を己に課している。それは既存ではなく、確実に新しい気持ちな筈だ。となると、精神魔法ではない、また別の何かがこの世界の人間を縛っているのかもしれない。


 が、それにしても。思わず苦笑いする。


「めっちゃ食うね、お前」


 瓦礫の鉄板プレートはいつの間にか空になっていた。

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