+++第三話:プロローグ(3)彼らの行方・・・一方は犯罪者、他方は勇者




 「――――ハア、ハア、ハア・・・・・ハア・・・・・」

 

 

 

 ”「手始めにこの街の掃除をします―――――――」”

 彼女の言葉を聞き、俺はその場を駆けだした。

 

 

 まさか、な・・・。

 きっと、いや間違いなくそうだ。

 だって、王国軍は―――――――――。

 

 

 

 ”

 

 「―――――――王国軍は、正義の味方なんだぜ!」

 

 ”

 

 

 

 

 10年ほど前の話。

 とある極北の町で、セシル・ハルガダナはそのとき初めて’王国軍’と遭逢した。

 彼の友人はまるで自分の武勇伝でも語るかのように、古びた絵本に書かれた彼らの雄姿を話したのだ。

 

 それによれば王国軍は困っている人の味方・・・悪者から民を助け、侵略者から国土を守っているらしい。

 どんな困難にも立ち向かい、仲間と協力し乗り越える。

 英雄的に描かれた彼らは、そして誰にでも優しかった―――。

 

 なんて魅力的なストーリーだろうか、これほどに幼い男子の心を惹くものはそうないだろう。

 

 しかしながら、達観ぶって、ませた子どもは、見たこともない偶像には無関心を装っていたのだった。

 

 

 

 (ああ、でも・・・・心の隅ではきっと、憧れていたんだろう)

 

 だからこそ・・・・・。

 「・・・・。」

 

 

 

 

 先ほどまで、平和だった街並み。

 それがいまは――――。

 

 

 (・・・・・・・)

 

 

 地獄か――――ここは?

 

 右を見れば女性の遺体、彼女には首から上が存在していない。

 あっちには小さな身体がうつ伏せに横たわる。

 

 もちろん、ピクリとも動かない。

 

 

 

 

 

 (こんなこと、王国軍がするはずがない―――)

 この期に及んでなお、俺は現実をゆがめていたのだ。

 

 あれは、あの女の馬鹿げた狂言・・・・兵士たちのこの行動にはきっとなにか理由があるはず。

 そう―――たとえば、この町は凶悪な強盗団の根城―――とかが有力だろうか?

 

 いやいや、待て待て・・・・それだと女性はともかく、子どもまで殺す必要はないはずだ。

 そう、だよな―――――?

 ―――違いますか?

 

 

 「はあ、はあ・・・・・」

 

 

 夢中で走った。

 言い訳を考えながら、凶行を横目にしながら。

 彼らは不審な俺には目もくれず、ただただ町の住人を殺し続けた。

 その様相、様態・・・すべてが俺に現実を突きつける。

 そして、結局俺はこのとき本当の意味で、夢から覚めたのだ。

 

 

 「どうして、お前がここにいる?」

 たどり着いたその場所には、武装した兵士らと彼らに指示をだす二つの影があった。

 状況からして、彼らは王国軍の指揮官であることは間違いないだろう。

 茶髪の男に見覚えはない・・・だが隣の長髪の男――――!

 

 「もう一度聞く、どうしてここにいる⁉」

 (俺を刺した、お前が―――)

 

 

 周囲の視線が集まるのを感じた。

 敵意よりも困惑に満ちているらしい。

 

 

 「ああ、こうして目にすれば・・・実にあやし・・・」

 「いい、ゴーナル。僕がやるから、作戦に戻ってくれ」

 

 前に出ようとした男を、もう一方が制止する。

 すると、長髪の男は一度こちらをじっと見つめてから去って行った。

 

 

 「遅れたな、僕は王国軍兵士アーザーポック・マキバロ少将位。

 セシル・ハルガダナ・・・君には悪いことをしたね。

 でもわかってほしい、あれは大いなる目的のため経るべき過程だった」

 

 そう言いつつ、ほとんど悪びれる様子もなく、男はこちらに語りかける。

 

 (そんなことはどうだっていい)

 

 

 「たが、どうだろう?

 きみさえ良ければ予定通り王国軍に入りたまえ。

 悪いようにはしないさ」

 「では、やはりあの細目の男も、トレイノルという少女も!

 ・・・・王国軍、ということでいいんですか?」

 

 「ああ、だから―――――」

 (――ッ‼)

 

 男がそこまで言いかけたところで、セシル・ハルガダナは右足で地面を強く蹴った。

 

 悪意のある攻撃。

 そう認識すると男は襲撃者の蹴りを剣で受け、後ろに飛び退き衝撃を緩和する。

 王国軍兵士であれば、訓練で何度もやってきた技術だ。

 

 

 

 「⁉

 どういうつもりだ⁉」

 「それはこちらのセリフですが‼⁉

 貴方がたが王国軍であれば、なぜ民間人を襲うんです⁉」

 

 (正直、俺が殺されかけたことはこの際どうでもいい)

 こうして生きてるる理由だし、期日までに兵士として登録できなかったこちらにも非があった。

 

 

 だがこれはあまりにも残酷すぎるッ・・・!

 

 俺の問いに茶髪の兵士は元々細い目を、さらに窄ませた。

 

 

 「はあ、はあ・・・くそッ!」

 

 おいおい・・・・もう答えは出ているだろ⁉

 

 ずっと気になってはいたんだ・・・・この町では亜人族にしか会わなかったこと。

 なぜか彼らは、俺たちにどこか気を遣っているような感じだったこと。

 それに加えて、マーシャ・トレイノル・・・あの女が本当に王国軍だとするなら――――。

 



 ”

 「ニホンジンは、ぬるすぎる」

 ”

 


 

 「―――――――利用したんですか⁉

 この町を、シバウラたちを王国兵として教育するために」

 

 

 「教育・・・・?

 

 

 ・・・・・・ああ、そうか。

 きみはあれだろ?

 長く辺境の田舎にいたんじゃないか?

 きみのような、世間知らずはたまに徴集されるよ」

 

 少将位は冷たい声で、侮辱するようにこちらに吐き捨てる。

 

 「・・・・」

 (世間知らず――――?)

 

 

 

 「故郷では、亜人と仲良しだったか?

 ―――――だがな!

 それもそのうち終わるはずさ、融和や黙認は罪深いこと。

 この国にいる亜人は、一匹残らず根絶する・・・それが王の方針だ」

 

 そして、彼は付け加えるように俺を諭し始める。

 

 「ちなみに、これはきみのための作戦でもある。

 適応しないと、これからは生きていけな――――」

 

 (そんなことは―――)

 「――話は後でいい!

 とにかく・・・いますぐこの虐殺をやめさせろ!

 あんた、そこそこ偉いんだろ⁉」



 「・・・・・・・」

 異様な沈黙があたりを包む。

 彼の口からはなかなか次の言葉は出ないが、しかしそれは想定通りのものだった。

 

 もはや、俺は――――いや、この男も。

 お互いがお互いを、認識すらできていなかったのかもしれない。

 

 

 「・・・・。

 えっと、話聞いてた?

 国家謀反は死罪なんだけど」



 (―――ッ!)

 

 これが・・・・おかしいと思うのは、俺が世間知らずなだけか?

 

 普通の人が寄り付かないような辺境地、だが、いろんな種族が協力して生きてきた。

 亜人と呼ばれる獣人族、魔人族。そして、当然に人間族も・・・。


 みんな仲良く、助け合っていた。

 そんな環境の方が、逆におかしいって言うのか??







 「・・・・・・・・あんた《・・・》は、なんとも思わないのか?」

 「ああ、もちろん。

 これが正しい・・・」

 

 

 なんの悪びれもなく、男はそう答えた。

 そう、それは彼の紛れもない本心なのだろう。

 

 

 

 (ああ――――)

 


 「―――そうかよ。

 だけどその考え方だけなら・・・・少しだけわかる気がするけどな・・・・」



 (そんなわけ、無いだろ)

 ―――おかしいのはお前らだ。



 俺は足に力を込め、全力で地を蹴り抉った。


 「俺は多分、いまあんたを殺しても・・・・引け目を感じない!」

 「―――!」

 

 

 (戦る気か⁉)



 「はき違えるなよ⁉

 彼らを殺すことは、家畜にすることと同じはずだ!

 では、なぜ後者は許される?」

 

 

 報告によれば、彼は大したことない。

 

 (所詮は偽善・・・・実力もゴーナル少将に瞬殺されたレベルだろう?)

 

 マキバロは魔力を腹で練り・・・・視界の中心に彼をとらえる。

 

 

 

 しかし、セシルの姿は一瞬にして彼の狙いから消え失せた。



 

 (・・・・・・・家畜は言葉を話さない・・・!)

 



 困惑する兵・・・・振り出した俺の拳は、彼の顔面を正確に捉えた。


 「―――グォフッ゙⁉!!」

 (は、速い…⁉)


 それになんだ?

 

 この、威力は――――‼⁉


 

 「なんで、わからないんだよ・・・」


 セシルは少将位の手から離れた剣を掴み、地面に倒れた彼の方に向かった。



 「家畜は――――捕まえた虫を自慢気に見せたりしないはずだ!!」







 「ま、待て・・・・・やめてくれ、やめろおおおおおおおッ―――――――――!!」


 

 

 

 

 

 *






 セシル・ハルガダナとアーザボック

 舞台は変わって、王国軍”ガラムバト”特別作戦本部――――。

 

 

 

 司令官の席に鎮座するのは、経験豊富な老兵。

 

 彼女は、多少の犠牲の可能性を認識してはいた。

 長年の経験からして、想定通りに事が進まないことも知っていた。



 

 そして――――――。

 ローシブシ・ナルノルカ中将は今回、慌ただしく動く兵士たちに不測の事態を予測していたのだ。

 

 

 

 

 「――――――報告です!」

 「来たね?手短に伝えな」


 「はっ!

 こちら側の被害が急激に増加しています・・・・!

 すでに、作戦を指揮していたマキバロ、ゴーナル両少将位が戦闘不能の模様で、戦局は混乱しています!」

 



 「――‼??」

 (あの二人が・・・・・⁇)




 ふむ・・・・。


 (少将クラスが二人も・・・こうもあっさりと、同時多発的に)

 

 

 「・・・・・ハア」

 考えてる暇はないか・・・とにかく――――。

 

 

 「・・・これは、想像以上だねぇ・・・・・。

 すぐに王都と、それから南東支部にも連絡をいれな!」


 そのように部下への指示を出すと、中将は羽織を椅子にかけて建物の外に速歩いた。




 「まったく、腰が痛ぇのに・・・・まだまだ若いのには任せられないってことね」

 

 勇者だなんだっていえども、結局負担がかかるのは私ら”ベテラン”じゃないか。

 軍隊が強くあるためには、大原則としてそこに居る兵も強くなくてはならない。


 ――――――――しかし、どうだ⁇

 最近は「こんなもんか」と、すぐ投げ出す兵士も多い。

 

 天才的な才能も出て来ている一方で、その逆も一層目立つようになった。

 

 

 

 

 (あたしがまだこんな場所にいるのが、いい証拠)




 「―――――やっぱり、最近の子らには年配を労ろうって気がないわけだ」



 腰に手を当て、現状を推察する。

 兵士一人ひとりにも、思うところはあるわけだ。

 

 あたしだって、人形じゃないんだからねぇ・・・。

 


 

 (――そう、思ってたんだけど・・・)


 本部の正面広場に、待ち構えるように男が立っているのがわかる。



 (・・・手に持っているあの剣)

 

 ―――間違いない、マキバロのだね。


 

 

 

 「―――比べて、あんたはなかなか出来たガキだ。

 出迎えてくれるなんてさ」

 

 「・・・・」



 男から反応はない。

 彼はただ肩で呼吸を整えながら、思い詰めるようにこちらに視線を向けた。


 

 

 「そんなに魔力を溜め込んで・・・おしゃべりしに来たわけじゃないってことかい??」

 「・・・・・ああ、流石にもう・・・話しても無駄だって理解した」

 

 

 

 「ああ、そうかい」

 (悪いね、そんな目で見られても・・・あたしにはわからないんだよ)

 

 ナルノルカは、冷ややかな―――落ち込んだようにも見える表情を作った。

 

 ジェネレーションギャップってやつなのか、なんなのか。

 そう言えば、私も若いときは・・・・って、いったい何年前の話なのやら。

 

 

 

 ・・・・・昔は、みんな偉くなるために上の命令は絶対だった。

 どんなに実力があっても、いまみたいに完全自由行動なんて考えられなかったんだよ?

 

 あたしも必死だった・・・必死に生きて、その結果がどうなった?




 

 

 ”

 

 「――――お母さんって、夢がないよね」

 「なに?私はあんたのことを思って――――」

 

 「ごめんなさい、もう無理。

 所詮親と言っても、他人なんだよッ‼」

 

 ”

 







 「・・・・・・・」


 むなしいね・・・あんたみたいな生き方をしてたら、あるいは――――。

 


 「・・・?

 なんだよ?」

 「いや?少しうらやましくなっただけさ・・・」

 

 若さは力・・・その期間をどう使うかはその人次第さ。

 



 (でもね・・・)


 「選択に責任はもちな?私は本気で殺しに行くからね」




 「当たり前だ、あんたもせいぜい気をつけろよ」

 「なに?」

 「あんたは、そっちを選んだんだろ?」

 

 

 

 「――――‼」


 (しまった――)

 中将の口元に血が滴り、老婆は苦しそうに崩れ落ちた。




 「これはッ・・・・!」

 「この畜生共め‼よくも私の家族をッ―――――!」




 振り返ると背後にいる女性が、ローシブシ・ナルノルカの背中を包丁で突き刺している。

 

 (獣人・・・!町の人間か!)




 「あんた、俺に気を取られすぎなんだよ。

 この人たちは動物じゃない・・・理性的な人間だからな」

 

 (―――‼)




 そうか、そうだね・・・。

 

 いま、ならわかる気がする―――――。

 




 「頑張りな・・・せいぜい悔いのないようにね」

 

 

 

 「・・・⁉」

 その姿に、セシルの表情がこわばる。

 

 ――――なんなんだよ、なんで。

 そんなにすがすがしそうに―――――。 

 

 

 (人間を一人殺した――――俺が殺したも同然だ)

 加熱していた彼の心に、小さなひびが入る。

 

 理性―――良心という、人間としての根幹の部分が、復讐の曇天から覗き始めた。

 


 

 「――――ッ‼」

 (いや、これでいい・・・)

 

 ぶれるなよ、俺は・・・・・このままこの町を守――――――――――――――――――ッ⁉

 




 素早く動く影を知覚したときには、すでに遅かった。

 俺の脇腹に軽い横傷ができ、鋭い痛みが走る。


 まったく反応できなかった・・・・軽症にしたのはわざとか―――!




 「―――クミシマ、キリヤ!

 どういうことだ⁉お前たちはそっち側なのかよ⁉」


 目の前の二人は、明らかにこちらを向いて武器を構える。




 「・・・ごめんなさい、ハルガダナ君。

 でも、これ以上やれば・・・あなたは確実に殺されてしまうっ‼」


 赤くなった刀を持ち・・・クミシマは悲しそうにこちらを見つめた。




 「まじで・・・どういうことだよ・・・ッ‼」


 俺もまた、整理が追い付かずに頭を押さえる。

 そんななか、キリヤは冷静に俯瞰しているように感じた。

 

 

 

 「俺たちは勇者だ。

 お前のことは、なんとかしてやるよ」


 なにもかも、理解しているのか―――。

 

 彼の言っていること・・・抽象的だがその意味がわかってしまう。

 俺も・・・・なんとなく状況に慣れてきているんだろう。

 

 (ただ―――それを理解して、信じたくないだけで――――)

 

 

 

 そう、そうだろ‼⁉

 

 

 

 

 ||||||||||||||||||||||||||||

 

 「そういうことじゃねーんだ!!

 王国軍のやってることは、間違ってるはずだって言ってんだ!

 それとも日本ではこれが普通なのか⁉」

 「言われたんだよ!!

 その日本に帰るには、王国軍の力が必要だ!!

 過去には戻れねぇ、俺はいまあるものを守る!!」


 ||||||||||||||||||||||||||||

 

 

 

 

 


 「「ハア、ハア・・・・」」



 それぞれ、思っていることをぶつけ合う。

 どちらも正しいんだろう―――結局、対立する意見を完全に消化しあうなんて不可能だ。

 

 

 (・・・・・・)

 

 議論は平行線・・・・・・俺は、でもお前らとなら、あるいは――――――そう思っていたんだけどな。

 これが最後だろ――――――――?つまり、わかり合えないってことなのか⁇

 

 

 

 

 

 「お前らは、それが正しいと思ったんだな」

 「・・・そうよ。

 私たちには私たちで、王国側に協力しなくてはいけない理由がある。

 そうでしょ・・・?私たちは神じゃない・・・・それぞれ自分たちの都合があるの!」

 

 

 

 (なんでそんなに、突き放すんだよ・・・)

 

 一緒に過ごしたあの時間は…絶対死ぬと思ったあのときもそうだ、なんとかなったんじゃなかったか?

 

 お前らがエレナやトレイノルと出会ったのは必然だったかもしれない。 

 だが、あのとき・・・・ミヤダイが俺を見つけたのは?

 

 

 

 なにか――――意味があったんじゃないか?


 それをも無意味なことだったと、偶然に決まってると吐き捨てるんだな。




 (・・・そうかよ)


 キリヤたちが元の世界に帰りたいと思うのはわかる。

 だが、どんな事情があるにせよ、もっと別のやり方を選ぶべきだ。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・。




 「――――はぁァ・・・・ていうか、勇者ってなんだよ?

 似合わないって・・・・外道の間違いか?」

 「・・・・・⁉⁇

 はあ⁉」

 

 俺はここで、挑発するように彼らに語り掛けた。

 方法を変える・・・・何としてもこの状況を切り抜けなければならない。

 そのため、対象はあえてキリヤ一人のみに絞る。

 

 

 「なんだよキリヤ。図星か⁇」

 「てめえ、今日はよくしゃべると思ったら・・・なんだ?

 喧嘩――――売ってるのかよッ⁉」

 「おいおい、そんなに興奮することないだろ??

 違うと思うなら、そうだと・・・堂々としてればいい」

 

 たまっている不安をぶつけたいからというわけではない・・・いや、それもあるか。

 いずれにしろ、すっかり思いあう雰囲気など消え失せた。

 俺のあの発言から両者の言葉がいっそうにとげとげしく変化する。

 

 

 

 「―――やめて二人とも」

 

 

 (クミシマ・・・だが実際はお前だってそうだろ⁇)

 

 「―――いいや、やめないねっ‼

 図星突かれてキレるとか、子どもか?

 それにお前ら、なんか調子に乗ってるみたいだが・・・そんなに強くないぞ?

 王国軍に持ち上げられて、喜んで・・・うまく利用されてるのがわからないか??」

 

 「うるせぇよ!

 少なくともお前よりは強ぇだろ⁉

 ・・・・・・この瞬殺野郎が!!」

 「瞬―――――⁉クソが、だったら試してみろよ!!」

 


 

 「――――ッ!」

 俺の言葉に・・・・さすがのキリヤも躊躇したのか少し溜めを作った。

 しかし、ヒートアップした両者はもはや・・・・なにがあっても止まることのできないほどに、暴走していた。

 

 

 

 「――――上等だ!!死んでも恨むなよ!!」

 

 そう前置くと、すさまじい量の魔力を練り上げ・・・・キリヤは炎をまといこちらにすっ飛んでくる。

 

 

 

 「やめて桐谷君‼これ以上やったら彼が死んでしまうでしょ!」

 「―――おおおおおおおお‼」

 

  

 

 もはやクミシマの声など、届いてはいないだろう。

 キリヤはあふれ出した魔力を解放し、直線距離で百メーター以上の巨大な炎の大波を起こした。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「――――S級炎魔法:ジメグア・ロ・マネスコ‼‼‼‼」

  

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 

 

 

 「――――――――ッ⁉」

 

 おいおい、なんだよこれ⁉

 勇者だなんだと言っても、二週間前まで魔法すら知らなかったようなお前が⁇

 

 轟音と熱さに包まれ、もはや視覚や聴覚では周囲の状況はつみにくい。

 

 生み出された上昇気流や暴風で、辺りの物が乱雑に舞い散っていく。

 業火に近づけば、それらは瞬く間に燃えカスとなってしまうだろう。

 

 

 

 (俺が―――――?殺す気でうった―――――――‼‼⁉)

 

 

 

 瞬間、冷静さを戻したキリヤはそう自戒するが・・・・それだけでは済まないだろう。

 

 もしかしたら、町は一部消え去ってしまうかもしれない。

 そのくらいの威力だった。


 (ああ・・・・)

 おそらくは、キリヤは俺の実力などすぐに追い越してしまうかもしれない。

 俺は目の前の光景に、純粋にそう感じた。

 だが、それはいまじゃない‼ 

 

 

 

 「――――――アイス・ラ・スクナ」

 

 俺はそう唱え、近づいてきた豪炎に向かって左手を伸ばした。

 すると一転、辺りは信じられないくらいの冷たい冷気に包まる。

 

 ―――――――炎の大波はその流動的な形状を保ったまま、一瞬にして凍り付いた。



 

 「・・・・・なんだ、、、これ」


 先ほどの勢いは炎とともに消え去ったように・・・・・キリヤはまるで寝ている友人を起こさないよう、気を使ってしゃべっているかのようだ。

 



 「ハアハア・・・・頭は冷えたかよ?」

 激しい頭痛に耐えながら、俺はそう問いかける。

 

 俺が氷の間から現れると、彼らはやっと状況を理解したようだった。

 キリヤは驚き、というよりも恨みに近い感情を俺にぶつける。

 

 

 

 「てめえ、普通に強いじゃねぇかよ・・・!」


 「自分が”弱い”、なんて言ったことはない。

 お前らが瞬殺だ、死にかけだ、と勝手に言ってただけだろ。

 あのときは・・・・なぜか魔法が使えなかった」

 

 (おそらくは――)

 

 

 

 

 "

 「あなたのせいですよ?この子がただの気持ち悪い獣人に―――」

 "

 

 (・・・・・)

 

 

 

 「なめやがって・・・」

 威勢よくこちらに駆け出すキリヤだが、振り上げた左足が地面に着地することなく倒れこんだ。

 さすがに違和感があったのか、自分の脚を見ると・・・・彼は悲鳴を上げる。

 

 「―――なんだこりゃあ⁉

 おい、てめえ‼」

 「氷魔法だ。

 安心しろ、適切に処置すれば溶けるようにしておいた」

 

 

 

 「・・・⁉

 ふざけんなァ!!」




 |||||||||||||

 |||||||||||||

 」           「

 「――――――やめろッ‼」

 」           「

 |||||||||||||

 |||||||||||||




 無理やり飛び起きようとした彼を、何者かが制止する。

 迫力のある声色は、流石にいまのキリヤにも届いたようだ。

 

 

 

 「はあ・・・はあ・・・」

 

 彼は吐息を付きながら、驚きの表情を浮かべる。

 声にする先、そこにはまたもう一人の勇者【マモル・シバウラ】が立っていた。




 「―――――きみは、きみたちはッ・・・・‼

 いったいなにをしているんだ⁉こんなときに、仲間割れをしている場合なのか⁉」

 

 彼は吐血しそうなほどに大きな声を絞り出し、苦しみに悶え表情を作った。

 

 

 「隼人、七瀬――――――ハルガダナッ‼

 エレナはどうしたんだ、彼女を守るのはきみの―――――」


 「――――エレナは死んだ」

 「――――!!????」


 文字通り絶句したシバウラだが、表情は悲しみではなく後悔のような情が読み取れる気がした。

 

 

 

 「―――頭の良いお前なら、もうわかってたか?」

 「―――ッ!

 だとしても・・・。

 それをなんとかするのがきみの責務だったんじゃないのか⁉」


 理不尽、憎しみ・・・そのすべてをぶつけるように、シバウラはこちらをにらんだ。


 

 

 

 「・・・・」 

 「――――やめて、芝浦くん。彼は悪くないわ・・・どうしようも・・・・・・なかったの」


 俺がなにも言わないと、彼女は変わって震える声で否定する。

 

 (・・・・・・それに関しては、俺が悪い)

 それでもいい、だが・・・・いま大事なのはそれじゃねぇって‼

 

 

 

 「―――シバウラ、お前はどうなんだよ‼

 ニホンに帰るためなら、王国軍に協力して人を殺すのか⁉」

 



 「・・・‼

 それは―――――ッ、いや・・・・。

 そんなわけ、無いだろ!

 俺は・・・・俺には、もうなにがなんだか、わからないんだよッ」

 「――――!」

 

 彼は信念深く感じさせる声で、そう俺の心に訴えた。

 下唇から垂れる鮮血は、彼の悔しさがうかがわせる。

 

 

 

 「――――ただ、人として正しくありたい!!

 そう思っていることは間違いないッ‼」

 

 

 

 

 「芝浦くん・・・・」

 「ッ!

 クソが・・・・!」

 

 

 

 

 後悔―――冷静―――安堵。

 彼の言葉に、その場の三者は三様の反応を見せた。

 

 

 「――――はあ・・・・そうか」

 キリヤたちはまだ納得していないようだが、少しだけ緊張が和らいだ。

 

 「なんだよ?」

 「いや・・・・すまん。

 正直疑ってた」

 

 あの感じ―――少なくとも俺には、嘘には思えなかった。

 しかしシバウラは俺を攻めることはなく、逆になぜかバツが悪そうな表情を見せつつ話を進める。

 

 

 

 「――――いいんだ。

 とにかくいまは、これからどうするか考えないと。

 ハルガダナはとりあえず、隼人の足を治してくれ」

 

 

 

 (・・・・?)

 「ああ、わかった」

 

 少し戸惑いながら、俺も彼に従うことを決める。

 だが俺の姿に、キリヤはまだ悪態をつくままだ。

 

 「チッ!

 早くしろよ」

 「動くなよ?

 バラバラに崩れても知らないからな」

 「―――わかってるッ‼」


 その言葉に少しだけでも安心をすると、俺は魔法で氷を溶かし始めた。

 とっさの判断で少し強めにかけてしまったからな・・・慎重に、筋肉と神経系の解凍を進める。

 

 でもよかった・・・・。

 柄にもなく、泣きそうなほどの感情の波が押し寄せる。

 

 狂った価値観・・・・衝突する二つのうちそれは俺の方ではないと、方法は違えど三人はいま示してくれたのだ。

 途方もない安ど感が、俺を一瞬にして取り込んだ。

 

 この世界で、俺が勇者たちと出会えたのはやはり必然だったのだろう。

 彼らが居れば、世界を変えられる―――そんな気すら沸いてくるのだから。

 

 

 ――――――――だからこそ、突然のことだった。


 なぜだろうか?

 よくわからないが・・・・とりあえず俺は、やはり心の何処かでニホンというラベルを信用していたのかもしれない。

 

 愉快な来訪者から聞かれる、夢のような場所のことを。

 

 

 

 「・・・・すまない」

 背後からシバウラの声が聞こえると、俺は彼がなにを考えているのかなんとなく察することができた。


 (しまった――――)

 

 振り返るまもなく、力強く下ろされる聖剣が大気を削り切る音を聞き取る。

 

 〈ドチャ〉

 

 鈍い音とともに、俺の体に温かい液体が飛び散った。


 

 ここまでか――――。

 勇者、それがお前の選択ということなら――――。

 

 

 それが、正しいのかもしれないな。

 

 

 

 最後に聞こえてきたのが、シバウラの嗚咽交じりの鳴き声であることが俺にとって多少の救いとなったことは言うまでもない。 

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・」

 

 「・・・。」

 

 

 

 

 (・・・・・・なんだ?)

 

 さすがに死を覚悟した俺だったが、感覚ははっきりしているのに、なぜか痛みすら感じない。

 

 

 

 (・・・?)


 「な、なんだお前は⁉」

 

 驚いたようなシバウラの声が俺の耳まで届く。

 やっと振り返った俺の目には、群青色のカール髪でやせた男の背中が像として映し出された。

 

 「ゲホッ・・・俺は、熱い心を持つ男・・・その熱さは聖剣をも溶かし・・・・勇敢な青年を一人・・・・救ったのだった。

 ゲホッゲホッ・・・・」



 (――――なんだ?いったいなにが起こっている・・・?)

 

 そう思っていられるのもつかの間、左前方の民家が粉々になって吹き飛ぶ。

 そして――――――そこから現れた軍服の男が、長髪の男を切りつけた。

 

 

 

 「ゲホッ―――――――ああ、俺の心が燃えている限り・・・・斬撃も打撃も銃撃も無効だ・・・・・・・」

 「ほざけ、この・・・くされ半竜が・・・・ッ‼」

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 


 『撤退だァー‼“ベクラマ”が来たぞォ‼急げェー‼増援部隊に合流し、南エラエクスまで撤退しろォ‼』

 

 

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 


 

 大きな叫び声が、そこかしこで聞こえ始める。

 撤退――――そう伝えながらも、こちらには続々と兵士が現れる。

 

 彼らの一部は手負いの兵士を担ぎ上げると、馬車で文字通り退き始めた。

 視線を移すと、勇者たちもまた例外ではないようだった。

 

 

 「お、おい!

 なにすんだ・・・俺はまだ―――――!!」

 「やめろ勇者キリヤ・・・暴れるな!」

 

 

 

 「――――桐谷君ッ!」

 それを見たクミシマは、王国軍が仲間であるとわかっているのだろうが・・・しかし心配そうに声を出した。

 

 

 「なにをしている、お前たちも早く続け!」

 「―――え?」

 「聞こえなかったか?!撤退だ!町の南にも荷馬車が待機している。走れ!」

 

 「は、はい!」

 

 俺の方をちらっと伺うと、シバウラはなにか悔しそうな、悲しそうな表情を浮かべた。

 

 

 

 「七瀬、急ごう!」

 「わ、私は・・・・」

 

 「考えろ!僕らはニホンに帰るんだ!!」

 「でも、まだ彼が・・・・・・・・・。

 

 

 

 ――――ッ!

 いえ、そうね。

 ごめんなさい」

 

 

 そうして、クミシマは彼女らしい覚悟の表情を作る。

 そのような会話があったあと、二人の勇者は二度と振り返ることなく、その場を去った。

 

 

 

 

 

 「――――ッぐ・・・・・!」


 結局、そのまま盤上に俺だけを残し、状況はうねるように進み続ける。

 俺は自分に向かって振り出された剣を、落ちていた剣でなんとか防いだ。

 



 「なにをしているんです、俺は王国軍の訓練兵・・・・セシル・ハルガダナです。

 ―――剣を下ろしてください‼」

 「なにをしている、だって?

 俺は王国のため、スパイを殺そうとしているところさ」



 「――スパイ⁇」

 「お前、この町にいる化け物どもを助けたそうじゃないか・・・それに、“ベクラマ”がお前を助けている。

 それが、なによりの証拠だ、ろう‼」

 

 

 

 兵士は強く剣を振りぬき、俺を壁際まで追い込んだ。

 (くそ、どいつもこいつも・・・)



 ビリ・・・・・ビビビリリッ・・・・・・‼


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 」            「    

 『ブオオオオオオオオオ‼‼‼』

 」            「


 ||||||||||||||||||||||||||||||

 ||||||||||||||||||||||||||||||

 ||||||||||||||||||||||||||||||


  ビリ・・・・・ビビビリリッ・・・・・・‼



 

 瞬間――――――――鼓膜を突き破りそうな野太い大声が響き、とっさに耳を両手で覆う。



 (・・・・・‼

 今度はなんだ⁉)

 

 町の右側から轟音が鳴り響き、粉塵が巻き上がる。

 地面が隆起したかと思えば、そこから巨大な口が現れ町ごと兵士たちを飲み込んだ。




 」                 「

 『ブオオオオオオオオオオオオオオ‼‼‼』

 」                 「




 再び大きく吠えると、地面から現れた黒い円柱形上の生物は・・・・口の中のものを一斉に吐き出し移動を始めた。


 (――――オイ、オイオイ!)




 あいつ、こっちに向かってきてないか⁉


 ――――――その通り、高さ30メートル・横幅15メートルほどの巨大生物は、都度轟音を立てながら町を破壊する。




 「――グアァ⁉」

 あれに目を奪われていると、すぐ横で血しぶきがたった。




 「安心しろ、やつは俺の仲間だ…ゲホッ」

 (―――ッ‼)


 「逃すか・・・ゲホ、ゲホッ・・・奴らは殲滅する」

 「はあ⁉」



 

 

 *


 

 


 結局、巨大生物はしばらく暴れまわり・・・・最後には一気に二メートルほどの大きさまで収縮した。

 

 「わっ、ちょ・・・!いきなり縮むなってば・・・・」

 地面に転げた少女がそう叱責すると、円柱形の生物は申し訳なさそうに手を頭に当てた。

 

 (なんなんだ、こいつら・・・)

 

 

 

 周りにいた兵士たちは全員撤退していったか、やられたらしい。

 

 気がつけばこの静かな場所にぽつんと存在しているのは、俺たちだけになっている。

 住民たちも見当たらない、隠れている、と信じたいが・・・・。


 町があったの場所の半分近くが、平原に積まれたがれきの山になっていること。

 それがまさに、戦闘の激しさをよく物語っている。

 

 


 「―――――立てる?」

 そう言って、ベレー帽をかぶった黄緑髪の少女が、俺に手を差し伸べる。

 しかし、俺はまだその手を取ることができない。



 風が吹き荒れる中、辺りには目視できる範囲だけでも・・・・・血だらけの死体がいくつも転がっているのだ。

 しかしまた、そのほとんどが、武装していない民間人の姿。

 

 

 

 (―――――どうしてこうなったんだ)

 茫然自失――――このときの俺にぴったりの言葉だったろう。

 

 

 

 (・・・・・・)

 「きみには助けられたから、できれば連れて帰りたいんだけど・・・」

 

 

 

 再び顔を挙げると、彼女はまだ差し出した手を引っ込めてはいなかった。

 

 

 

 「・・・こ、れは?」


 「現実を受け止めなさい、これが王国軍のやり方なんだ・・・・・・きみは、知らなかったかもしれないけどね。

 でも、きみはそのとき正しい選択をした。

 ・・・・誇りに思っていいよ」


 「・・・・・」

 

 

 

 

 


 (俺は―――)

 

 気が付くと、辺りには大粒の雨が降り出していた。

 



 *

 


 

 

 

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