何となく、今日が特別な日になる予感がしたり、寒気を感じて大切な人に会わなければならないと思ったり。

 多くの占い師がその日は凶日だと結果を出すから、結婚式のような華やかな式典はいつもより極端に少なくなった。


 山の上の屋敷では、いつも通り悪魔ゲテモノ食いの双子の執事リンクスとレイヒツが主人の黒髪を梳いたり、爪の手入れをする。

 ノック音がして、ただの人間のベルデが紅茶とサンドイッチを運んでくる。


 ひたりひたりと死の足音がすぐ後ろまで来ても、その程度ではシュランゲの心は動かない。

 幾度と無い死の体験も、エンディングに向けた予行練習でしか無い。


 黒いスーツを身にまとい、黒いコートを肩にかける。

 頭に王冠は無く、治める国も無い。

 それでもすれ違う配下たちは王へと頭を垂れる。


 これは夢では無い。

 奴が来る。正義の声が聞こえる。


「略奪に賞賛を、支配に喝采を。

 怨嗟を子守唄に眠れ我が子らよ。

 死の逃げ道を塞げ。生の絶望を飲ませろ。

 唯一無二を壊す、その永劫の消失に最大の悦を。」





 ─────202×年12月5日。





「さあ。始めましょうか」




 迎えるべきエンディングは何なのか。今までのような成り行きや、誰か一人が笑うものではいけない。

 可能なら、あの正義に呪われたエリックをこちらへ堕としたい。でも、それはそれでツマラナイ。

 今まで散々殺し合いをしてきた。その前までの生がいくら楽しくても、エリックとの殺し合い自体は楽しくない。

 いつも同じで飽きてしまう。何故でこんなことをするんだ。お前に人の心は無いのか。と問われても正直答えなんて1つしかない。

「(楽しいからそうします。私は元より人ではありません)」

 言葉が人に近いだけ。例え人に産まれても、シュランゲは自分を人間と思ったことは無かった。


「(欲深さだけで言えば、かなり人間らしいとは思いますがね)」

 壊しても壊しても飽き足らず、支配もし足りない。エリックという守護者がいなければ世界がほんの一掴みの灰になるまで滅ぼし尽くしていただろう。

 そう言う意味では、エリックには居てもらわなければならないのかもしれない。悪を滅ぼし、人間に希望を見せ、また壊すための世界を積み上げてもらわなければならない。


 ただ、ラルフの記憶と感情を得てからは少しだけシュランゲは変わった。

 シュランゲはエリックを自分の人生の終わりにやってくる舞台装置ではなく、明確に敵と定めてみた。


 エリックの心を砕くにはどうしたらいいだろうか。

 マキラを殺すにはどうすれば良いだろうか。

 そして、


「(───ラルフ。)」


 シュランゲの根本の悪性を否定した彼は。

 シュランゲが元来持つ1種の被虐心を封じているだけの、目的のために手段を選ばない彼はきっと善人では無い。でも、有り体に言えば『良い人』になるのだろう。

 シュランゲには演じることは出来ても、そうなろうと務めることは決してない人格。


「ふひ…っ」

 腹の底から笑えた。友人が居て、信頼出来る家臣が居て。誰かを愛し、子を成し。王や貴族といったある程度の立場はあったが、ラルフたちはそれなりに幸せな人生を送っていた。

 もしラルフがあの森に行かなければ、と考える。魔法使いが悪という教会の教えのままに魔女たちを殺したのだろうか。苦しみ、悶えながら過ごしたのだろうか。


「シュランゲ」

 いつの間にか傍らに来ていたマキラがこちらを見上げている。

「はい?」

「私との約束、覚えている?」

「ええ、もちろん────」



 ◆◆◆◆◆◆


 ◆◆◆◆



 ツェツィーリアに案内をされて来たマキラは、幼いシュランゲを見て静かに動揺した。

 見た目はラルフのはずなのに、マキラはどうしても彼をラルフと思えなかったのだ。


、になるか?一応」

「ラルフはどこ?」

 マキラは自分の内に沸々とした怒りを感じる。

 いつも、ラルフは悲しげな目をしていた。マキラに会うたびに、きっと静かに絶望していた。それでもマキラはラルフ以外に頼れる存在が居なかった。

「彼はどこ!」

 感情と共に触手がシュランゲへと伸びる。

 細い首にぐるりと巻きつけると、傍らに居た双子が立ち上がる。

「リンクス、レイヒツ。おすわり」

 シュランゲは動揺一つ無く、双子へと命じた。

 双子がその場に座ると、シュランゲはマキラを見る。


「ラルフはもう居ない」

 それがただの死では無いことはすぐに理解できた。

 死んだ後の孤独には慣れないけれど、また会えることを待つだけ。でも、これは違うのだと。

 よろめき、その場に座り込む。触手はゆっくりとマキラの体内へと戻って行った。


「私は、死ねないの?」

 シュランゲを見上げて呟く。細い脚でこちらへ歩みよってくるシュランゲは、マキラの髪を無遠慮に掴みあげた。

「お前が俺に従うなら、殺してやっても良い」

 欠けた顔の半分に、シュランゲは躊躇いなくナイフを突き刺した。痛みは無く、切り裂かれた触手もすぐに回復するだろう。この程度で死ねるなら苦労はしない。

「(私への恐れは無い、それに、彼はどこか…)」


 ふいにシュランゲの顔が青ざめる。ふらりと倒れそうになると、双子がやってきて彼を支えた。ベットに改めて腰かけた。

「見ての通り、俺は今にも死にかけの子どもだ。

 できる事もラルフとそう変わりない。

 だが、俺はお前を殺せる。」

 ぜぇと息を吐き、シュランゲはどうすると問う。


 少しだけ思案し、それからシュランゲへと問う。

「私のこと、どう思う?」

「気味が悪い。お前ほどに醜悪な化物は他に居ないだろうよ」

 マキラは頷き、立ち上がる。どこか怯えた様子は消え、むしろ不遜に言った。


「ラルフみたいに言わないで。ラルフの姿でラルフみたいに話さないで。ラルフのように振る舞わないで。

 それから、私をずっとそのまま気味悪がって、気味悪がったまま殺して。

 そうしてくれるなら、私はこの先貴方に従うわ」



 ◆◆◆◆


 ◆◆◆◆◆◆



「殺しますよ」

 含みのある顔でマキラを見下ろすシュランゲは、どこか楽しそうで。

 マキラの持つ魔法薬の知識や技術により、シュランゲの状態は『病弱で体力の乏しい若者』程度にはなっているが、実際は死に体だ。

 どこかで静かに療養していればまた変わったのかもしれないが、そんな事している暇はないと言わんばかりにシュランゲはあちこちを動き回った。


「そう、ならいいの」

 いつ限界を迎え、死んでもおかしくない。

「(でもいいの。私は待つだけだから)」

 死の結末のためならとマキラはすべてを飲み込むことを選んだ。誰かの死も、不幸も、自分の手を汚すことさえ。

 シュランゲはそんなマキラを遠慮なく使った。触手で人をひねり潰させ、あの目で操りもした。

「マキラ。今日は良い日になりますよ」

 シュランゲを見上げる。誰が見ても悪人と分かる顔で楽しそうに笑っている。


「嘘つき」

 こういう顔のとき、大概はそうだから。

 言ってやるがシュランゲは何も言わずに笑うばかりだった。




 ◆◆◆◆◆




 シンプルに背後から襲う。

 ───失敗。魔法を失っても勇者は勇者でした。


 逃亡。

 ───失敗。どこからか悪魔たちの所業を聞きつけ、細い糸をたぐり寄せて来ます。人望は相変わらずのようで。

 逃亡に関してはそも体力が保たないし逃げ切れないので無意味ですよね。


 屋敷の罠を張り巡らせての籠城。

 ───失敗。ありとあらゆる罠を試したが、何度やっても何を試しても切り抜けてきました。


 ラルフを装い近づく。

 ───失敗。アレに邪魔をされる。ラルフを偽ることが地雷らしいです。メンドクサ。


 人間に殺させる。

 ───失敗。濡れ衣を着せる、多額の借金を背負わせる、カルトに情報を流して襲わせる、その他諸々やりましたが、会ったそばからあちらに流れてオシマイ。つまらないですよねほんと。


 この世界の崩壊シナリオを試す。

 ───失敗。察知が早い、流石に無理ですね。


 海に沈める。土やコンクリートに埋める。

 ───失敗。沈めたりは簡単だが、精霊やらが手を貸しましたのか帰ってきましたよ、はぁ。この世界は人間と奴らとはほとんど乖離しているが、あの勇者には関係が無いらしいですね。


 悪魔を呼び出しての物量作戦。

 ───失敗。向こうと繋ぐための生贄が足りないのか門があまり広がりませんでした。人間と混ぜた悪魔だけでどうにかした方が早そうですね。


 マキラを使う。

 ───失敗。アレは本気で殺そうとしないので無意味。


 何でも殺せる銃。

 ───却下。


 飛行機の墜落。

 ───失敗。乗客乗員全員が肉片になる中、奇跡的に生き残り、奇跡の少年なんて呼ばれてましたね。


 …そういえば、こうしてあれこれ勇者殺しを試すのはずいぶんと久しぶりですね。

 最初は私もそうしていましたが、あまりにも死なないので諦めたんでした。

 世界を殺す私への抑止力。私を殺す舞台装置。真面目に相手するのもバカらしくなって、好きに遊んで好きに殺して、アレが来たらおしまい。

 63280999回の1000回目ぐらいまでは真面目に殺そうとしてましたが、さすがにねえ?


 今は何でやる気になったかと言えば、ラルフを通して見たからでしょうね。あの強大な力が削がれていくのを。

 豪運が幸運になっていたり。魔法が失われていたり。怪我をしていたり。殴られて気絶するなんて、そんな人間強度のことをしていたり。


 あ。これぐらいなら殺れそうだな。


 そう思ったんですよね。

 ちょうどラルフも壊れかけていましたし。あの人類の希望が、世界の至宝を砕けるかもしれない。

 とても、とても楽しそうではないですか。


 それにあの勇者が居なくなれば私は本当に破壊し尽くすことができるんです。

 コースに例えるならデザートやメインの前に毎回掻っ攫われてしまう。そんな微妙に満たされない私の欲を満たせるんですよ。


 考えるだけで、恐ろしくて震えてしまいます。

 私が勝ったら、すべての世界は無くなるんですから。

 だって我慢できるはずが無いじゃないですか。

 何度私に摘み取られても必死に復興し、希望を抱え続けた人類を滅ぼしてしまえるなんて。


 その先に残るものが何も無いとしても、私は欲を満たしたいのです。

 皿の中も、皿も、食卓も。その全てを平らげたいのです。



 ◆◆◆◆◆◆


 ◆◆◆◆



 結局、何百という夢想の果てにシュランゲはその中のどれも選ばなかった。

 確定した未来などつまらないから。夢で見たものをもう一度なんて耐えられないから。


「こんにちは」


 だから普通にエリックの前に現れた。

 身を守る悪魔の護衛を一体も付けず、武装すら持たず。


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