第2話安藤玲子side

 

 私、安藤玲子あんどうれいこと夫の安藤秀一あんどうしゅういちは、いわゆる職場結婚だ。


 二人とも営業部で、私は秀一の三歳年上になる。社内結婚というとなんとなく出逢ってすぐ結婚、みたいなイメージがあるけれど私と秀一は違う。

 彼が入社して一年目の夏に付き合いはじめてから、五年目にして結婚した。交際を申し込んできたのは彼からだったし、結婚の申し込みだって彼からだった。流石に同棲はしてなかったけど、私のアパートに入り浸っていたから半同棲みたいなものだった。


 私は結婚を機に会社を辞めた。

 いわゆる「寿退社」、というやつである。

 私としては結婚後も仕事を続けるつもりだったのだけれど、「家で俺の帰りを待っていて欲しい」「帰って来た時に玄関の明かりがついてるとホッとするんだ」「仕事で残業だって多いだろ?玲子に苦労させたくないんだ」なんて、秀一が言うから。それに、仕事で遅くに帰ってきてメチャクチャ疲れた時に彼からそんな事を言われたものだから……つい。あの時はまともに頭が回ってなかったと思う。

 まあ、専業主婦っていうのも悪くないかとも思った。

 それというのも、私には家族がいない。両親が早くに他界したからだ。近しい親族もいなかった私は施設育ちだったし、『家庭』ってものに憧れもあった。


 結婚して二年目に長男が誕生してからは専業主婦で良かった、と心から思った。これで仕事してたらハードすぎる。子育てに専念できる環境と近くに住んでいる義両親が何かと気にかけてくれるお陰で、子育てにも不安を感じることは殆どなかった。

 そう。義両親はよく家に来て孫を見てくれるのだ。本当に良い人達。家事育児しないくせにちゃっかり育休取って会社では『イクメン』などと持て囃されていた夫とは大違いだ。そんな夫に騙される社員達の目は節穴だと思う。


 そうして四年。


 息子は幼稚園に入学した。

 そこでのママ友との付き合いだって順調だ。

 営業部の係長に昇進した夫の付き合いだって積極的に参加した。

 季節ごとの挨拶だって欠かしたことは無い。

 冠婚葬祭は優先して出席している。

 私は家族の為に、夫の為に、自分に出来ることを全力でしてきた。


 なのに……。


 私、悪くないよね?

 どう考えても悪くないよね?


 床にこすりつけるように頭を下げたままでいる秀一に、だんだん気持ちが冷えていくのを感じ入る。この男は、「これから生まれてくる子供のために離婚してくれ」と言う。ふざけるな!冗談じゃない!!


はじめはどうなるの?」


「え?」


「別れないわよ」


「は?」


「私は、私の為にも息子のためにも離婚は断じて応じない!」


 こんな男でも一応、父親だ。



 私の「離婚しない」宣言後、夫は怒った。お前は怒れる立場じゃないだろ!


「なんでだよ!? なんで別れてくれないんだよ!!」


「それ、こっちのセリフなんですけど」


「俺がこんなに困ってるのに!!」


「それは、秀一の自業自得でしょう?」


「離婚しないなら専務に言いつけるからな!!」


「……馬鹿じゃない?」


 子供じゃあるまいし。

 ママや先生に言いつける!みたいなこと言われてもね。言いつけてどうなるっていうの?



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