そこに朝は無い。

 そこに夜は無い。


 見上げるそこ空は無い。代わりに目を凝らせば黒く尖った岩肌と、天井を這い空を飛ぶ蟲が見える。

 見下ろすそこに草原なぞ無い。見えるのは天井と同じような岩肌と血や毒の池。そして闊歩する異形の悪魔たち。


 魔界。地獄。奈落。魔境。悪魔の巣窟。


 そういった名で呼ばれるここは悪魔たちの故郷。

 人に害を成すことを悦とする化物の家。

 悪魔たちはここから人の世へと現れる。


 唯一の建造物はこの世界の王の城。

 どんな悪魔も頭を垂れる王が住む城だ。



 ◆◆◆◆◆



 城の上階にある玉座の間は、実質的には王の部屋になっている。王と呼ばれてこそいるが、悪魔に統治なぞ必要無い。もちろん閉ざされたここには外交も無いから、人間の国の様に使われたことは無い。


 王がここをよく使うのは、玉座の間の椅子が一番座り心地が良いからだ。

 玉座に座るのは真っ黒な王。黒い髪と黒い瞳をした、頭の角を除けば見た目だけは人間のようにも見える王だ。


 読んでいた本を閉じ、王は床に寝転ぶ悪魔へ声をかける。

「地上への穴はできたか?ツェツィーリア」

「ハァ?門の建設は昨日からデスよ。」

 ツェツィーリアは思いっきり顔をしかめて言い捨てる。隔絶されたここから外へと出るには、向こうから呼び出されるか、偶然に生まれた切れ目を広げるかだ。

 強い悪魔であればあるほどに、強大な力のせいで外に出るのが難しく、力を削いで出る事もあった。

 門は僅かにできた切れ目や通路を固定し、かつ広げるために造るものだ。弱い悪魔の血肉で道を補強したり、魔法や魔術を使う。


 当然時間もかかる代物だが、王は当然とばかりに急かす。

「遅い。」

「ハイハイ、そこの魔女が手伝えば早いんですヨ?」

 ツェツィーリアが細い指で指すのは、玉座の傍に立つ魔女だ。

 深く帽子をかぶりボサボサの髪で顔を覆う魔女は、何度か前に顔を焼かれて以来は他の悪魔の前に姿を晒そうとしなくなった。魔女が門の建設をすれば早く終わるのを、ツェツィーリアはよく知っている。


 魔女は忌々しそうに歯ぎしりをし、黒く長く伸びた爪で玉座の背をガリガリと引っ掻く。ツェツィーリアが揶揄うように長い舌をべろりと垂らしてあっかんべをすると、きぃぃぃと髪を振り乱し地団駄を踏んだ。

 王の足元に居た目の4つある狼がうるさそうに唸り始め、部屋の脇に飾られた人形がケタケタと笑い出す。


「楽しみだな」

 そんな騒ぎそっちのけで首を回して王は窓から門を見る。この世界で発せられる王からの号令に、悪魔たちはかならず従う。その先で、人類を蹂躙し殺し尽くすために。


 略奪に賞賛を、支配に喝采を。

 怨嗟を子守唄に眠れ我が子らよ。

 唯一無二を壊す、永劫の消失を讃えよ。



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