第2話 尾張幕府将軍 織田信長
――――我々が知る日本の歴史と少しだけ外れた世界————
20××年————織田信長が尾張幕府を開いて400年が経過した。
元より、『尾張将軍』 織田信長が高く評価されているのは――――
優秀な人材を引き付ける求心力。膨大な資金源。
だからこそ、平和な日々が長く続いた――――否。続き過ぎたと言える。
織田天下泰平の世の中。 列国との争いもなく、長い平和はサムライたちは至弱へと落とした。
それを憂いた織田信長(500歳)は、ダンジョン探索の推奨をする大号令を発動した。
ダンジョン――――日本各地にある迷宮。 人ならざる者たち、魔物どもの住み家。
しかし、日本をエネルギー大国として押し上げた資源がそこにある。
過去数百年の歴史で、探索を許されていたのは一部の者のみ。
しかし、織田信長の号令はダンジョン探索の解禁。 全ての者を平等にダンジョンに挑む事が許された。
のちに言われる『楽市 楽座 楽迷宮』は、この事である。
まさに世はダンジョン探索時代であった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
「しかし、この辺りもすっかりと変わったでござるな」
茶屋で団子を所望している男。 彼こそ、有村景虎であった。
「あら、お武家さん。見ない顔だけど、ここら辺の方で?」
注文を聞き終えた看板娘が、景虎の独り言に反応した。
「あぁ、これを見せたら、わかるでござるか?」と景虎は、背負っていた愛刀を外して見せた。
「こりゃ立派な刀で、もしやウワサの斬魔刀ってやつですかね?」
「然り。大型の魔物を斬るには、普通の刀じゃ難しいのでござるよ」
「へぇ~ いろんなダンジョン探索者が訪れましたが、そこまで大きな刀を背負ってる方は初めてでございますよ」
景虎と看板娘は自然と道を歩く者たち――――武芸者たちを見た。
道の先にダンジョンがある。この国に生まれた武士たちは、腕試しにダンジョンに挑む。
そういうもの……それが、この国の常識だ。
だから、誰もが爛々とした、あるいはギラギラと野望に満ちた目をしている。
「でも、気をつけてくださいね。なんでも、見た者を石にする魔物がたくさん出て来るようになったらしいですよ」
「なにっ? 見た者を石にする魔物……でござるか?」
「はい、今日も被害者が運び出されていました」
「うむ、でも不思議な事が1つ」
「なんでしょうか?」
「そんな恐ろしい魔物がダンジョンを跋扈しているなら、もう少しダンジョン探索者が少なくなっているはずではないか?」
「あぁ、それは祈祷師様のおかげですよ」
「祈祷師さま?」
「はい、何でも祈祷師様が作られたお守りを持っていると、石化が防げると話題なんですよ」
「石化が防げるお守り……か」と景虎は考え込んだ。
それを、どう勘違いしたのか看板娘は、
「決して高い物じゃありませんので、お武家さんも神社で貰って来たらどうですか?」
そう言って、店の奥へ下がっていった。
しばらくして、出された団子とお茶を前にしても「うむ……」と考え込んでる景虎であったが……
「これは」と茶が1つ増えている事に気づいた。 なんてことはない。長椅子の後ろに座っている客が、自身のお茶を景虎の方に寄せただけである。
しかし、まだ口を付けてないお茶。 後ろの客は景虎に気づかれることなく姿を消している。
そして、茶托————お茶の下に敷く受け皿には、紙が隠されていた。
受け取った紙を開いた景虎は、
「また仕事でござるか」と呟いて、待ち合わせ場所である廃寺を目指した。
―――― 廃寺 ————
中には人の気配がした。
「邪魔をするでござるよ」と開くと、何者かが襲い掛かってきた。
時刻は夕闇。 まだ日が落ち切ってないとしても、周囲は暗く顔まではわからぬ。
1合、2合と刃を交わせると甲高い金属音が響く。
キンキンキン――――
「この太刀筋は――――夢之介でござるか?」
「そっちは、虎か?」
襲撃者は刀を収めて、後ろへ引く。どうやら、2人は知り合いのようだ。
「夢之介。なにゆえ、このような真似を?」
「……今回の依頼は、困難だ。半端な奴とは組みたくない」
ぶっきらぼうに答える夢之介に景虎は「ヤレヤレ」と呆れた。
「先ほどは、殺気は試すためというより、本気で殺そうとしていたのではござらぬか?」
「ここで死ぬような奴なら殺してやるのが情けってもんだぜ」
そうやら、本気で言ってるようだ。 この男は、夢之介————紫雲丸夢之介と言う名前だ。
舞台役者の二枚目になってもおかしくない顔立ち。
それでいて歌舞伎めいた派手な服装。
彼は幻術を多用するサムライ――――つまり、魔法使いであった。
景虎と夢之介は腐れ縁であり、何度か顔を合わせて仕事を請け負っていた。
「しかし、この仕事にお前がいるのは運が良いぜ。なんせ代々、将軍家ダンジョン指南役の有村家の――――」
「よせ……もう昔の事だ。所詮、魔物を狩る専門の家柄だっただけ。そして、今の俺は、旗本の三男坊に過ぎない」
「ふん、俺には興味があるのさ。400年も魔物を狩り続けた一族の技ってのに……ね?」
ピリッと空気が瞬時に乾いた音が聞こえた気がした。
何かきっかけがあれば、再び両者は殺し合いかねない危うい空気感。
「ご両人、剣を収めください。闇の元締めもご覧になっております」
姿を見せぬ女性の声。 それは仕事の仲介人だった。
「今回の仕事は、ダンジョンで石化の魔物を操っているのは、商工組合の名主……祈祷師もグルでございます」
「世も末でござるな」と景虎は声に出した。
「町で騒ぎが起きれば、商人連中も損害があるだろう。そいつ等が黒幕って、どういう絡繰りでござるか?」
「ダンジョンの攻略難易度が高まれば、幕府から特別な手当が増えます。そうして、危険な魔物を操り、自分たちの配下で探索を独占しようと……信用できる筋からの情報です」
「報酬はこちらに――――」と小判が地面に落ちる音がした。
「小判が6枚か……」と夢之介は呟いた。 小判1枚がおよそ4万円ほどの貨幣換算。
……そう考えれば、景虎と夢之介の2人がそれぞれ12万円の報酬で人を殺す依頼だ。
とても割が合わない仕事ではないが――――
「やろう」と景虎は地面から小判を拾う。そのまま廃寺から出て行った。
それに続いて、夢之介も笑いながら、小判と手にする。
「コイツは面白くなってきた。魔物絡み、迷宮絡みの仕事なら、アイツほど信用できる仕事ができる奴を他に知らねぇからな」
「……」と仲介人は無言だった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
深夜のダンジョン。 昼間は激しく人が出入りしていたのが嘘のように人の気配がしない。
例の祈祷師が
「夜は、お守りの効果も薄くなります。必ず夜のダンジョンには近づかぬように」
そう喧伝したからだ。 だから、夜のダンジョンは裏の取引現場として重宝されるのだ。
「これは、お代官さま。わざわざ、このような場所まで足を運んでいただきありがとうございます」
商工組合の名主 越後屋。彼は頭を下げて、代官を迎えていた。
「気にするでない。ワシも一度くらい、現場を見ておきたいと思っておったのじゃ」
代官と言うのは、統治者のこと。
幕府や大名から、その土地の統治と管理を担当を命じられた者だ。
そんな者が商人たちの悪行に加担している。状況は、景虎が思っている以上に最悪だった。
「うむ、アレが夜の決まった時間帯にしか出現しないと言われる魔物であるか?」
「はい、その通りでございます、代官さま。ツノが特定の病気には特効薬になるとかで儲けさせていただいております。あちらの花も夜しか咲かず、薬になります。それから、それから……」
「ほう……これらの全てが、夜にしか採取できない素材であるか!」
代官が驚くのも無理はないだろう。
今も、荷台にいっぱいの素材を乗せられた手押し車。それを荷車夫あるいは手押し車夫と呼ばれる者たちが運ぶために走り回っている。
「それとお代官様、こちらにはお土産をご用意させていただいきました」
商人が合図すると手押し車が近づいてきた。見ると運ばれている荷物は、千両箱だ。
「はっはっは……越後屋。そなたも悪よのう!」
「お代官さまこそ、はっはっは……」
しかし、そんな2人の蜜月の時は、長く続かなかった。
「大変でございます!」と使用人が駆け寄ってきた。
「なんです、騒々しい。お代官さまが来てるのですよ」
「それが、祈祷師様の神社に火が……」
「なんと! 祈祷師様は無事ですか!?」
「わかりません。ただ祈祷師様の姿は見えませんので、まだ中に……」
「えぇい! あの方は火の魔法も使えるはず……きっと留守なのでしょう。皆、火消しの手伝いに行ってらっしゃい!」
「は、はい! みんな行きますよ!」と使用人は、その場にいた荷車夫を従えて、祈祷師の元に向かった。
彼等は知らない。既に、祈祷師は紫雲丸夢之介の魔法によって、その身を燃やし尽くされていたことを――――
「大丈夫であるかのう」と代官。
「では、私どもも、様子を見に参りましょうか」と越後屋。
そんな時だった。
「あれ? こんな時間に拙者以外の探索者が居られると思ったら、越後屋さんに、お代官様……珍しい組み合わせですね」
ダンジョン探索者が現れた。大きな刀を背負ったサムライ。
見覚えのない顔だが、あちらは自分たちの顔を知っている様子。越後屋と代官は嫌な表情を見せた。
取引現場を目撃されたのだ。知り合いかも知れぬが……所詮は、簡単に思い出せぬ相手。
だから2人は、当然————
(殺しても問題なかろう)
そう判断した。
「お主……何者だ?」と代官は、念のために確認しながら刀を抜いた。
代官の仕事には治安維持もある。 剣の腕に覚えがある代官も少なくはない……おそらく、この代官————いや、悪代官もそのタイプなのだろう。
突然、剣を抜かれた冒険者は、慌てた様子だ。
「待たれ、待たれ! 拙者は何もしていないで――――ござるよ」
「なっ……」と悪代官は驚く事しかできなかった。 初動作もなく、間合いを縮めた探索者————有村景虎。 その手刀が、悪代官の胸を貫いたのだ。
「ぐっあっぁぁ」と口から血を流す悪代官は、最後に――――
「き、きさま、何者じゃ?」と声にする事はできたようだ。
「拙者は————今は、ただのダンジョン探索者に過ぎない」
「ひぃ! お、お代官様が! お、おのれ!」と越後屋は、取り出した笛を口に当てた。
音は出ない。どうやら、特定の魔物にしか聞こえない音。
その音によって、越後屋は魔物を操っているようだ。
そして、それは姿を見せた。
石化を行う魔物。 その正体は――――コカトリス
一見すると、大きな鶏にしか見えない。 だが、注意すべきは尻尾の部分になっている蛇だ。 蛇が持つ魔力と言えば石化だろう。メデューサしかり、バジリスクしかり……
このコカトリスも同じ石化の能力を有する魔物であり、蛇の瞳を見たものを石へと変える魔力を秘めている。
「お、お主がどれ程の手練れであれ、この魔物には勝てますまい。どうしますか、目を閉じて戦いますか?」
しかも、このコカトリスは1匹ではなかった。ぞろぞろと集まり、その数は10匹まで膨れ上がった。
「はっはっはっ……どうしますか、どうしますか! この数の魔物を相手に……待て。どうして石化していない!!!」
越後屋の言う通り、景虎に体に何の変化も見えなかった。
「あいにくでござるが……拙者の体に、石化の呪いは通じない。毒、睡眠、しびれ、魅了、混乱、凍結のやけどまで……」
「バカをおっしゃいな。そんな人間がいるわけない!」
しかし、越後屋はすぐに可能性に気づいた。
「まさか、お前は……ダンジョン大名の……」
「左様だ。元ダンジョン指南役筆頭 有村景虎。ここで貴様の命を断つものだ」
「こ、この! お前たちやっておしまい!」と越後屋は笛を鳴らしてコカトリスたちをけしかけた。
・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・
「凄まじいね。10匹のコカトリスを全部、一太刀で倒してやがる」
祈祷士を始末したばかりの夢之介も、こちらに駆けつけて来ていた。
検分する役人のように魔物の遺体を見て回っていた。
「本来、死んだ魔物は黒いモヤに包まれて消滅する。しかし、なるほど……こうも鮮やかな技だと、死体も消えずに残るものなのか。やはり、虎の魔物殺しは勉強になる」
夢之介もダンジョン探索者として魔物と斬り合う。
だからこそ、全ての魔物を消滅せずに殺してみせた景虎の剣技を興味深く分析しているのだ。
「わざわざ、仕事を早く終わらせて見学に来たのに、全部終わらせて……って、どうしたんだい? 早く逃げないと人が戻ってくるぜ?」
「いや、何も感じないのか?」と景虎は壁に張り付くようにして何かを探している。
「まさか、隠し部屋かい? こんな時に勘弁してくれよ。あんたの勘は探索魔法よりも信頼できるって噂になっているぜ?」
「ダンジョンで、誰も知らないまま何百年も未発見の隠し部屋や隠し通路があれば――――」
景虎の声は、そこで途絶えた。 本当に隠し扉があり、絡繰り仕掛けのよう開いて、彼を中に閉じ込めてしまったのだ。
「おいおい、本当にあるのかよ……大丈夫か?」
「大丈夫でござるよ。夢之介……お前は帰れ。拙者は、このまま探索をしてみようと思うでござるよ」
「チッ! ダンジョン馬鹿め」と夢之介は吐き捨てた。それから呆れたように――――
「おいおい! ここは殺しの現場だぞ、正気か? まぁ、俺たちの正体が露見するような間抜けじゃないのは知ってる。探索するなら、このまま数日は潜って出て来るんじゃねぇぞ」
「心配いたすな。数日の
「そうかよ。それじゃな!」と夢之介の声が遠ざかって行った。
1人になった景虎は、「さて……」と暗闇を歩き出した。
「古びた通路。埃とカビの臭い……どうやら水分があるようでござるな。ならば――――」
「当然、魔物がいる」と言いかけて声を止めた景虎。 通路の前方は、空間が広がり大きな部屋になっている。
景虎は、「これは大物の匂い。どう見てもボス部屋ではござらぬか?」と声を潜める。 きっと誰が聞いても、声が弾んでいるのはわかるほどの嬉々。
そして、ゆっくりと足音を殺して、ボス部屋に入り込む。 部屋の主はどこに――――
いた。
そこには、赤い蛇————否。 それは蛇などではない。
蛇と似て非なるもの。それは
そうやら寝ているようだ。それを見た景虎は――――
「赤いドラゴンでござるか。これは腕が鳴る」と駆け出していた。
その巨体には圧倒的な存在感を有していた。
きっと、全身を包む赤い鱗は、平凡な剣や魔法を弾いて無効化するだろう。
きっと、口元から覗いている牙は、鋼鉄の鎧すら噛み砕いてみせるだろう。
きっと、その腹に貯め込んでいる魔力は――――
その強さを称える言葉なら、いくらでも出てくる。そんな強い強い……世界最強の生物であるドラゴン。それが目前にいる喜びを景虎は爆発させた。
それからの記憶はない。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
気づけば、目前のドラゴンは傷だらけだった。
強固で有名な鱗には、複数の刀傷は走っている。 いくつかの鱗は地面に剥がれ落ちている。
そして、幾つもの
景虎を睨みつける鋭い眼光。しかし、片目は激しく流血している。おそらくは眼球を損失しているほどのダメージ……いや、ドラゴンのダメージを語るならば、その巨大な翼。
背中に2つあったはずの翼は、切断されて今は1つのみ。 残った翼も飛膜を失い、二度と空を舞う事はできないに違いない。
景虎は思う。
(きっと自分の体もボロボロなのだろう。だが、目前のドラゴンよりはマシに違いない!)
その手に握った刀————斬魔刀が煌めいた。
ドラゴンの顎が開く。 これから何が起きるのか? きっと誰もが簡単に想像ができるだろう。
喉元から赤い炎————それは赤い閃光に代わり、景虎の体を赤く染めていく。
だが、景虎本人は――――
(構うものか! 例え、この身が残らぬほどに火炎を吐くとしても、それよりも前に――――)
「その素っ首! いただいた!」と刀を振るう。
魔物を屠るためだけの刀。 魔物を屠るためだけの技。 魔物を屠るためだけの肉体。
それが、有村景虎である。 それが、それだけが有村景虎の全てであると言い切れよう。
そして、それは最強の生物であるドラゴンが相手であろうと、葬り去るのである。
ズシュッ――――と何かが切り裂かれ音がした。
ドスン――――と何か大きな物が地面に落ちた音がした。
それは、切り裂かれドラゴンの首である。それを景虎は遅れて理解した。
自分がドラゴンを斬り倒したという事実を――――
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