第2話

 目の前の敵を見据えて、そして駆ける! 二人の前衛に真面目にやり合っては勝ち目はない。だが後ろの二人はどうだ? 近接戦闘は不得手なのではないか? そこがねらい目だ。


 ダッシュする俺に襲い掛かる、リーダーの大ぶりな真剣。だが疲労が蓄積しているのか、その真剣の動きはほんの僅かながらよろめいているようにも見えた。なので振り下ろされる剣の平べったい部分を。


 横薙ぎに容赦なく拳で当てて叩き落とし、俺はそのまま足を止めない。


 しかし逆方向から鎧男の剣が来た。それも特に早過ぎることもないので。


 何の感情もなく、半分モグラ叩きの要領でぶったたく。


 でもってついでに、さっきの人間関係を見た上で考えていた作戦を実行する。顔を鎧男の耳に近づけて言った。


「▽×◎、▽▽◎◎(女子二人、あのリーダーのことが好きっぽいから諦めなよ)」


 瞬間、大きな剣が鎧男の強靭な手から離れ地面に落ちた。ちゃんと伝わったかな? モテない男はつらいよなとか、そういう感じだと思うんだけど、ニュアンスを煽り気味に言ったからか、結構応えてるな。作戦は順調、引き続き二人の女子に向かって突進する。さながらアメリカンフットボールという感じだ。


 しかし、場慣れしているのか女子二人の目は冷静だった。神官の女子は俺に向かって杖のようなものを差し向ける。持つ杖のその先端から白い光が放出されそうになる。


 放出されそうになる!? 杖から!? え、何それ、何この白くてふわっとしたやつ! 水中で牛乳をこぼしたような、そんな白いモヤが杖にたまり始めており面食らう。しかしここで勢いを止めては、後ろの二人がアシストにくるかもしれない。

 なので、屋内用の靴をワンツーステップで踏みしめ、足元に丁度転がっていた小石を。


 バシン! と蹴とばした。猛烈ダッシュから繰り出される小石は、ワールドカップの声援を浴びてもおかしくない一直線を描き、モヤのできている杖を持つ手に、狙い通りクリーンヒットした。


「あだーっ!」


 と情けない悲鳴と共に衝撃で杖は人の手を離れ、発射されようとしているモヤは、明後日の方角へと一人でに発射される。しかも幸運なことに、その魔法が俺の後ろでうなだれている鎧男にヒットする。


 お、ラッキー。しかも落ちた杖を慌てて拾おうとしている上に、攻撃を浴びせられた鎧男に魔法使いが駆け寄っていて隙だらけだった。杖を拾って安心している神官の女子に距離感を調整するためにワンツーステップで近づき、ボディブローを一撃入れる。柔らかいふにゃっとした感触と、「ぐへっ」というカエルが内臓を出したような声がした。


 そのまま体を抱える神官の女子の服を掴み、周囲を警戒する。視界に捉えた鎧男は、さっきの誤爆ダメージが無かったのか、すくっと立ち上がった。いや違うな、もしかするとさっきの魔法使い、あの鎧男を回復させたりしたのだろうか? いよいよ確信的になってきたな。そう逡巡しつつ、魔法使いを見た。魔法使いは俺に攻撃をしようとするが、一瞬躊躇う。……あ、なるほど、仲間に当たると危険だから攻撃できないってことね。


 だが俺は魔法使いに視線をやると、次にリーダーに視線をやり、そしてこの神官の女子に視線を落とすと、再び魔法使いに向き直り笑って見せた。魔法使いが何かに気づいたのか、杖の構えを僅かに下げる。どうやら、感づいたようだな、俺の意図に。

 リーダーがお前に一途になるよう、この神官の女子をさらってやろう。という意思がアイコンタクトで伝わったようだ。そして俺は神官の女子のお腹に膝蹴りを入れる。


「◎◎▽◆ーーーーーーーーー!!!」


 物凄い剣幕で、リーダーの男が俺に向かって剣を投げようとしてきた。まずい、それは非常にまずい。回避しようにも荷物(神官の女子)があるし、受けて立つにしても武器もなにもないんじゃ。

 いや、あるか。あの魔法使いのリアクション。使えるかもしれない。


 俺は武器をかざした。かざしたとは違う。構えた。

 神官の女子を、これ見よがしに構えた。


 これにはさすがのリーダーもたじろぐ。人質が居れば攻撃できまい。その状況を維持しつつ、俺はさっきの幼女の側までゆっくりとポジションチェンジした。


「××◎▽、●◆▽▽(お前年下好きか? さっきも幼女追いかけまわしてたよな? 幼女趣味か? 幼女好きならかかって来いよ)」


 とりあえず、人質解放の代わりに逃がして貰おうとお願いしたのだが、リーダーは苦虫を噛んだような顔をした。まぁ人質なんて卑怯な手を使っているのだ、そんな顔にもなるだろう。しばらく膠着する。


 しかし膠着状態をつくったとして、果たしてこの場を乗り切れるかどうかわからない。確かに俺一人ではどうにもできないだろう。俺一人では。

 おーなんということか。幸運なことに、今の俺には一人の、いやともすれば二人の協力者がいる。


 その一人の協力者は、リーダーに近づいてちょいちょいと袖を引いた。先ほどの神官の女子のように、魔法使いは上目遣いで小首をかしげつつ「♡◎×?」と言った。そのあどけない表情は、さっきまでの神官女子をなだめる様子とは違い、どことなく可愛らしさがあった。


 それを見かねてか、武器が叫んだ。


「××◎▽◆◆! ××!」


 めっちゃ汚い感じに叫んでいた。なんだろう、女子高の女子同士の喧嘩が苛烈になるとこんな雰囲気になるんだろうか。その様子を見た三人は、汚いような顔をして、そして魔法使いが「▽▽」と言って、さらに鎧男も「▽、▽▽」と呟いた。意味は分からなかったが、神官の女子が斎服並みに顔面を蒼白させる。どうやら何かショッキングなことを言われたのだろうか。まぁリーダーを取り合うライバルだったり、間違って攻撃されたりすれば、あんまり良い印象は持たないよね。


「×◆、◎×」


 リーダーがそう言うと、三人は構えた。俺も武器(無論神官の女子)を構えるが、それでも三人は武器を構えたままだ。まさかこいつら、この神官の女子を切り捨ててまで俺達を殺す気か?


「×××! ◎×◎◎ーー!」


 と武器は金切り声を上げるけれど、その声は心の叫びは三人を揺さぶることはなかった。三人は戦闘態勢に入る!


 が、瞬間、空から爆風が吹き荒れ、その風に押しつぶされそうになる。上を見やると、信じられない生き物が見えた。


 大きな木を包まるとするほどの翼をはためかせ、森の木々が羽ばたく風圧でなぎ倒そうになる、俺はその場にかがむ他なかった。


 竜が、現れていた。武器が「ぐげぇ」っと唸るが知ったことではない。その竜の登場により、三人が苦しい顔をした。雰囲気から見るに、この竜はこいつらにとっては敵のように見えるが、俺達にとってはどうなのだろうか。竜の目を見やると、ギャウギャウと元気よく、楽しそうに笑っているようにも見えた。


 その状況に、一瞬の逡巡の末「×●!」とリーダーが指示し、しかし二人は迷いなく、その場を立ち去った。一瞬「にやり」と魔法使いが口角を上げた気がした。


 なんやかんやあり、俺は生還することに成功したのだった。

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