1-1-1〜父親の消えた司命簿〜

柏麟ハクリン上帝じょうてい。お助けいただきありがとうございます」

 すると、母親は膝をつこうとして身をかがめる。


 柏麟ハクリンは、母親の肩を優しく持って引き上げる。

「そんなにかしこまる必要はない」

「ここが危険にもかかわらず、我がそなたに忠告しなかったのが悪いのだ」

「本当にすまぬ」


「そなたは、娘を治す医者とそなたの夫を探しているのだろう」

「娘については、我が治してやろう」

「そなたの夫についてだが...」

星命セイメイから、そなたの夫の司命しめい簿を預かっていたが、半年前に消えている」


 司命しめい簿とは、個々の人生を記録する特別な書物であり、星辰太陣せいしんたいじんの入り口付近に保管されている。人が経験する度にその経験が文字となって書かれていくのである。柏麟ハクリン星命セイメイは内容を見ることができるが、その内容に手を加えることは一切できないようになっている。


「そんな...。つまり、わたくしめの夫は亡くなっているということですか?」


「いいや、そうではない」

司命しめい簿が消えるのは、本人が完全に記憶を失った場合のみだ」

「しかしながら、我や星命セイメイの手でも、そなたの夫を探しているが、見つからない」

「なにか知っていることはあるか?」


「いいえ。しかし、『みやこに遠征に行く』と言って出ていってから会っていません」


「都?」


「ええ」


 柏麟ハクリンは、顎を触りながら、

(都周辺には、結界があるはずだ。しかし、弱まっているようだな)

(更に、現在の都周辺は、我々の神殿がさほど多くはない)

(我々も情報が得にくく、知らぬ間に記憶を失わされ闇にさらわれるのも無理はない)

(しかし、都にというのも変だな)

星命セイメイ。都の結界を調べてくれ」


「承知しました」

 星命セイメイは、電光を走らせ空へ飛ぶ。


 すると、少藍ショウランは紳士に近づき、柏麟ハクリン下裳かしょうの部分にしがみつく。

「ママを助けてくれてありがとう。仙人さん」


 母親は、

「違うわよ。『柏麟ハクリン上帝じょうてい』だってさっきも言ったじゃない」

「こら! 不敬ふけいだからやめなさい。」


 少藍ショウランは、「ごめんなさい」と言い手を離す。


「吾はそのようなことは、さほど気にしない」

「礼儀や作法は、祭壇の前だけでよい」

 すると、柏麟ハクリンは、少藍ショウランに近づき、

「そなた。吾の弟子にならないか?」

「そうすれば、そなたの母親も妹も守れるようになれるぞ」


「ほんとに?」


「ああ。そうだ」


「弟子になる!!」


 柏麟ハクリンは、少藍ショウランの帯の部分に手をかざすと手のひらに収まる大きさの青銅製の鐘が現れる。

「それを常に身に着けておけ。吾の弟子としてな」

と言い、頭を撫でる。


「やった! 僕、神様の弟子になった!!」


 柏麟ハクリンは、立ち上がり

「都に一番近い神殿に移動する。皆、そのまま動かないでくれ」


 すると、家族と荷車に優しく紐のようなものが巻き付き、辺りが見えなくなるほど、強く光り輝いた。

==========

 下裳かしょう:漢服(漢民族の伝統的な服であり、「上衣じょうい下裳かしょう」と呼ばれる服)の下の部分。漢服については、織姫と彦星が着ている服を想像してもらえればわかるだろう。

 ちなみに「中国の伝統的な服」と言われ、みなさんが思い浮かべているであろう(「チャイナドレス」や「旗袍チーパオ」と呼ばれる服)は、満州族の伝統的な服である。

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