ふたりの交差点
@penta1223
ふたりの交差点
雨の中、小さな駅前のカフェで二人は黙ってコーヒーを飲んだ。幼馴染の彼女、美優と彼、大樹。静かな雨音が二人の間の言葉を埋め尽くしていた。
「大樹、あのね…」美優が静かに言った。
「ん?」彼は驚いた顔で彼女を見た。美優の瞳はいつもより濡れて見えた。雨のせいか、それとも…?
「わたし、結婚することになった。」彼女の言葉は鈍く彼の胸に突き刺さった。
大樹は何も言えないまま、ただ彼女を見つめていた。美優は苦笑しながら、「驚いた?」と言った。
「誰と?」大樹の声は震えていた。
「会社の上司。昔から気に入られていて…」
彼女の言葉は聞こえていたが、頭の中は真っ白だった。大樹は幼い頃から美優のことが好きだった。学校、部活、家、どこに行くにも一緒だった二人。だから彼はずっと、美優も同じ気持ちでいてくれると信じていた。
「ごめん、突然こんなこと言って。」美優は涙をぬぐった。
彼は何も言えずにうつむいた。彼女の手を握りたかった。でも、彼女の指輪がそれを許さなかった。
「美優、僕も…」大樹の言葉は中途半端に途切れた。
「何?」彼女は顔を上げ、彼を真剣に見つめた。
彼は言葉を探していた。今、ここで、自分の気持ちを伝えるべきかどうか。でも、美優の目には既に未来が映っていた。
「…いや、何でもない。」大樹は自分の気持ちを押し殺した。
二人は再び静かにコーヒーを飲んだ。雨は強くなり、窓を打つ音が聞こえてきた。
この日、大樹の心に深い傷が刻まれることになった。彼の中の美優への想いは、雨のように深く、やりきれない気持ちとなって彼の心を濡らしていった。
結婚式の日。大樹は、ゲストとして美優の結婚式に招待されていた。彼の目の前には、美しいウェディングドレスをまとった美優がいた。彼女の隣には、彼女の新しい人生の相手が立っていた。
式が進行する中、大樹は何度も彼女の方を見てしまう。彼女の幸せそうな笑顔、彼女の夫と手を取り合う姿。それらを目の当たりにするたび、大樹の心は切なく締め付けられた。
披露宴では、大樹は美優から「幼馴染の大樹にもスピーチをしてほしい」と頼まれていた。大樹は、その依頼に応えるべく、ステージの前に立った。
「美優、おめでとう。」彼の言葉は堅く、しかし優しく響いた。
「私たちは幼い頃から一緒に遊び、一緒に学校へ行き、一緒に大きくなった。私にとって、美優は特別な存在だ。」彼は言葉を選びながら、彼女の方を見た。美優も彼の方を真剣に見つめていた。
「今日、美優が新しい人生を歩むことになる。私は、彼女が幸せであることを心から願っている。」大樹の言葉の中には、彼自身の未練や悲しみが隠されていたが、彼はそれを最後まで隠し通した。
スピーチが終わり、ゲストからの温かい拍手が鳴り響く中、大樹はステージを去った。
その夜、結婚式が終わった後、大樹はひとり公園のベンチで空を見上げていた。星空がきらきらと輝いている。彼は美優との思い出を思い返しながら、涙を流した。
「報われない恋だった…。」彼の心の中で、その言葉がずっと響いていた。
数年後の春、桜の花が満開になるころ、大樹は再びその小さな町に足を運んだ。彼は都会での生活に疲れ、心の整理をつけるために実家に帰ってきたのだ。
家に着いたその日、大樹は偶然、美優と街中で再会する。彼女は少し疲れたような顔をしていたが、その美しさは変わっていなかった。
「大樹、久しぶりね。」美優の声は、昔と変わらぬ柔らかさを持っていた。
「うん、久しぶりだ。」大樹は少し緊張していた。
二人は近くのカフェでしばらくの間、お互いの近況を語り合った。美優は子供が生まれ、家族と共に幸せな日々を送っていると話していた。大樹は彼女の話を静かに聞き入れていた。
夕暮れ時、二人は河川敷に向かった。昔、二人がよく遊んでいた場所だ。河川敷には、満開の桜の木が立ち並んでいた。桜の花びらが風に舞っている。
「大樹、私、あの日のこと、ずっと忘れられなかった。」美優は突然、静かな声で語り始めた。
「あの日?」大樹は少し驚いて彼女を見た。
「結婚式の日、あなたのスピーチを聞いて、あなたの気持ちに気づいた。でも、もう遅かった。」彼女の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。
「美優…」大樹は言葉を失った。
「私たちの関係は、もう戻れない。でも、私はあなたとの時間を大切に思っている。」彼女は大樹の手を握りしめた。
夜が深まる中、二人は河川敷で長い時間を過ごした。過去の想い出、未来の夢、二人の間には言葉にできない感情が流れていた。
最後に大樹は、美優の頬を撫で、「ありがとう」とだけ言った。
二人は再び、違う道を歩んでいくことになったが、その心の中には、互いへの深い愛情と感謝の気持ちが刻まれていた。そして、それは永遠に変わることのない、報われない恋の終わりとなった。
ふたりの交差点 @penta1223
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