<第三章:大切なモノを奪還せよ>

第14話

 その種を植えれば、食糧難には困らないと言われる伝説の種。魔王は確かにそう言った。だが、食糧難に困らない種って何なんだ? 安心感が一気に不安に変わる。勝手兜の緒を締めよというが、兜の緒を締め付けられて頭が痛くなる思いだった。


「おいクスノ! そのジメットの宝は、植えてどれくらい待てばいい?」


「待つ、でございますか?」


 何を言っているのだろうか? と素朴に首を傾けるクスノ。

 プチトマトでさえ、花が咲いてから40から50日。水菜や大根はそれよりも早いが、それだって種植えから3から4週間だ。しかし魔王城に残されている食料は残り三日足らず。そんな状態で種を植えて呑気に家庭菜園なんてしている暇はない。くそ、なんでそんな当然のことに気づけなかった。


「一度、種を植えてはいかがでしょうか?」


「だから、種を植えたからって芽吹く頃には飢え死にするって言ってんだよ! 今考えるべきことは、この植物の種を条件に、新たなる食料に繋がる別の物々交換を考えることだ!」


「良いから植えろ言うとるんじゃ! おいクスノ、種出してくれや」


「承知しました」


 クスノが恭しく頭を下げる。するとクスノが起きた時のような地響きが密林中を揺らす。木々が風とはまた違う振動によって響いていた。


「これがジメットの秘宝、モモの種でございます」


 ベリベリベリ! っとクスノの体、つまり本体の木が縦に割れる。その中から、黄金の光が徐々に木漏れ日の如く(そのまんまの比喩だが)輝きを増していく。


 光が弱まることで漸く木の中を見えるようになる。目を凝らすと、アメフトボールサイズの種が5個ほど入っているのが窺えた。


「良し今すぐフリーマーケットに出品だ! 一個500万円で売れば元でにはまず大丈夫だろう」


「させるか! 食料言うとるだろうが!」


 魔王に頭をどつかれた。弱体化して小さい女の子サイズになっているとは言え、拳を作り骨の角をぶつけられると結構痛い。恨みがましく魔王を見ると、殴った拳も痛そうだった。


「とりあえずほいっと」


「あー! 500万円がー!!」


 神官の女子が、俺が頭を押さえている間に種を植えた。土で汚れたらフリーマーケットで値段交渉されてしまうじゃないか! 世のフリマ事情を舐めるなよ、少しの傷で半額返せとか言うんだからな! 返品処理した時にボロボロの同種商品を返品されるんだからな、しかも購入者優位に扱われやすいから法的に出るところ出ても手間だけかかって負けることだってあるんだぜ?


 植えられた柔らかい土に手を伸ばして、それでも半額の250万円を取り戻すために土に手を入れようとした。その時だった。


 にょき。


 ん?


 にょきにょき?


 ん。


 んん!?


 尻もちをついた。急に芽が出るからそれに驚いたことで尻もちとついたわけではない。尻もちをつかなければ、急成長したそのツタにぶっとばされるところだったのだから。さながらジャックと豆の木のような、このまま天の向こうまで伸びるのではないかと思うほどの成長速度で、芽は無数の葉を作り、それらを支える茎は深緑色をさらに深め、幹にと言うほどの高度になっていく。


 尻を上げる心の余裕がない、見上げることしかできない。もう木と言っても差し支えないほどにまで成長したところで、その枝葉には、小さなつぼみが出来ていた。それでも成長は続き、そのつぼみが開き、ピンク色の、小さくも綺麗な花が咲き誇る。そう思えば、細いラグビーボールのような物体が、小さなものからどんどんと大きく育っていく。


 クスノがその身を両手で優しく摘むと、俺に差し出した。


「これがジメットの秘宝、モモの実でございます」


 これが、秘宝? モモの実? モモではなく?

 受けとると、その実はほんのりと人肌のような温かさがあった。いやそれよりもさらに熱がこもっている。その温度を感じて閃いた。


 俺はこの実を見たことがあった。「見たことがあった」と断言すると、あたかも過去にこの異世界に足を踏み入れていた経験があるような伏線を張ってしまうので、今の内にその可能性をぶった切っておこう。どこで見たことがあるかと言われれば。

 

 金曜ロードショー。それも『ドラえもん のび太の大魔境』に登場するひみつ道具『植物改造エキス』である。

 注射器に込められたそのエキスを植物に注入することで、その植物が実らせる樹の実の中身がカレーライスやラーメンなどになるという、そういうひみつ道具である。


 俺は二次元の映像が三次元になる瞬間を目撃することに、そしてあの時のスクリーンであったカレーライス、ラーメン、ピラフを食べてみたい。唾をごくりと飲み込んで、その実をパカリと開いた。


 ……。


 ……まるで赤ん坊を入れたゆりかごを抱いている様な状態だなと思った。なので、丁寧にその樹の実を地面に置く。、樹の実から出た。そして手元の紙にペンの様なものを突き立てて、こちらを見上げた。ピンク色のアフロヘアーの上にちょこんと白いコック帽を載せた、小人の男が。

 ダンディな声を出す。


「……ご注文は?」

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