第17話 柴田勝家との戦い

 戦国時代にダンジョンが出現して、400年以上。 


 尾張将軍による御前試合を勝ち抜き、ダンジョン指南役という名誉を受け取った時、有村の先祖は考えた。


 魔物に勝つためだけの技。 技だけではなく、たとえ巨大な魔物を相手にしても負けぬ膂力。


 それを目標に400年の年月を鍛錬に当てた。


 さらに強者と認める者が入れば、婚姻を結び、肉と血を強くする事に余念はない。


 もはや武芸者の品種改良に等しい行為であった。  


 常軌を逸脱した執念。 それが、有村景虎を生み出した正体である。


 しかし、1合目――――


  有村景虎の日本刀と柴田勝家の金棒がぶつかり合う。


 キン――――と金属が衝突する音が聞こえる間もなく、吹き飛ばされたのは景虎の方であった。


 宙から着地した景虎は己の肉体を確かめた。 


 受けた衝撃は全身がバラバラになるほどのもの。 気づかぬうちに負傷があってもおかしくない。


(痛みは残っている。しかし、戦闘に支障はない)


 片膝を地面につけた景虎は、柴田勝家を見上げる。


「おぉ、我が一撃を真っ向から受けて耐えるか。そのような強者は400年ぶりじゃ!」


 そういうと勝家は再び、金棒を振り上がる。しかし、景虎本人は――――


「これは、耐えれるものではござらんな」と打ち合いを拒んで回避した。


 これは異常な事だ。 なぜなら、


 巨大な魔物から真向勝負を行うために磨き抜かれた技と肉体が、真向勝負から逃げ出したのだ。


 その直後、景虎がいた場所に爆発が起きる。 


 火薬によるものではない。単純に勝家の剛腕が、ダンジョンの床を爆ぜてみせたのだ。


「なるほど、ダンジョンの壁を破壊して登場できるわけでござるな」


 景虎は1合目で受けて無事だった事が信じれなかった。


(頑丈に生んでくれた両親への感謝は後にして――――どうやって戦うか?)


 柴田勝家から放たれる追撃。 これを避けて、カウンター……というわけにいかない。


 その破壊力は、掠めただけ――――否。 触れられずとも、周辺にも立つだけで衝撃で与えるほどの威力。


 だから、景虎は勝家の攻撃を必要以上に距離を取らなければならなかった。


 距離を大きく取り、攻撃を避ける。 反撃の隙は――――


「ある!」と飛び込んで、勝家の胴に横薙ぎの一撃を叩き込んだ。


 彼の剛腕には、相手が鎧武者であっても、胴を両断できるほどの力が備わっていた。


 だが、景虎に伝わった手ごたえ。 鎧だけではなく、その内部に隠されている肉体の強度。 それが、彼の剣を拒み、あまつさえ弾き飛ばしたのだ。


「とても、人間の肉を斬ったものとは思えない。 一体、その体はどうなっているのでござろるか?」


「はっはっは……褒めてくれるか? 有村景虎よ!」


 勝家は上機嫌に金棒を振るう。 冗談のような破壊力。


 景虎は武士であるが、正々堂々と戦う事のみが戦闘だとは思っていない。


 当たり前のように背を向けて駆け出した。


「おぉ! 逃げるか! そうか……この鬼柴田と鬼ごっこがしたいか!」


 その言葉と共に勝家の肉体が輝き始めた。 薄い赤色が彼の肉体を覆い始めた。


「むっ、あの光は妖術でござるか! まさか、柴田どの!」


「このワシの異名は鬼柴田である。 ならば、鬼の調伏なら終わらせておるわ」


 柴田勝家――――彼は魔法が使えた。 その足元に魔法陣マジックサークルが浮かび上がった。


『鬼道 赤青調伏の儀』


 2匹の鬼――――赤い鬼と青い鬼が出現する。


 赤い鬼は炎の鎧を身に纏い、青い鬼は氷の鎧を身に纏った。


 その2匹の鬼は、勝家本人よりも遥かに速い。 1匹目、赤い鬼が景虎の頭部を掴みに来る。


 頭部に高熱を浴びて、火傷を起こす直前――――その腕を景虎は斬り落とし、蹴り剥がす。


 さらに2匹目。青い鬼が迫って来る。 今度を攻撃を許さない。


 景虎は追いつかれるよりも速く刺突を放つ。 加速してきた青い鬼はカウンターの形になり胸を貫かれた。


「ほう、やはり見事であるぞ!流石である景虎殿……一体、何度賛辞を送ればいいのか」


 その声――――2匹の鬼を相手にしている間に柴田勝家本体が、接近してきたのだ。


 振りかざした金棒を景虎は刀で受ける。 問題は、爆発に似た衝撃。


 防御しただけで全身の血液が体内で暴れ回るように衝撃に襲われる。


 だが、倒れるわけにはいかない。 勝家の二撃目――――横薙ぎの一撃は、回避する。


(防御が通じない。 打ち合いは一方的にダメージを押し付けられる。そもそも、こちらの攻撃は効果が薄いのはなんだ?)


 景虎は確かめるようにカウンタ―で刺突を放った。


 やはり、奇妙な感覚が巨剣から伝わってくるだけ。 勝家本人には何のダメージもないだろう。


(柴田勝家には、何か秘密がある。しかし、その正体が掴めぬ)


 景虎の戦闘考察。それは阻害されている。


 原因は、勝家だけではなく彼が召喚して操る2匹の鬼からの攻撃だ。


 仮に赤い炎の鬼を炎鬼。 青い氷の鬼を氷鬼と呼ぶことにしよう。


(通常の魔物なら戦闘不能と致命傷になっているはず。傷が消え失せ、損傷したはずの腕も元に戻っているのは、勝家どのの魔力によるものか?)


 勝家の強さを秘密を解読するにしても、この炎鬼と氷鬼を無効化せねばならぬ。


 景虎は両鬼撃破を最優先に考えた。


(即座に思いついた方法は2つ。勝家どのの魔力切れを待つか、足元の魔法陣を破壊するか)


 決して弱くない魔物を召喚して使役するための魔力消費量は低くない。


 加えて、武将である勝家が妖術師、こちらで言う魔法使いとして修行をして無尽蔵の魔力を持っているようには見えない。


 だが――――


「けれども、逃げ続けるのも性に合わないでござるな!」


 景虎は狙いを、魔法陣破壊に定めた。 勝家の足元に輝き続ける赤い魔法陣。


 そこに物理攻撃であれ、強い衝撃を与える。


 魔力の通り道を破壊する事ができれば、炎鬼と氷鬼の再召喚も簡単ではなくなる――――はず!


「おぉ、逃げずに来るか! その勇猛、獰猛ぶりは、こちらの3対1という後ろめたさを消してくれる!」


「後ろめたさがあるなら、最初から使うな! ……でござるよ」


 勝家の前に立ちはだかる炎鬼と氷鬼。その性質を景虎は短い戦闘で掴んでいた。


(炎鬼は、全身を覆う炎を利用して攻撃してくる。掴まれれば大火傷……)


「けど柔術勝負ならば拙者も得意とするもの。火傷するよりも速く投げる事が可能でござるよ!」


 有言実行。 掴まれると同時に景虎の柔術が炸裂し、炎鬼は投げ捨てられた。


 問題は投げられた方向だ。 そこには、炎鬼から離れた位置に立っていた氷鬼がいた。


 おそらく、炎鬼の攻撃に合わせて、氷鬼は体から生えた氷の刃で襲おうと待ち構えていたのだろう。


 炎鬼と氷鬼がぶつかり合う。 炎と氷が接触して、蒸発する音が聞こえる。


 物理的が現象というより、魔法的な現象――――


 相反する魔法が接触すれば、魔力が乱れる。 炎鬼と氷鬼は、僅かな時間であるが召喚主の勝家の制御から離れて動きを止めた。


「この一瞬で両鬼を討ち倒す。やはり何度でも見事の賛辞を送ろうではないか!」 


 勝家が金棒を振り上げていた。 景虎は、すでに攻撃の間合いに入っていたのだ。


 受ける? 回避? だが、景虎は武器である日本刀を地面に突き刺し、無手になった。


「まさか、まさか……素手で受け止めると言うのか! この勝家の一撃を!」


 だが、違った。 景虎が仕掛けようとしている技の正体。


 それにいち早く気づいたのは、先ほど景虎と戦い、破れた男――――沖田総司であった。


「あの技は――――」



 実際に手合わせし、離れた場所から戦いを見た彼だから、景虎の技に気づいた。


 いや、それは彼が新選組――――つまり会津藩の配下だったから気づけたのかもしれない。


「あの動きは似ている。 会津藩の御留流――――御式内に!」


 御式内。それは現在でいう合気柔術の原点。


 勝家の金棒は空を切り、地面にぶつかった。 周辺に衝撃が走り抜けて行く。


 だが、それよりも早く景虎は勝家のふところに飛び込んでおり――――


 勝家の猛攻から生まれた衝撃すら利用して――――


 その巨体を投げ飛ばしていた。


 一回転、二回転と回転しながら、地面を跳ねていく勝家は、まるで蹴られた鞠のように見えた。


 ようやく彼の体は、ダンジョンの壁に衝突することで止まった。


 すでに足元に魔法陣は無くなっていた。 炎鬼と氷鬼も姿を消した。


「見事! 見事! 見事! 見事!」と勝家の声は、崩れた壁に埋もれた下から聞こえてきた。


「この柴田勝家、賛辞を贈る語彙のなさを、いまより悔いることはないぞ! もはや、無限の見事を送るしかあるまい!」


 砕かれた岩壁を退けて姿を見せた柴田勝家。そこにダメージはなし。


 無傷の体を見せる。


(さて、ようやく1対1に持ち込めた。ここから勝家どのの秘密を暴いて――――)


 だが、ここで第三者の声――――「ご無沙汰しておりますぞ、勝家どの」


 声は景虎の体から、隠していた短筒から聞こえた。


「おぉ、その声は光秀どのではござらぬか!」


 勝家の言葉通りだった。 まるでパタパタと存在しない羽を動かしているように、『日向守惟任』――――短い鉄砲の体になった明智光秀が宙に浮いている。


「お互い、変わりましたなぁ。この光秀は体を鉄砲に、勝家どのは体から心を抜かれましたかな?」


「むむむっ! そなたには、この勝家がそう見えるか? ならば、そうなのだろう」


「勝家どのは忠将の中の忠将。信長さまの意に反して出撃する事など、ございませんよ」


「確かに! なら、今のワシは――――」


「この光秀と同じ。こちらの世界では魔道具アーティファクトと呼ぶそうで……ダンジョンの力に飲まれたのかと思われます」

 

「なるほど、心当たりはあるぞ。あれは確か――――」


 柴田勝家は、自身の記憶を辿るようにポツポツと語り始めた。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・ 


 時は400年以上前の話。 戦国乱世の時代……世の中にダンジョン出現が発覚して、まだ間もない頃。  

 

「困った、困った」と繰り返すの織田信長。 まだ、普通の人間だった頃の織田信長だ。


「何を考えられておられるのでしょうか?」


「おぉ勝家よ。そなたを呼んだのは、この話をするには一番相応しいと思っていたからだ」


「ははぁ!」と勝家は頭を下げて平伏した。


「この世は乱世……しかし、平和の世になったら、そなたは何を褒美にすれば喜ぶ?」


「それは――――」と勝家は言葉に詰まった。


 今なら、敵を打ち負かし。負けた相手から領土を奪えば良い。


 だが、平和になれば? 土地が奪えなくなる? 


 それで勝家は察した。 織田信長が天下を統一すれば、どんな武勲を立てても褒美が貰えない。それどころか武勲を立てる機会すらなくなるのではないか?


 織田信長は、それを言っているのだ。 彼は柴田勝家の言葉を待たずに続けた。


「最初は茶具をそれにしようと思った」


「茶具……ですか?」


「あぁ、この信長が茶具を国の領土と変わらぬ価値を付けたとする。それに反する者はおるか?」


 織田信長が言っているのは数奇という文化である。


 そして、史実ではこの数奇を好む者――――数奇者が、武力と並ぶ力とされた時代が確かにあったのだ。


「いずれ将軍となられる信長公が言えば、反対する者など……」


「うむ、我が幕僚一の武辺者が言うなら、そうなのであろう。しかし……」


「しかし?」


「ダンジョンが現れた。 そこには珍妙な品々がある事が把握されている。例えば――――」


 織田信長は、柴田勝家の目を見た。 その目は黒く、虚空が存在しているように見える。


「長寿の果実なんてものもある。勝家、お前はそれを手にしたいか?」


 そこでなんと答えただろうか? 勝家は、それからの記憶が抜け落ちている事に気づいた。  


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