第3話

 神官の女子を縛っておき(無駄にヒラヒラした服だったので杖を取り上げて服を引っぺがして縛った)、例の幼女の様子を見た。弱々しくて死にそうだ。ただ弱い方の味方になってみたはいいものの、現状意味分からないことだらけなんだよな。とりあえず、異世界でいいのかな? 知らんけど。


「×●●」


 神官の女子が何かを呟いた。これを解けとか、そういうのを言ってるんだろうか? 分からないけれど、縛りを解くわけにはいかない。


「▽◆◆◆(俺はお前を見捨てたりしねぇから)」


 とりあえず暴れても無駄であることだけは言っておいたが、そんな忠告だけでこんなにも大人しくなるものか? めっちゃしゅんとしなだれたんだが。まぁいい、取りあえずこの幼女の危機的状況をどうにかしなければ。


 と思っていると、そういえば魔法使いが回復の魔法をしていたことを思い出す。いやしかし、俺が回復魔法なんてできるものだろうか? うーんと唸っていると、縛られた神官の女子が、杖を口にくわえてきた! しまった、もしかすると攻撃される!? と鳥肌を立てていると、しかし、攻撃ではなかった。彼女は口にくわえた杖の先を幼女に向けると、魔法使いが鎧男に与えた魔法を繰り出したのだ。そうすると、幼女は生まれたての小鹿のようにではあるものの、体を起こすことに成功した。


「▽、◆●」


 優しく微笑む幼女が伸ばす手を握る。すると、俺はなんとも言えない気持ちが芽生えた気がした。いやロリコンとかそういうあれではなく、なんだろう、心が満たされるような感覚。自分が存在してもいいんだという感覚があった。


 その手に引かれ、俺達は竜の背に乗せてもらい、この場を後にしたのだった。


 * * *


 一度は夢に見た竜の背に乗って空を飛ぶという体験。それはNHKを見ていれば誰もが夢に見るだろう。日本昔話に出てくるあの竜だな。まぁあの竜はドラゴンボールの神龍のように蛇みたいな竜なので、この翼をはためかせるワイバーンタイプとは趣が多少異なるが。


 その背中から周囲を見渡す。月明りが結構明るいせいか、夜でも地面の惨状を眺めることができた。何かどこかしこもおどろおどろしい。家々が崩壊し、牧場だろうか、柵が無残に壊されている。そんな不気味な場所の上を飛んで辿り着いたのが、城だった、白ではなく、真っ黒な西洋風の城。しかもいたるところがボロボロで、廃墟なんじゃないかって思うくらい。しかし幼女は気軽に入るものだから、安全なんだろうとは思う。


 竜は「ギャウギャウ」と言って魔王に撫でられると、バッサバッサと大風を起こしてその場を後にする。そして幼女が城に入ると、だだっ広いエントランスに来た。天井のステンドグラスから差し込む月明りが頼りのその広い空間に、なんか骸骨とかトカゲの顔した人とかいろいろと化け物がいっぱい出てきた! この幼女角生えてるなーって思ったけど、杖で回復してるなーって思ったけど、竜がいるなーって思ったけれど。

 やっぱりこの世界、異世界だわ。


 そうこう苦笑いしていると、幼女はガラスコップのようなものに入った小麦色の液体を差し出した。1つだけ。ちなみに武器、もとい神官の女子ははだけた状態で縛られつつも、その服を引っ張ってやればついてきてくれた。道中ペット気分ではあったが、流石に俺だけもてなされるのも忍びない。そろそろ良心が悲鳴を上げ始めていた。


「ええと、飲む?」


 神官の女子に、渡されたコップを差し出すものの「●×◆◆」と言って飲もうとはしなかった。つっても縛ってるから受け取れないか。縛りを解くとまた攻撃するとも限らんし、いや回復してくれたから大丈夫なのかな? 悩んだ末、取り敢えず縛っとくという結論に行き着いた。元敵だもんね、仕方がないよね。俺はその液体を、多分麦茶かなんかだろうとは思うのだがその液体を飲んだ。


 染み渡る、冷ややかなのど越しが口を通って食道へ。麦茶とは違う、エナジードリンクな味わいを心地良く満喫していると。



「これで通じるかの」



 と、日本語が聞こえた。日本語? 声の方を見やると、幼女がニシシと笑んでいた。


「あれ、言葉通じてる? なんで?」


「それは言語疎通ポーションよ。飲めば知らない言語でも喋れるし、聞き取ることができるの」


 そう言ったのは、縛られている神官の女子だった。仏頂面でむむむーっとしているが、こいつこんな口調でしゃべるのか。って、ポーション? お客さんに出すお茶とかではなく?


「流石は勇者一行だけはある、博識じゃの」


 幼女はいかにも偉そうな口調で言う。ない胸をえっへんと張っているが、取りあえず意思疎通がこれでできるようになったということは分かった。気を利かせたくれて助かる。が。


「なるほど、便利だな。ま、無くてもある程度喋れそうだったからいいんだけど」


「はぁ? 喋れる? 全然喋れてなかったじゃないのよ!」


 神官の女子は呆れたようにため息。え、嘘。ならいったいどんな感じに伝わったんだろうか。ちゃん文法はなっていたと思うんだけど。


「なら、俺あのリーダーになんて言ってたんだ?」


「『お前年下好きか? さっきも幼女追いかけまわしてたよな? 幼女趣味か? 幼女好きならかかって来いよ』って言ってたわよ」


「そんな意味だったの!?」


 てっきり「人質を返してほしくば逃がしてください」かと思っていた。適当はよくないな。言語によってはイントネーションの僅かな違いで、全く別の意味になる時がある。例えば'Freeze'(止まれ)と'Please'(ください)とかな。これで人が亡くなったと言うのだから馬鹿にならない。


「まぁいいけどね、あんなクズ。私を置いていくなんて思いもしなかったわよ」


 確かに。仲間っぽかったのに置いていくことはないだろう。と思っていると。


「年下好きの癖にあのクソ魔法使いに鼻の下伸ばしやがって、これで私を助けたらロリコンって思われるからって助けなかったんだわきっと。あり得ない!」


 縛られつつ地団太を踏む。すると両腕が体に縛られているためかバランスを崩した。コップを持っていない方の手で、それを支える。


「あぶねぇな、縛ってんだから動くな。側でじっとしてろ」


「え、あ、うん」


 神官の女子が頬を染め、目をぱちくりさせて、なんだかやけに素直だった。さっきギャイギャイと仲間に向かって叫んでいたようには思えない。しかし大人しくなったならいいだろう。さて、これからどうしたものか。


「そんじゃま、これから貴様にはわしの魔王の代理を務めてもらう」



「は?」



 俺はきょとんとした。神官の女子もきょとんとした。こいつは何を言っている? さっきのポーションってやつは、どうやら変な言語変換をしてくれるようだ。まだまだ異世界も発展途上ということか。早く22世紀のこんにゃくに追いついてほしいものだ。

 しかし、言語翻訳は正しいかったらしい。


「いやだから、わしそこの神官に回復してもらったとはいえ、まだまだうぬの召喚のエネルギー回復には時間がかかる。そこで、貴様には魔王の代理をしてもらうと思ってな」


「そういう理由とかじゃなくて! え、魔王? 魔王ってマジで魔王!?」


「そ、魔族を統べる王よ。そんな首をほっぽり出して、あの勇者はロリコンレッテルを回避したいがために、私を置いてったの」


 はぁ、と大きなため息を吐いた神官の女子。根に持つなぁ。見た目は確かに女子高生的な幼さがあるものの、別にロリコンって言われるほどじゃないと思うんだけど。しかしネチネチのしている感じは若さを感じる。悪い意味で。


「うだうだ言うな! まずは明日再度侵攻してくる勇者一行を迎え撃つところからじゃ!」


 ロリータ魔王は高らかにそう言って俺に指をさした。振り向いたけれど、そこには誰もいなかった。ま、いい刺激にはなるかもな。

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