秘密の授業
@penta1223
秘密の授業
霧のかかった早朝、彼女は高校の教室で一人、淡々と机の整理をしていた。千夏、26歳の新任教師だ。黒髪の毛を束ね、眼鏡をかけた彼女は真面目な印象を放っていた。
生徒たちの入学式から数週間が経過し、千夏は日々の業務に慣れてきていた。しかし、彼女の心の中には秘密があった。それは、ある生徒、翔太という彼に対する特別な感情だった。
彼は千夏が担当するクラスの生徒で、初対面の瞬間から彼女の心は彼に引かれていった。彼の真摯に物事を考える姿や、クラスでの明るさ、そして誰よりも熱心に授業を受ける姿に、彼女は彼を特別視してしまっていた。
それは一方的な感情で、翔太は千夏をただの教師としてしか見ていないことを彼女自身もわかっていた。そして、それが許されない関係であることも。
ある日の放課後、千夏は翔太とふたりきりの教室で、彼の学習のサポートをしていた。窓の外は雨が降り始め、雨の音と二人の静かな声だけが響いていた。
「先生、この問題、わかんないんですけど…」
翔太が小さな声で言うと、千夏は彼の隣に座り、一緒に問題を見ながら説明を始めた。
彼の頭を覗き込みながら、彼の香りが彼女の鼻をくすぐった。その瞬間、彼女の心臓は高鳴りを始め、その感情を抑えることができなかった。
しかし、その後も何事もなく、授業は終了した。
帰宅する道中、千夏は自分の気持ちと向き合った。彼女は翔太に対して恋愛感情を抱いているのではないかと自問自答していた。そして、彼女はその答えを見つけることができた。
それは、禁断の恋だった。
千夏はその夜、自分の日記にこう綴った。「私は彼に恋をしてしまった。しかし、これは報われない恋だ。彼と私の間には絶対的な壁がある。」
次の日、翔太は千夏に、好きな人ができたことを打ち明けてきた。彼の言葉に、千夏の心は一瞬、高鳴った。しかし、その次に来る言葉に彼女の心は冷え切った。
「その子は、僕と同じクラスの美咲ちゃんなんです。先生、どうしたら良いか分からなくて…」
千夏は彼の言葉に微笑みを浮かべながらも、心の中で涙を流していた。
千夏は彼の告白に、プロとしての顔を保ちながら答えた。「美咲ちゃんはいい子だね。気持ちを伝えるのは難しいけど、素直な気持ちを大切にすることが大事だよ。」
翔太は彼女の言葉に少し安心した表情を見せ、「ありがとうございます、先生。」と微笑んだ。その微笑みが、千夏の心をさらに深く傷つけた。
数日後、翔太は美咲に自分の気持ちを伝えることになった。クラスの中で噂として知れ渡り、多くの生徒がその結果を楽しみにしていた。
放課後、千夏は翔太の席に近づいて行った。「どうだったの?」と優しく声をかけた。翔太は少し疲れた表情で、「まだ答えはもらえてないんです。」と言った。
千夏は彼の言葉に、内心安堵しながらも、「時間をかけて考えることも大事だよ。気長に待とう。」と言葉をかけた。
翔太の恋愛についての相談は、日常の一部となっていた。それは、千夏にとってはとても辛い時間であったが、彼との距離を縮める貴重な時間でもあった。
ある日、千夏は翔太とふたりで学校の屋上に立っていた。夕暮れ時、オレンジ色に染まる空を二人は見つめていた。
「先生、美咲ちゃんと付き合うことになりました。」
その一言で、千夏の心は崩れ落ちそうになった。しかし、彼女は微笑みを浮かべ、「おめでとう。」と言葉を返した。
「先生、ありがとう。でも…」
翔太は一瞬、言葉を途切れさせた。
「美咲ちゃんと付き合っているけど、なんだか落ち着かないんです。」
千夏は驚いた表情で彼を見つめ、「どうして?」と聞いた。
「分からないんです。美咲ちゃんのことは好きなんですけど、何かが違う気がして…」
その言葉に、千夏は何も答えることができなかった。
数日後、千夏は学校の図書館で1冊の本を見つけた。その本のタイトルは「禁断の恋」だった。彼女はその本を手に取り、深く読み込んだ。
その中には、教師と生徒の関係についての物語が描かれていた。彼女はその物語を通して、自分の気持ちを確認することができた。
彼女は翔太への気持ちを隠し続けることに疲れていた。しかし、その気持ちを伝えることはできなかった。それは、彼女が翔太の未来を思うあまり、彼を傷つけたくなかったからだ。
千夏は毎日のように自分の心と戦っていた。教師としての立場として、彼女は翔太への感情を隠し続けなければならなかった。しかし、その感情は日々増していき、彼女を苦しめ続けていた。
ある日、千夏は翔太との関係について、信頼している同僚の教師、美紀に打ち明けることにした。美紀は彼女の言葉を静かに聞き、そして優しく言葉を返した。
「千夏、君の気持ちは理解できる。でも、教師と生徒という関係は、越えてはいけない一線があるんだ。」
千夏は涙を流しながら、「でも、この気持ちをどうしたらいいの?」と美紀に尋ねた。美紀は少し考えた後、「時には、自分の気持ちを抑えることも必要だ。それが、彼のためでもあるんだよ。」と答えた。
その夜、千夏は自宅で翔太への気持ちを綴った手紙を書いた。しかし、彼女はその手紙を翔太に渡すつもりはなかった。それは、彼女自身の気持ちを整理するためのものだった。
数日後、千夏は翔太とふたりで教室にいた。彼は彼女に、「美咲ちゃんと別れることになりました。」と言った。千夏は驚きの表情を浮かべながら、彼の言葉を静かに聞いた。
「美咲ちゃんとは合わなかったんです。でも、何かが違うと感じたのは、他の理由があったんです。」
彼は少し間を置いて、千夏の目を真剣に見つめながら言った。
「先生、実は…私、先生のことが好きなんです。」
その瞬間、千夏の心は止まったかのように感じた。彼女は何も言葉を返すことができなかった。
翔太は涙を浮かべながら、「分かっています。これは許されない関係です。でも、この気持ちを伝えないと、私は前に進むことができません。」
千夏は深く息を吸い込み、彼に言った。
「私も…あなたのことが好きです。でも、私たちの関係は、この学校での関係で終わらせなければなりません。」
二人は長い間、言葉を交わすことなく、互いの気持ちを確かめ合った。
数日後、千夏は学校を辞めることを決意した。彼女は教師としての使命と、翔太への気持ちの間で揺れ動いていたが、最終的に彼の未来を思い、学校を去ることを選んだ。
翔太は千夏の決意を知り、彼女の元へ駆けつけた。彼は彼女の手を強く握り、「先生、ありがとう。」と言った。
千夏は彼を強く抱きしめ、「これからも、自分の夢を追い続けてね。」と耳打ちした。
二人は最後の瞬間まで、互いの気持ちを深く感じながら、別れを受け入れた。
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