第19話 王殺しの魔剣『日向守惟任』
戦いから少し離れた場所。 蒼月ノアと光崎サクラの2人が立っている。
「サクラ、あれをどう思う?」
「柴田さんのこと? それとも景虎さんのこと?」
「――――」とノアは無言で返した。
「そうだね。柴田さんが生体兵器ってのは本当だと思う。
例えば学校だったり、あの金棒だけで更地にするに数分で終わりそうだね」
どうやらサクラは、柴田勝家が戦車や戦闘機と同じ種類の兵器だと認識したらしい。
確かに柴田勝家と同じような存在が1000人……いや、100人も入れば……
「……私たちは、どうすれば勝てる?」
そのノアの強い口調にサクラは驚く。
「やっぱり、ノアちゃんは凄いね。あの2人を見て勝つ方法を考えてる」
それから小さく、「私に取って見たら、ノアちゃんもあの2人と同じ――――怪物だよ」と呟いた。
それがノアの耳にまで届いたのか、わからないが「……」と2人は再び無言になった。
一方の景虎と勝家の戦い。
勝家の猛攻を、受け、弾き、躱し――――影家は後ろに下がった。
その僅かな間、勝家に明確な隙が生まれるのが分かっていたからだ。
低い体勢からの抜刀術。 地面を伏せながら飛ぶような景虎は、横薙ぎの一撃を勝家に浴びせた。
狙いは先ほどの宣言通りの足……ただし、四足歩行となっている前足。
つまりは腕だ。
当世具足で守られている隙間を狙い、斬撃を放ったのだ。
勝家の全身は、暴走した魔力が堅固な鎧のようになっている。
防具の隙間を狙ったとは言え、傷は浅い。 しかし――――
(しかし、無傷ではない。このまま続ければ、いずれ――――)
景虎の足が止まった瞬間、勝家の腕が振られた。
「む! 誘われていたのは拙者の方だったでござるか? しかし――――」
勝家の腕が振れるか、否かのタイミング。 景虎の柔術が発動された。
「拙者の柔は、四本足の獣でも投げ飛ばせるのござる」
その四足歩行の巨体が、宙を舞う。 もはや、その光景は戦いではなく、冗談のように見えた。
景虎の柔術。 それを見た沖田は、会津の御留流に似てると言っていたが、
御留流――――現在で言う合気道は、動物など四足獣は投げれないと言う。
ならば、やはり景虎の柔術とは、ダンジョンで魔物を投げ倒すために研磨された有村一族の技なのだろう。
そして、
獣の如き反射神経と運動能力を持つ柴田勝家であっても、回避はできずに頭から地面に叩きつけられた。
いかに魔力と鎧に守られた体とは言え、投げの衝撃までは無効化できない……はず。
景虎は刀を鞘に戻し、抑え込みに行く。これが合戦ならば、ここで首印を奪う。
だが、景虎と勝家の体格差と膂力差は見た目通り。 さらに加えて、獣の生命力がある。
まして相手は柴田勝家だ。数々の戦場を渡り歩いた武辺者。たとえ正気が失われていたとしても、柔術ができないはずはない。
だから、景虎は勝家の足を狙いに行った。この世界で言うならばヒールホールドと言う技になる。
(ここで虚を狙う。体全身で、その足を捻り破壊する!)
景虎は、両足で相手の挟み固定。関節部分である膝に負荷を与えるように捻っていく。
ギチッギチッと勝家の膝を痛めていく。しかし、今の勝家の精神は獣のソレ。
体を破壊される痛みと恐怖。 それが欠如している。
だから、通常で行うはずのない行為にでる。
景虎を蹴り剥がすような攻撃を始め、さらには体を起こして、駆け出し始めた。
(――――まさか、このまま蹴るつもりか? 壁に向かって、この景虎を!)
事実、景虎が引っ付いている足を壁に向かって蹴った。
まるでダンジョン自体が揺れるような強烈な蹴りが壁に叩き込まれた。
「剣呑、剣呑……あのままでは体がぺっしゃんこになっていたでござるな」
しかし、すでに景虎は体を離して勝家から離脱していた。
勝家は消えた景虎を探している。 その様子――――足を庇っているように見えた。
(多少なりにダメージは入ってるようだ。これなら――――)
「そうです。今こそ、この光秀を――――『日向守惟任』の力をお使いくだされ」
「――――」と景虎は迷いが生じていた。
(この戦いは武士の誇りを賭けた戦いではないのか? 本当に良いのか? 刀ではなく、これで決着を――――)
「景虎どの、よく御覧あられよ。柴田勝家どのは、もはや人に非ず……いや、サムライではございません」
「――――っ!」と景虎。 その姿、勝家はまるで獣。
武士道。侍の誇りが失われている――――否。
断じて否だ。
失われているのではない。奪われたのだ。
「あのような侍を獣に堕とした者――――織田信長をお恨み下され! その引き金を引く事が何よりの介錯となるのです!」
その言葉、覚悟が決まる。
王殺しの魔剣――――『日向守惟任』
とても、それが魔剣であるとは思えない銃。 狙いを勝家に定める。
もしかしたら、殺気と言うものが存在して勝家の獣性が反応したのかもしれない。
距離が離れ、姿を見失っていた景虎の姿を確かに瞳に映し出している。その直後――――
四足歩行で人を襲う熊を連想させるように、景虎に向かって駆けだした。
「さらばでござる……柴田勝家!」
そう言うと、景虎は引き金を引く。 そして銃口から飛びだした弾丸――――
それは弾丸などではなかった名状し難いできない衝撃の塊。
ただ黒い閃光が、空間上の何かを切り裂きながら進んで行く様子が見えた……そんな気が景虎にはした。
しかし、実際には―――― 爆音と閃光により、視覚と聴覚は閉ざされた。
嗚呼、ただの種子島が『王殺しの魔剣』などと呼ばれるものか。
それは、正しく王殺しであった。 たとえ、どれほど堅固な王城であれ、その銃一丁があれば王は殺せる。
一発の弾丸で王城を破壊すればいいのだから――――
膨大な疲労感。倦怠感に全身が包まれた。
生命力という物が体から抜き取られていくような感覚に景虎は陥った。
その代わり、ダンジョンに穴が空いていた。 銃口より放たれたソレは、勝家の体を飲み込み、ダンジョンの壁を破壊しても止まらず、そのまま削岩を続けていたのだ。
「これほどの威力を――――いや、まだいる!」
背後に感じた気配。 反射的にしゃがみ込む。
頭上に通過していく何か――――風圧を感じた。
背後にいるであろう敵を直視する事なく、蹴りを放つ。 その勢いで、十分な間合いを作って、ようやく敵を姿を見た。
それは柴田勝家だった。 ――――いや、柴田勝家だった者というべきか?
あの一撃を――――王殺しの魔剣『日向守惟任』を受けて、生還した姿は人間の形をしていない。
「柴田勝家どの……その体は、なるほどダンジョンの
失られた腕から、絡繰り人形のように歯車が落ちている。そう……
「おぉ、有村景虎どの……もう目を見えぬ。辛うじて、前に立っているのがわかる程度……介錯を頼んでもよろしいか?」
「……無論」と景虎は再び鞘から刀を抜いた。
「嗚呼、見届けくだされ! 我が主、織田信長さまよ! この柴田勝家は最後まで武辺者として逝かせていただく!」
その姿――――最後まで雄々しく。 武将であり、武辺者であり、どこまでも気高い侍の姿であった。
「……勝家どの。介錯させていただく」
――――斬ッ
その体が切断され、地面に落ちる音。 その動きを、音が消えるまで、景虎は立っていた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
「さて……しかし、この後始末はどうしたら良いのか見当もつかないでござるよ」
戦いが終わり、ダンジョンの壁を破壊した痕跡を眺めている景虎。
「大丈夫よ、後始末はダンジョン省の偉い人がしてくれるはずだから」と蒼月ノア
「ノアどのの御父上に任せれば……いや、もしや拙者はこの戦いを、世界の秘密を配信してしまったのではござるんか?」
流石の景虎も顔を真っ青にした。
彼は今までの会話を思い出したからだ。
世界が2つある。 織田信長で天下統一したサムライの世界。
そこには長寿の秘密があって……
「あっ、それは大丈夫よ」
「むっ?」
「この柴田勝家さんが乱入した時点で配信は切っておいたわ」
「ほら!」とノアは景虎の背後を飛ぶドローンを指した。
配信中を示す赤いランプが、消えていた。
この配信用ドローンは、元々は蒼月ノアの所有物。 ダンジョン配信を始める有村景虎に譲った物。
だから、使用者権限を景虎だけではなく、ノアも持っていた。そのため、遠隔で配信を止める事ができたのだ。
「おぉ! これはかたじけない!」
「今度からは気を付けてね。また、来るのでしょ? 次の刺客が」
ノアの視点は、景虎から2人組――――新選組の沖田総司と藤堂平助に向いた。
「さて、僕の敗北で終わるとは思えないので、また新しい人が刺客として選ばれるんじゃないですかね?」
沖田は飄々と答えた。それから――――
「それでは、また会えたらいいですね。次に機会があれば――――必ず」
それ以上、最後まで言わず2人はダンジョンの奥へ姿を消した。
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