第13話
「若頭、お騒がせして申し訳ありません。手配頂いた壺の水なのですが、どうやら魔族の力を引き出す成分が含まれているようでして、そのせいで一種の酩酊状態になってしまい、お見苦しいところを晒してしまいました」
目の前の、タキシードを着てちょび髭を生やした男こそ、先ほどの大きな木、クスノだという。水ソムリエとしての活動をするときはこの格好をするのだとか。人間に対する商売なので。その水ソムリエとしての才覚があるからこそ、水の成分を看破してみせたのだろう。
日本中の桜のソメイヨシノは、遺伝子を媒介して作られたクローンで同じ個体であると言われているけれど、このクスノはクローンというよりは分身に当たるのだとか、なので一応本体は先ほどまで暴れていた大木らしい。その分身の一体を生成し、こうして目線の高さを合わせてくれているのだが、目を逸らしておきたかった。
「いや、その、こちらこそ本当にすみません」
気まずくて気まずくて、もう早く立ち去りたいところを、しかしこのクスノというジェントルマンは引き離してはくれないらしい。大人の余裕がにじみ出る柔和な笑みが痛かった。
「何をおっしゃいます、貴方様は若頭である魔王の代理。むしろわたくしめが頭を下げなければならない立場でございます。部下ですから、かような貧相な頭くらい、いくらでも下げましょう」
クスノはこれ見よがしに、ペコリと頭を下げる。頭を下げるというのは日本独自の礼儀作法なんだけれど、もしかするとこの世界もそういう礼儀作法が存在するのかもと思いたくなるけれど、今回に限っては完全に罪悪感を煽っているようにしか思えなかった。
クスノが下げた頭頂部は、綺麗なまでの頭皮を覗かせていた。床屋で散髪が失敗しても、こんな切られ方はすまい。ベジータの頭が気円斬で横に切断されたような、丁度そんな感じだった。その気円斬を発動したのは他でもない、俺なのだが。
あの一刀両断が発動してからというものの、強い衝撃のお陰か、クスノは意識を取り戻すことに成功した。暴れていた枝や根は動きを止めると、人面のような木は地面から人型の木人形を作りだした。それは木でできたタキシードを身にまとい、俺達の目の前に姿を現したということだ。
本来ならばその頭はブロッコリーのような頭をしているらしいのだが、今はてっぺん禿げ状態でそこはどうにもできないらしい。本体の木と連動するらしいので。
「いやー無事でなによりじゃよ、お前が暴れ出した時はマジでビビったからのぉ。どじゃ、元気でやっとるか」
「ご覧の通りでございます。若頭もお元気そうで何よりです」
魔王も安心して、笑顔で挨拶。それに恭しく応じた。そんな魔族同士のやり取りが始まったところで、俺の腕にちょいちょいと突くやつがいる。上目遣いながらも、ムスッとしながら神官の女子は聞いてきた。
「あんたあんなこともできたの? 斬撃ぶっ飛ばすって何あれ? 意味わかんないんだけど」
「俺にもよく分かんねーんだよ。魔法とか知らねぇし、客観的に見てみたいところだ」
「見る? 動画撮ってたけど」
「でかした!」
神官の女子は杖で空間に四角を作ると、そこに撮影した動画を見せてくれた。
『保護石って宿と宿を一方通行だけどワープできるのよー。言ってなかったっけー?』
「消せつっただろうが!」
黒いテーブルクロスを身にまとう神官の女子の布を引っ張る。この神官、無謀にも抵抗を見せた。愚かしい。
「忘れてただけだから! 再生数多くて残してたわけじゃないから! ちゃんと消すから引っ張らないで!」
ちゃっかりpvを稼ぎやがって。
今度は削除している様子をしっかりと見たうえで、それから隣の動画再生した。動画に映る俺が、光る棒を振って大きな木に叫んでいる。
『エクスカリバー!』
恥ずかしいな。なんだこの口上だっせぇ、死にたくなる、無意識とはいえ。しかし自身の恥と戦いながら見ていると、全身がスーパーなサイヤ人のように黄色く輝いているのがわかった。魔の者寄りと判断された俺ならばもっと紫でもいいと思うのだが。
そんな分析をしていると、隣でクスノも見ていたようで(自身の髪が真っ二つにされている様子を)、俺の変化について語ってくれた。
「ふむ、あの水の力をコントロールしておりますな。素晴らしい」
「水の? コントロール?」
「はい。あの水には高濃度の魔力が込められており、普通ならば自我を保つことは難しいため、こうして自在には動けないはずなのですが。相当な心の持ち主とお見受けします。流石は魔王代理」
「頭を上げてください」
切実に言った。
しかし年の功ならぬ年輪の功を鵜呑みにするならば、そのコントロールというのには心当たりがある。
あの精神世界のようなところで交わした契約。あの魔王の大人の姿のような女性との。絶対にあれだろう。そんな気がする。
「これから鍛錬をすれば、良い使い手になるやもしれません」
そう言われると、素直に嬉しい。そういう大人は俺の周囲にはいかったからなぁ。どっちかと言うと、妬まれたりが多かった。如何なる分野でもすぐに追い抜いてしまったので。
神官の女子が動画を閉じると「さて」とクスノが俺たちに向き直る。
「ここまでご足労頂いたのには、何かわけがあるのではないですかな? 魔王様が弱体化なされたことも気がかりではありますが――」
魔王はクスノに、これまでの経緯を話した。するとクスノはウームと首を傾げたが、やがて自分を納得させるように口を開く。
「本来あの種はジメット密林の宝とされていたものではございますが、魔王城の復興や、先ほどの無礼に対するお詫びとして、魔王様にお渡ししましょう」
俺達三人は歓喜にハイタッチ! これで当分の食糧難は解決する。早速その種を頂き、魔王城近くに植えることにしたいのだが、神官の女子があることに気が付く。腹がぐるるる~っと鳴ると、絞られるようにか細い声が出た。
「そ、その種って、どれくらいで食べられるようになるの? 育つまでどれくらい……」
元勇者パーティーで憎んでもおかしくないと思うのだが、憎まれるほど影響力を及ぼしていないのか、若者に諭すおじいさんのように語る。
「心配ご無用、その種は植えれば周囲の魔力を吸収し育ちます。ここでなら植えて直ぐにでも成長し食べごろになることでしょう。ご休憩がてら、ここで植えてお食事でもいかがでしょうか?」
「「「賛成!」」」
皆が声を揃えて、久々のまともな食事に心を躍らせた。
しかし、俺達はまだ気づいていなかった。勇者の手がすぐそこに迫ってきていることに。
第三章、大切なモノを奪還せよ
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