実話怪談アルバム 霊和

かわしマン

第1話 いもうと


───お兄ちゃん待って!エリカだよ!置いていかないで!

 

 深夜二時。居酒屋のバイトから徒歩での帰宅中。人通りなどまったくない住宅街で、妹のエリカが背後から甲高い声で叫びながら追いかけて来た。でも絶対に振り向いちゃだめだ…。


───お兄ちゃん待って!エリカだよ!こっち向いて!


 一目見てみたい。そんな衝動に駆られる。それでもやっぱり振り向いちゃだめなんだ…。


 だってエリカは、この世に存在しているはずがないのだから。実態を伴った生身の人間として存在してはいけないはずなのだから。


 だってエリカは「絵」だから。自分が描いたコンピューターグラフィックの「絵」なのだから。

 

〈十三歳の中学一年生の妹〉という設定で描いた、パソコンの画面上でしか存在し得ない二次元の「絵」なのだから。

 

 エリカの存在は誰も知らない。どこにも公表していない。だから誰かが俺をからかってエリカのフリをして追いかけて来ているという事もないはずだ。

 だから絶対に振り返っちゃだめなんだ。

 もし振り返ってその姿を見てしまったら、きっと自分はもう「現実」に戻ってこれない。そんな気がする。


 全速力で走り、アパートにたどり着く。

 ドアを開け部屋に入ると急いで鍵を締めた。

 ドンドンドンドンドンドン!

 ドアが叩く音がした。

 

───お兄ちゃん開けて!エリカだよ!部屋に入れて!入れて!入れてえええ!


 パソコンを起動させソフトを立ち上げる。

 そしてエリカを〈削除〉した。


───ぐぅぎゃああああああああああああ!


 金属が削られるような断末魔の叫びがドアの外で響き渡り、そして、消えた。


 二十代後半のフリーター朝井さんが、令和になってすぐの頃に体験した話しである。

 今はもう絵は書いていないという。

 



 

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