王国には亜人差別が蔓延していますが、希少魔法で立ち向かおうと思う。~辺境育ちの愚民が成り上がりで世界を変える⁉~

たま「ねぎ

プロローグ:田舎者と勇者

+++第一話:プロローグ(1)田舎者と勇者は馬が合う⁉









 ――――ファンタジー作品のプロットと言えばどんなものがあるだろう。



 主人公が田舎の故郷を出て、町に向かったとしよう。

 おそらく彼は、道中でヒロインとなる少女に出会うだろう。


 さらに彼女は厄介な荒くれものたちに絡まれていて、彼はそれを救う・・・・。





 こういった流れは、王道で定番だ。


 誰しもがまさか自分に、と思いながらもそんな展開を望んでいるのかもしれない。



 セシル・ハルガダナはいま、それに近しい状況にあった。



 だからこそ、彼は主人公というべき人間なのかもしれない。

 現実はそう理想的思い通りに進むわけではない。それでも、誰しもに物語は始まるのだ。




 *




 「―――やめてください‼彼はもう三日、なにも食べていなかったそうなんです」


 確認だが、広大な草原に倒れ込む方が、俺。

 それを囲むのは三人の下衆たちである。


 そして・・・・俺を守るように彼らとの間をふさぐのは、可愛らしいボブカットの少女【ロロカ・ミヤダイ】である。




 (―――逆、かなぁ)

 

 この状況、あるいは冒頭のそれと似通っているが、その本質はまったく異なっていると言える。

 

 

 

 「怖いよ・・・」

 「大丈夫。

 ミヤダイさんとお姉ちゃんが、守るからね」


 と・・・・そんな間にもすぐそばでは、15歳くらいの女の子が泣きそうな少女を優しく抱きかかえる。


 【マーシャ・トレイノル】と【エレナ・ハウンシュタッド】。

 彼女らは死にかけの俺に、食料を分けてくれていた。

 

 そう、すべては俺のせい。

 だからこそ、なんとかしなくてはならないはずだ。

 

 

 「ト、トレイノル・・・」

 「安心してください、ハルガダナさん。きっとなんとかなりますから」

 

 

 

 「・・・・」

 

 

 

 起き上がろうとする俺に、彼女は励ますように答えた。

 しかし、その声色が恐怖に震えていたことを言うまでもないだろう。

 

 

 

 「―――へへへ、死にかけの野郎から金目の物でもと思ってたが・・・こりゃ運がいい。上玉がついてやがった」

 「お願いします・・・・なんでもしますから、見逃してください!」

 

 「ひゅ~、いいねえ。じゃあさっそく・・・」


 そう言うと男の中の一人が、ミヤダイの腕をつかんだ。

 

 

 

 「―――――‼」

 

 「え、あ・・・なんでもって、その・・・・」


 (どーしよう⁉

 強がってるけど、ほんとはめちゃくちゃ怖いよぉ‼)

 

 状況が悪化していることは明らかだ。

 少女の動揺はこちらにも伝わるが、かといってなにかできるわけでもなかった。

 

 「そ、それは困ります‼」

 

 そして次の瞬間、ミヤダイが大きく腕を振り払うと、反動で男の顔面にまで手が伸びたのだ。

 

 「ッで‼」

 

 男は表情をゆがめ、赤くなった頬を押さえた。

 凍り付いたように、場が一瞬静まり返る。

 

 「て、てめえ・・・」

 「あ、ごめんなさい」

 

 「バカか!ごめんで済むかよ!そっちがその気なら、徹底的に屈服させてから楽しんでやる」


 そしてなんと、ここで下衆の一味は武器を取り出し始めたのだ。



 ・・・いよいよ、やばい雰囲気だ。

 いますぐ動かなければ。

 神経の中枢がそう判断し、全身に伝える。

 

 (だがくそッ、体がまだ―――)


 「―――二人とも、もっとエネルギーになりそうなものはもうないのか⁉」

 

 「え⁉ええと・・・クッキーも、飴も渡しましたよね・・・」

 ポケットをまさぐってから、トレイノルは急いで周り見回し始める。



 なにか、なにかないのか――⁇



 (―――⁉)


 そんなとき、ハウンシュタッドが俺の目の前に両手を差し出した。


 「―――ちょうちょ・・」


 言う通り、その中には蝶のほかにも様々な昆虫がいるようだった。

 

 (は―――――――⁇)

 

 よく見れば、彼女はかわいらしい立て耳を揺らしている。

 こんな状況で気が付かないのは仕方がないとして、どうやらエレナ・ハウンシュタッドは獣人族だったようである。

 系統はオオカミのように見えるが、どうやら昆虫の採集が得意らしい。




 「エ、エレナ・・・?それはちょっと・・・」

 「いや、それでいい」

 「はえ⁇ハルガダナさん・・・⁉」

 俺はそれらを口に放り込むと、なるべく味わわないようにして流し込んだ。

 

 

 「うぐ⁉」

 

 苦い・・・・しかも硬く、この感触は・・・・?

 いや、考えるな・・・。

 

 いまはそれどころではない、これらは貴重なエネルギー源なのだから。

 胃の活発な動きを感じると、体が少しだけ熱くなるのがわかった。

 

 (いけるぞ!)


 よし・・・・動け、動けッ!


 「おおおッ――――!」




 《―――バシイッ‼》

 俺が起き上がると同時に、乾いた音があたりに響いた。


 「ぐはぁッ⁉」


 男の一人が武器を落とし、腕を押さえる。周囲は彼の近くに現れた人影に視線を奪われる。


 すらっとしたシルエットに、日差しが映えるきれいな黒髪。

 加えて、見るものを引き込んでしまうような澄んだ瞳を持つ少女。

 

 

 

 「だ、誰だてめえは⁉」

 

 「――――私はナナセ・クミシマよ。これ以上怪我をしたくなければ引きなさい」

 「な、ななせぇ~~!」


 ミヤダイは彼女の姿を見ると、表情を緩めた。

 

 「剣術使いかァ?なめやがって!」

 大柄の男が力任せに武器を振るが、彼女はそれをうまく払いかわした。


 「―――⁉⁇」

 「な、何者だこいつ⁉」


 「はあ、三人とも少し待ってて。すぐに終わらせるわ」

 ナナセ・クミシマはそう言って、好戦的な姿勢を崩さない敵に向かって剣を構える。

 

 

 

 「―――お、おい・・・やべえんじゃねえか⁉」

 「あ、ああ。

 こいつ相当・・・」


 怪我をした二人が動揺する中、その奥から高速でなにかが移動した。






 「――――ッ⁉」

 ナナセ・クミシマの髪が風に舞い、不自然に切れ落ちる。


 「魔法は初めてかな?お嬢ちゃん」

 「・・・・・!そんなわけ・・・」




 「ははは、バレバレだ。剣術はそこそこのようだがな」


 茶髪の男はナイフを回しながら笑った。

 おそらく、奴が親玉だが・・・そんなことよりも気になることがある。




 「クミシマは魔法が使えないのか?」

 「う、うん。というか初めて見たのも最近だから・・・」


 俺の問いに対して、ミヤダイが心配そうにそう答えた。

 

 (・・・見たこともなかった?)


 



 「まあでも、そういうことなら俺の出番だな・・・」

 魔法とかかわりがなかった、かなり特殊な環境にいたらしいということはわかる。

 彼女の剣技は見ての通り洗練されているようだが、魔法抜きでの戦闘はかなり厳しい。

 

 そうこうしているうちにも、茶髪男のナイフがクミシマに向く。


 「お前らわかってるな?女は殺すなよ?」

 「へへ、わかってる」

 

 下衆の視線が、なめまわすように彼女の体をとらえる。

 

 「そうだな・・・ふくらはぎ辺りなら気にならないか。

 外して傷物にしないように、しっかり狙って・・・・」


 「GO――――‼‼‼」




 「―――――ッ‼」


 

 

 時が止まったような感じ。

 極限まで感覚を研ぎ澄まし、ナイフの軌道に集中した。


 しかしながら結果としてクミシマは・・・加速したナイフに反応することはできなかった。

 だが、それが彼女に当たることもまたなかったのである。

 

 


 (なにかに当たって、ナイフの軌道が変わった・・・?)

 

 なにが起こっているのか、クミシマは困惑を隠せないようだ。

 魔法について知っていれば、衝突する二つの魔力を感じ取れたんだろうが・・・。

 

 

 「・・・貴様、死にかけがッ――――!」

 目の前の余裕の笑みが、大きくゆがむ。

 

 「なんか格好つけてたが、魔力で物を加速させるなんて死にかけでもできるってことだな」

 

 

 「ハルガダナさん、石です!拾ってきました!」

 「よし!

 ナナセ・クミシマ、魔法は俺がカバーする!」

 

 「・・・!

 ・・・・⁉え、あ・・・はあ⁇あなたは・・・⁇」

 しかし俺の言葉に、彼女は眉をひそめた。


 (あ・・・信じてないな)

 元々チームワークもクソもない。なんというか、人間に心を開かない野良犬みたいな表情だ。

 

 しかし次の刹那、彼女はそれを引き締める。

 

 「七瀬、ハルガダナくんは信じて大丈夫!」


 「―――!

 よろしく、ハルガダナくん」

 そう、ミヤダイの言葉に反応し、彼女の雰囲気は一変した。

 

 

 「ああ、って・・・」


 いきなり走り出しやがって――!

 

 ______________

              ~~~~~~~~~~~~~“”“”

                             _________  _____



 

 「は、速―――――ッ」

 前方に現れたシルエットに、男は思わず後方におののく。

 



 「―――みねうちだから」

 「え―――――⁉」

 風に乗るように一人目をしとめると、彼女はしなやかに伸び、後方の敵にも剣撃を浴びせた。

 


 「お、お前ら―――ッ⁉」

 一瞬の出来事、茶髪のリーダーは魔法を出すこともできなかった。



 「あなたで最後よ、どうかしら?彼らを運んで帰ったら?」

 

 「~~~~~~~~~~ッ!

 クソッ、馬鹿にすんなよ‼⁉

 ――――風魔法:ピクロスエンダス‼」


 男の周りに乱気流が発生し、裂くような音を立て始める。

 乱暴な魔力で作られた・・・初級魔法と言ったところだろう。



 「―――――うおおおおおおおおおおお‼

 ・・・・お、おぉ‼⁇」

 (なんだ?俺の風が、止んだ⁇)

 

 

 

 彼が驚いている通り、もちろん自分で止めたわけではない。

 外側からの逆風によって、強風は無害化されたのだった。

 

 (あれくらい単調な魔法なら、同じもので相殺できる)

 魔力も・・・ぎりぎり足りたわけで、これで彼女との約束は守れたはずだ。

  

 「―――お兄ちゃん、すごーい!」

 「ははは、そうだろ?」


 

 

 「諦めろよ、死にかけの方がいい魔法作るんだ。もう無理だと思うぞ?」

 「・・・・ハルガダナくん、結構根に持ってるね」

 「当たり前だ」

 

 

 引き際が肝心だ、さっさと仲間を連れて逃げればいいものを・・・。

 しかしこの期に及んでも、茶髪男はナイフを握りクミシマに突進していく。

 

 

 「く、クソったれがァ――――‼‼‼」

 

 「はあ・・・どうしようもないわね」

 クミシマは容赦なく彼の脇腹を叩くと、ため息をついた。


 「これくらいで済んだことを喜びなさい?あなたは、どうしようもない悪人だわ」

 

 

 

 「お姉ちゃん、か、かっこいい~‼‼‼」


 ハウンシュタッドの羨望のまなざしも当然のことだろう。

 俺だって、幼少期にこんなヒーローが現れたらあこがれてしまうに違いない。

 

 (・・・・・・負けた)




 って、あれ・・・?

 急に頭がくらつき、視界がぼやけ始める。


 「ハルガダナくん⁉」

 「大丈夫だ、心配いらない」

 

 頭を押さえてじっとしていれば治るはず・・・・。

 おそらくは軽い貧血・・・それはそうか。


 (生きているだけよかったな・・・ん?)


 太陽の光がさえぎられる。


 見れば、しゃがみこんだ俺の上から、ナナセ・クミシマが手を差し出していることに気が付く。


 「ありがとう、助かったわ」

 「・・・・これはどうも」

 

 劇的過ぎてまだ消化しきれないような展開だが、一応認めてもらえたってことは確かなようだ。

 

 

 

 「あ、そうだよ!

 はやく帰ってご飯あげないと・・・このお兄ちゃん、ビスケットと虫しか食べてないよ!」




 「・・・・嘘でしょう⁇」

 

 一転、ハウンシュタッドの心配そうな報告にクミシマがそう小さくつぶやいた。

 

 

 

 「ほんとうです、バッタと蝶と・・・・」

 トレイノルも続いて焦ったように表情を変えた。 

 まあ、心配してくれるのはありがたいんだが―――――。

 

 「うっ、バッタって言うな・・・・・」


 

 *

 

 

 「―――――お待たせ」


 アンティークな腰掛椅子に座り、窓からの風に当たっていると・・・・・目の前にさわやかな雰囲気の青年が現れた。


 彼はコーヒーカップを置くと、そのまま腰かけた。


 ミヤダイたちの案内で到着したのは、廃墟が集まった小さな無人街。

 ここには彼女ら四人のほかにも、二人の男性が生活しているようだ。

 彼、【マモル・シバウラ】と、後ろのソファーに腰かけている【ハヤト・キリヤ】である。


 彼らはここを拠点にあるものを探しているらしいのだが・・・。




 「もう、体はいいのか?」

 「ああ、食料ももらったし。もうだいぶいい」


 「・・・すごいな、三日食べてなかったんだろ?」

 「十分だ、食後にコーヒーまでもらえるなんてな。俺の故郷では高級品なんだ」


 このちょっとした会話の間に、まずは香りを楽しむ。

 一口含んでから、俺は再びカップを置いた。




 「―――で、どうなんだ?」

 少し空いた会話の間を嫌ってか、キリヤが後ろから割って入った。




 「ああ、お前らの故郷の話だが・・・正直俺が役に立てる可能性は低い」

 「ちっ、やっぱりかよ」


 「【ニホン】だったっけ?

 そもそも、俺は別の世界から来たなんて話は聞いたことないしな。

 まして、帰る方法なんて見当もつかない」

 「そうか・・・」




 もちろん期待はあったのだろう、マモル・シバウラの声が少し暗くなっているのが分かる。


(異世界・・・ね)


 信じられないような話ではあるが、敵を前にしたクミシマたちの反応。

 魔法に対して、あの耐性の無さ。危険を感じた状況で、嘘ではなかったはずだ。

 ニホンがどんな場所なのか詳しくは知らないが・・・魔法のないどこか遠くから来たっていう感じに思えた。




 「・・・・・ほ、ほら皆さん?

 あまり暗くならないでください。

 まだハルガダナさんが知らなかったってだけで・・・・あ、私あれやりましょうか?

 ・・・・・・・・水魔法:水遁の術、でしたっけ?」


 雰囲気を察知し、トレイノルが必死に場の盛り上げを図る。


 (・・・?)


 「そういえば、トレイノルとハウンシュタッドは歳も違うよな?

 魔法のことも知っている風だが」


 「はい、私たち二人はもともとこの場所にいたんです。

 二人とも親を亡くした戦争孤児という経緯でして・・・」

 「・・・悪いことを聞いた」


 「いえ、いずれ言うべきことでした。

 でも、皆さんが暗いと少し悲しいです・・・」


 (・・・・)


 「強引に持っていったな」

 「駄目でしたか?」

 「いいや?」

 

 しかしこれで合点がいった。

 トレイノルが妙に大人びてしっかりしているのは、彼女がエレナ・ハウンシュタッドと行動をともにしている姉貴分だかららしい。

 

 

 「実際、トレイノルの言う通りだろ?

 暗くなるのはまだ早いはずだ。

 人間なんてたくさんいるんだからさ」

 「まあ、そうだよな・・・すまない」



 「だがよ、実際問題俺たちはここがどこなのかもわからない。

 ハルガダナ、お前も迷子になってるって話じゃねえか」

 「ああ、たしかに道に迷ってる」


 「ああ、だから迷子だろ」

 「道に迷っている」

 「・・・・・」

 

 少しだけ上向いた雰囲気に、キリヤは容赦なく現実を突きつける。

 もちろん、誰も彼を悪くは言えない。

 方向は違えど、彼も彼で集団を思っての発言だからだ。



 

 「・・・・地図も縮尺が大きいものは持ってなかったし、小さいのも全部食料と交換しちまったからもうないな」

 「・・・切実ですね」

 「まあな」


 「そう、か・・・・」

 キリヤはあきらめ半分のような感じで、ソファーに背をうずめた。




 「じゃあやっぱ、打つ手なしってことじゃ――――――」

 「ところがどっこい」


 「・・・なんだよ」

 「手に入ったんだよ、詳細な地図が」

 俺はカップをどかし、テーブルの上にメモ帳を四枚つなぎ合わせた。


 「―――これは?」

 「俺がクミシマと作ったものだ。俺たちを襲ってきたあの茶髪、この辺に土地勘のありそうだったからな」

 「あ!あのときですか!」


 「この地図によれば、ここから南東に進んだ場所にそこそこ大きな町がある。

 名前は・・・ガムラバト」




 現在地から紙面上をスライドさせ、俺は薄く丸された部分を指さした。


 「ここなら王国軍も駐留している可能性が高い。俺はここを目指すつもりだ」




 「なるほどな・・・。

 あれ、そう言えばハルガダナはなんであんな場所にいたんだ?」

 「・・・ああ、実は俺は徴集兵なんだ。

 故郷のある北の辺境から、ルホートって町に行く予定だった」




 「なるほど、徴兵されて・・・って大丈夫なんですかそれ?

 期日的なものとか」

 「いや、期限はもうすでに一週間くらい過ぎてる。完全アウトだ」




 (・・・・・・)

 「あ、そう・・・なんですね」


 俺の返答に、明るく振る舞っていたトレイノルまでバツが悪そうに沈黙した。

 (なにか秘策があるとでも思っていたのだろうか?)



 「・・・というか、俺の話はいいだろう?

 この町なら人も多いし、情報を集めるならうってつけのはずだ」

 「たしかに、ガキ二人ここに置いとくのも気が引けるしなあ」

 「いままでみたいにやみくもに探すより、よっぽどいいかもしれない・・・・・・・・。

 ・・・・・ん?」


 ここで、シバウラはなにかに気が付いたように視線を右に移した。

 彼が席を立ち、窓を開けるとロロカ・ミヤダイの声が室内に届いた。


 「おーい、みんな~。

 ちょっと手伝って~!」

 「わかった、少し待っててくれる?」

 「うん!」


 「・・・たぶん夕食の準備かな、ちょうどいいからロロカ達にも話してみるよ」


 向き直った彼はそう言って、部屋のドアから出て行った。

 後ろには、くるくると腕を回しながらキリヤが続いた。


 「―――さき、行ってますね」

 「はいよ」

 部屋に一人になった俺は、コーヒーを飲み干し、カップを持って一階に降りた。



 

 「あ!

 ハルお兄ちゃん!」

 「おう、エレナ。

 シバウラたちとは行かなかったのか?」

 

 「うん、待ってたの!」

 

 そう言って少女は、隠していた左手をこちらに見せた。




 「ほら、オオシジャクトミル!」

 「お、捕まえたのか」

 

 8センチほどの大型の蝶―――薄黄色の色素で染められた羽には、奇怪な模様が形成されている。

 待っていたとはなにごとかと思えば・・・なるほど、ハウンシュタッドの中で俺は虫好きの仲間になっていたらしい。

 

 「ねえ、珍しいんだよ?」

 「あ。ほ、ほう・・・やるなあ」

 

 俺からすればこの辺の虫はどれも見たことないが、たしかにきれいな蝶だ。

 もう少し近くで・・・・ってあれ?


 「なんで引っ込めるんだよ?」


 自分からみせておきながら、少女は怪訝そうな瞳をこちらに向ける。




 「いや、もしかして食べ―――――」

 「ない、ないから!

 そもそもあれは不可抗力、忘れてくれ」




 「・・・ホント?」

 「ああ、蝶に誓う」


 「ふふ、いいよ。じゃあ見せてあげ―――ああっ⁉」

 エレナが伸ばした腕の先から、ひらひらと鮮やかな昆虫が飛び立った。

 

 「うそぉ・・・」

 「逃げられたか・・・しょうがないだろ」

 「まあ、最後は返すつもりだったけどさ・・・」

 

 そして自由に舞い踊るその姿は、いまの俺たちとは若干の皮肉的対比となるのかもしれない。

 

 (・・・・それがいい)

 

 「飛んでる姿も綺麗でいいよ、ありがとな」

 「それならいいけど・・・あれ?」

 

 エレナの心配そうな声。

 その理由は、俺たちの視線の先にあった。


 大自然へと帰っていったはずの蝶は、しかしすぐに地面へと舞い落ちてきてしまう。


 「うそ・・・ちょっと強く握りすぎちゃったかな⁉」

 となりの少女が悲壮感の漂う声を出す。

 こういうときはなんていうのが正解なんだろうな。

 

 「出だし、順調だったんだけどな・・・・」

 

 

 

 (・・・・いや違う⁇)

 この感じは・・・・魔力か‼⁉

 

 「エレナ!」

 「――――え?うわっ‼」


 俺が歩いていた彼女を抱えるようにして寄せると、目の前に巨大な炎柱が突き抜けた。




 「きゃあ‼な、なに⁉」

 「じっとしてろ」


 俺はそう言い聞かせると、逆の手で近くに落ちているさびた看板を手に取った。


 「―――ッ‼」


 瞬間、鈍い金属音があたりに響いた。

 看板に接触している謎の剣。




 「魔力で受けましたか、至極器用なり」

 その持ち主は高い男声で、そう呟いた。


 「うれしくねーよ」

 細長い顔に白目、長身長髪の男。

 昼間の男たちとは明らかに違う、洗練された新手。


 「―――――ハルガダナくん‼」

 事態を察してか、ロロカ・ミヤダイたちが背後から駆けて来ているようだ。


 「ちょうどよかった・・・ミヤダイ!エレナを頼む、どこかに隠れていてくれ」

 「う、うん。でもハルガダナくんは?」


 「――――俺は、こいつの相手をする」

 

 

 

 彼女は俺の答えを想像してはいたのだろう。

 表情はあまり変えなかったが、それでも食い下がる。


 「え、一人でなの・・・?」

 「考えがある、任せてくれ」

 

 

 (・・・・)

 「・・・わかった」


 ミヤダイはそう言って、エレナの手を引いた。

 ここでできることはない―――そう自覚しているからこその行動である。

 一転して歯を食いしばり、悔しそうな表情だ。

 

 

 

 ――――頼んだ。

 俺は彼女らの気配を後ろに感じつつ、思考を回す。

 

 

 

 (さっきの攻撃・・・)

 明らかにエレナを狙っていた。

 だとすれば、彼女をここから離すのが最優先。


 なにが狙いかは知らないが、ここは魔法を使える俺にしか背負えない。

 

 

 

 「―――実に勇敢・・・そしてそれは無謀という風には、決して言えぬやうなり」

 

 ぶつぶつと独り言をつぶやきつつ、長髪の男はうつむきながら剣を揺らしている。

 その姿は無気力そうで、しっかりと戦気を発している。

 

 

 

 (――来る)

 男の機敏な動きに呼応して、こちらに剣技が降りかかる。

 こっちには武器という武器がない、さっきみたいになんとか受けきって反撃の機を狙う。

 

 悪手ではないはずだ―――しかし、セシル・ハルガダナは瞬間、一抹の胸騒ぎを覚えた。

 周囲に、どんより暗い空気が広がった。

 

 

 

 

 (なんだ―――?)

 

 

 

 

 魔力が・・・・練れない。

 

 

 

 「・・・・しかしまだ荒削りの、未開代周世。

 若さか、甘さか・・・実に哀れなり」

 

 そう呟いたのは聞こえたが、俺の意識は遠のいていく。

 

 鋼鉄の剣を防ぐには、やはりあまりにももろすぎた。

 彼が用意した防御策はあっけなく付き抜かれ、内側には赤い液体が大量に付着した。

 

 ロロカ・ミヤダイが振り返ったときにはすでに、90センチ・厚さ3.5もある刀身が・・・・セシル・ハルガダナの腹部を貫いていた。



 (う、そ・・・)

 「ハルガダナくん――――‼」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 「どうしよう!こんなに血が・・・‼」

 

 現実として、初めて見るような光景に完全に動揺している宮代ロロカ。

 彼女は近くにいる敵の存在など見向きもせず、セシルの傷口を押さえた。

 

 しかしどういうわけか、男は彼女に興味を示すことなく横を通り過ぎる。

 それは組島七瀬が、この状況でなんとか冷静さを保っている理由でもあった。

 

 

 「ロ、ロロカ――――」

 

 そんな彼女とは対照的に、芝浦護は表情をゆがめる。

 クラスメイトを心配して今にも駆けだそうとしていた彼の腕を引き、桐谷隼人は逆方向へと向かって行った。

 もちろん、片腕には小さな獣人少女を抱えてのことである。

 

 

 

 「――ッ⁉

 なんでだ‼二人がまだ―――」

 芝浦隼人は混乱した様子で、桐谷の腕を振りほどいた。

 

 

 

 「お前、クミシマの話聞いてなかったのか⁉

 あの面長の目的はこのガキ・・・ここはあいつの言う通り、距離を取るぞ!」

 「それはそうだけど‼‼‼

 ロロカ達を放って行くなんて、本気か隼人⁉

 ていうか、それならいっそのこと――――」

 

 

 

 (――ッ‼)

 「お前こそ冷静になれよ‼⁉らしくないぞ、芝浦!」


 「・・・・!

 あ、ああ。すまな、い・・・いまのは、違う。たしかに俺の本心じゃなかった」


 額を覆うように手のひらで押さえ、彼は申し訳なさそうにそう言った。

 ここは慣れない異世界の地、気持ちが不安定になるのは仕方のないことなのかもしれない。


 そうは言っても状況が状況だ。

 「頼むぜ、生徒会長・・・」




 (生徒会長?そんなもの・・・いや)

 言い訳は、後だ。


 「・・・・やみくもに走ってもしょうがない。

 とりあえず、街の出口まで行こう。トレイノルもそこに居る」

 

 

 

 *

 

 

 

 「―――そこを通してはくれまいか?」

 「お断りするわ」


 「ふむう・・・では、押し通り其れ達するなり」


 「――風魔法:リエン=グアルフ!」


 (やっぱり、この人も魔法を・・・ッ‼)




 風・・・ということはまた速攻ということ⁇

 だとしたら、なにか遮蔽物を――――。


 「遅し」

 「―――え?」



 ~~~~~~~~~~~~

     ~~~~~~~~~~~~~

         ~~~~~~~~~~~~~~~



 空中で頭が激しく揺れ動き、一瞬意識を失う。

 自分の体が大きな力で吹き飛ばされた・・・間違いなく組島がいままでに感じたことのない体験。


 気が付けば、彼女はがれきの中で横たわっていた。



 「五体満足・・・はた幸運なり」

 「‼⁉」


 現れた気配に、すぐさま剣を振り出す。

 受け身さえ取れなかったが、これは離さなかった。


 (体中が痛い・・・でも―――)


 「負けない、食らいついてでも止めてやる」



 *



 「残念、ここまで。止まりなガキども」


 「・・・・ハア、ハア」

 肩を揺らしながら、状況を考える。


 もう少しで、トレイノルの居る民家までたどり着くというところだというのに・・・。


 「ばあさん・・・まさか、あんたも」

 「年寄り扱いするんじゃないよ。あたしゃ、まだまだ現役さ」

 



 (嘘だろ・・・?)

 三人の行く手をふさいだ老人。

 白髪でしわも多く・・・歳も60は確実に過ぎているように思える。



 「とても戦うようには見えない・・・。

 おばあさん、争う必要はないと思うんです。どうか道を開けてくれませんか?」


 「まあ、それでもいいけどね・・・でもその娘はもらうよ」


 「だからなァ――――‼」

 ここで強引に話を進めようとしたキリヤを、いったんシバウラは制止する。




 「この子は渡せません」

 「困ったね・・・あんたらに、その子を守る必要でもあるのかい?」




 「・・・・・ええ、僕らの故郷では少なくとも・・・これが普通です」




 その言葉に、老婆は顔をしかめる。

 「ご苦労なこった・・・・しかしなんにせよ――――」




 「交渉決裂だね」


 老人がそう呟くと、周囲の空気がピリ付き、肩に重くのしかかった。


 「・・・・・地震か⁉」

 

 桐谷が思わずそう呟くように、体が小刻みに揺れ動き、鈍い耳鳴りも生起する。





 (なん―――――――――――――――――――――――――だぁぁぁ?・・・あ、、、れ?)




 ―――は?




 「芝浦―――――?」


 気が付くとそこに居るはずの彼の姿は消え、はるか後方で爆発に近い衝撃音が響いた。




 「雷魔法:電磁式碌伝年再法」


 (・・・・・‼)


 ババアか?

 いま、なんて言ったんだ?


 ・・・魔法?


 頭の整理がつかないうちに、いつの間にか隣まで来ていた老婆が口を開く。




 「あだだだ・・・相変わらず、腰に障るねぇ」

 「なにをした⁉」


 「なぁに、簡単な話。

 高出力のエネルギーで、ちょっと躾けてやったのさ」

 「て、てめえ・・・」


 彼からすれば、恐怖でしかない。

 魔法・・・・しかしそれはここ数日目にしたもののどれよりも、格段にレベルが高く―――――。



 (殺す気の魔法――――)

 「ふざけやがって・・・・」


 「あらまあ、口が悪いわよ。

 あなたにも躾けが必要かしらねぇ?」

 「ッ―――‼」


 全身が恐怖に支配され、桐谷隼人の身体が硬直した。

 それを感じ取ると、老婆は静かに若人を諭し始めるのだった。


 「・・・まあ、言うことを聞くなら特別に許してあげましょうかねぇ」

 

 

 

 「・・・・・・・・・・渡すわけねえだろ、クソババア」

 「残念・・・生意気なガキは嫌いだよ」


 そう言って、老人は地面に手を突いた。




 「――土魔法:ツトロミッカ=レアノ」


 (―――!)

 直接的な攻撃ではなかったが、その魔法の正体はすぐに判明した。

 地面が変形し、四メートル以上ある巨大なゴーレムへと変貌していく。


 「・・・・マジかよ」


 「さあ、ツトロミッカちゃん。

 私に代わって、このガキを調教してくれるかしら」

 

 

 

 *




 「――――どうしよう、ど、どうしようどうしよう‼⁉⁇⁇」


 知識の限りを尽くし、懸命に処置を続けるがセシルの腹部を貫いた巨大な傷が治ることはもちろんない。


 そもそも、これだけ大きい裂け傷。

 あふれるように流れ出た血液は、すでに取り返しのつかない量に達してしまっていること。

 それは彼女にもうすうすわかっている。


 しかし・・・・それだけで納得が付くほど、彼女は熟した人物ではなかった。



 (なにもできない・・・このままじゃ本当に、死―――――)




 「ダメダメダメダメ・・・・・・・・・・だめだよ」




 広い世界で、生まれる人がいればそれだけ、死ぬ人も存在する。

 戦争があれば、治安が良くない場所では、若い人だってたくさん死んでしまうところだってある。


 そんなことはわかっている。




 (お願いします、お願い・・・・止まって)



 一生忘れられないような、生暖かい液体の感覚。

 でも私にできるのは、こうして祈ることだけ。






 (いや・・・違う?)

 ――――本当に、それだけなの⁇


 ここが本当に異世界なんだとしたら、私にだってまだ・・・できることはあるでしょ?


 魔法を使って人を傷付ける人・・・逆に、守ってくれた人。

 私は・・・どうするの?


 「――――ッ‼」

 「治れ、治れぇ‼」


 「―――治れ治れ治れ治れ治れ治れ・・・・・はああああああああッ‼‼‼」

 

 そのとき、宮代は経験したことのないものを感じた。

 全身からなにかが出ていくような、なにか不思議な感覚。




 (・・・いいよ、ぜんぶあげる)


 宮代とセシルの周りを、淡くも力強い緑光が包んだ。

 地面には巨大な魔法陣が展開され、その光からはきれいな蛍火が分裂して飛んでいく。





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 【―――――再生魔法:リジェイット=ミダストラーフォン】


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 *





 「・・・・・⁉」

 民家の隙間からこぼれ出る光に、思わず男は視線を東の空に移した。




 その隙を見て、組島は背後からの奇襲をかけるも難なくはじかれてしまう。


 「ハア、ハア・・・・不気味な笑いね・・・よそ見は禁物って、習わなかったかしら?」

 「もはや決着は一様なり・・・そのひび割れた剣で、どう戦うと?」


 (・・・・・・)

 彼女が握る剣の先―――たしかに縦にひびが入っている。

 もう一度強い衝撃が加われば、間違いなく割れてしまうだろう。




 「しばしの考察・・・貴女、あれをどう見る?」

 勝利を確信した男は、クミシマに向かって談笑を持ちかけた。




 (・・・・・)

 「おしゃべりが好きね・・・この光のことかしら?

 見当もつかないけれど・・・・うん、近づくとどこか心地がいい。

 これがロロカの魔法なら、ハルガダナくんの傷は治っているかもしれないわね」


 「―――あの少女が、魔法を⁇」

 「ええ」




 予想外の回答・・・そしてそれに対してのゆるぎない心――――。


 「なぜ、そう思う?」

 「簡単な話。私はロロカのことをよく知っている、少なくともあなたよりずっと」




 (なるほど・・・をかしき回答なり)


 「だから、私もここであなたを止めないといけないの」

 そう前置くと、組島七瀬は持っていた木剣をに三回地面に打ち付けた。




 「怪奇な行動なり―――。

 武器を壊してどう戦う?」

 「・・・壊す?

 いいえ、このくらい細い刀(かたな)が私にとっては扱いやすいのよ」






 (―――は?)

 「かたな―――――⁉」

 

 

 

 



 「ええ、こうして構えて・・・」




 組島は男の視界から上手く外れると、瞬く間に背後に移動し右手を振った。


 (~~~~~~~~~速―――――――――――ッ‼)

 男はかろうじて腕を盾にしたが、その痛みにうずくまった。



 「なぜか、すごく体の調子がいいの―――」

 冷ややかな女の声に、思わず背筋が震える。

 

 (間違いない)

 この少女は身体強化を行っている――――。

 しかしこの魔法の練度―――その素質。

 動きが視認できないほど速い・・・先刻まで魔法すら使えなかった人間が、こんなことがあるのか⁉



 (肉弾戦では敵わぬ―――――――)

 男は長髪を揺らし、前方に魔力を解放した。





 「―――風魔法:リエン・グアルフ‼」





 「・・・・・」

 向かい来る凶風。

 家屋はミシミシと音を立て、ところどころで鋭く傷がつく。


 しかしなぜだろうか、全然怖くない。


 いまなら、どんなことでもできてしまう気分。




 (風ごと切ってしまおうか)

 彼女はそう結論付けると、強く刀を振り下ろした。





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 【雷魔法:エデンシア=ウーヴァス】


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 *

 

 

 

 

 

 

 痛てえ・・・。

 腕の先から、ぽたぽたの血が垂れる。


 いままでの人生、こんなに出血したことはない。

 それも、軽い傷だけじゃない・・・打ち付けた頭部からも出血が続く。


 培ってきた概念、節理が根本から覆される。


 なんとかこの局面を切り抜けたとして、果たして俺は生き延びられるのか?




 そのうち、ゴーレムが再び腕を振り下ろし、桐谷のすぐ近くが粉塵を上げた。





 「―――ぐあ‼⁉」

 あれの攻撃は、モーションこそ大きいが、効果範囲も広い。

 なんとか直撃を避けるが、衝撃で飛ばされる。さっきからずっとこの繰り返しだ。



 ―――そしてついに・・・・。



 (足が・・・動かねえ)




 「クソ!クソクソッ‼」


 ここまでなのか?


 俺は・・・・。

 俺にはまだ―――――。



「―――――ッアアアアアアァァ‼‼

 まだ、死ねねえぇぇ‼‼‼」


(死ねないんだッ―――――――――――‼‼‼)


 桐谷のその叫びに呼応するように、ゴーレムが縦ふたつに切り崩れた。




 「――はあ⁉」


 「間に合ったか‼」

 「芝浦!ってことは―――」


 「ああ、エレナに起こしてもらったよ。

 ・・・・・いまはあっちに隠れている」




 数刻ぶりにそろった二人の影・・・。

 彼らの姿に、百戦錬磨の老婆さえ舌を巻く。

 

 

 

 (・・・なるほど、なかなかタフだね)




 「―――でも、まだまだだよッ!」

 空中に舞った砂埃移った影は、そう二人の会話に割って入った。

 そこから現れた女性は、これで終わりではないということを思い知らせる。

 





 「・・・・・これを」


 しかし、芝浦はもはや怯むことはなかった。

 彼は隣の友人に、斧状の鈍器を手渡す。

 それは強大なオーラとエネルギーを放ち、古めかしくはあるがしっかりとした強度を誇っている。




 「なんだよ、これ」

 「向こうの家にあったんだ。

 武器はあった方がいいし、なんかすごく力が湧いてくるんだよ。

 ――――――あ、俺がこっちの剣でいいかな」


 「そりゃ、別にいいが・・・」


 芝浦の雰囲気の変化に、桐谷は少し戸惑う。

 (いつものお前に戻ってくれたのならそれでいいが・・・)


 その考えに答えるように、芝浦は口を開く。




 「・・・・・それとすまない、さっきまでの俺はまだ覚悟が足りてなかった」

 「―――は?」


 「そのせいで隼人にけがをさせたし、エレナを危険に晒しただろ?」




 (・・・・・・)

 「別に・・・・・俺は気にしてねえよ」


 そう返すと、彼は力強い視線を目の前の人物に送った。

 

 

 

 「・・・・もう、迷わないつもりだ」

 

 

 

 

 

 「―――うぉほほ!覚悟が決まったのかい?」


 「ええ、いつでもどうぞ」

 「・・・!」

 

 

 

 戻ってきたときから・・・小僧の雰囲気が変わった。

 (口調は柔らかいままだが、多少の芯ができたみたいだね・・・)

 

 

 

 「―――どれ、試してみようか」


 老婆はそう言うと、手のひらを合わせ重ねる。

 それから、練り上げた魔力を一気に解放してみせた。


 「炎魔法:デマス=トビ!」




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 |||||||||||||||||||||

 |||||||||||||||||||||




 「~~~~~ッ⁉~~~~~~~~」





 視界が、オレンジで染まってしまいそうだ。

 広範囲の炎はめらめらと音を立て揺れ動き、どうにかなってしまいそうな熱風を発しながらこちらに近づく。




 「おい、芝浦⁉」

 「・・・逃げるのはなしだ」

 「はああああああッ‼」

 

 

  芝浦護の周りを、不思議なエネルギーが覆う。

 「この炎は俺がなんとかする・・・隼人はその後に、あのおばあさんを頼めるか?」

 「おい、なんとかってお前―――――」


 (・・・・・・)

 そこまで言うと、桐谷は少し考えるように沈黙を作る。




 「・・・・・・・?」

 「・・・・いや、わかった。あっちは任せろ」

 

 彼がそう返答すると、芝浦は・・・・かすかに笑みを浮かべた。

 力を込めて握られた剣が、呼応するかのように神々しい光を放ち始める。




 (俺がこの炎を消さなければ、自分が焼かれるだけじゃない)




 間違いなく、隼人も一緒に死んでしまう。


 その後あのおばあさんは、町にいるみんなにも危害を加えるだろう。


 そんなこと、させてたまるか‼




 333333333333333333333333333333333333333

 888888888888888888888888888888888888888


 

 「~~~~~~~~~~~~~~ッ!一・閃‼‼‼」



 333333333333333333333333333333333333333

 888888888888888888888888888888888888888




 一瞬にして、まばゆい光が視界に広がった。

 まるでなにもない・・・ただただ光の世界に取り残されているような感覚。





 「私の魔法は・・・・」

 このレベルの光魔法・・・・あの小僧、ここまでとは――――。




 「―――!」

 (魔力!

 右からだね⁉)


 「うおおおおおおおお‼」

 桐谷隼人は、老婆の意識がこちらに向いたことに気が付くと、武器を大きく振った。

 

 

 

(なんて、巨大な魔力なの―――)

 初めての魔力開放で、こんなこと・・・あり得ないわね。


「ここはああああ、通さんんん‼‼‼」





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【雷魔法:ルアッグラン・ボレーノ‼‼‼】


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 桐谷隼人渾身の一撃。


 放出された雷のエネルギーによって、周囲を包んでいた光はすっかり消え去り・・・晴天の平野に青白い巨大な電雷がどこまでも走った。


 ハンマー武器を振り切ったキリヤは、力尽きてそのまま地面に倒れこむ。




 「・・・まったく最近の若いのは、遠慮を知らないね」

 あと少し、少しでもなにかが狂っていたら・・・あたしゃ死んでただろう。




 (もっとも電流を避るために、こっちも魔力を使い果たしはしたけどねぇ)

 

 「―――まだ、にらんでやがるね」


 頬にできた傷口を押さえながら、老婆は桐谷隼人を見下ろす。




 「安心しな、もう帰るよ。

 あの娘なんかもうどうでもいい、素晴らしいものが手に入った」


 白髪を伸ばした猫背の背中は、そう呟くと草原へ消えていった。






 ***第一話、あとがき・・・・真相の巻***




 

 

 「―――すみませーん

 先輩方、お待たせしました~~!」


 少女はやや小走りで、指定された拠点に足を踏み入れた。


 拠点、と言ってもただの小屋であり・・・・これに王国軍施設という肩書を張り付けるのはあまりに酷な話だろう。




 「お疲れ、夜道には迷わなかった?」

 「はい!

 明かりのおかげでスムーズに・・・・というかマキバロ先輩、いらしたんですね?」



 「お、おいおい。

 いくら出番がなかったからって、冗談きついよ」

 「ははは、すみませんでした」


 彼女は普段通りにこやかにふるまい、その笑顔をほか二人にも向けた。




 「あんたこそ、難しい役をうまく立ち回ったよ・・・」

 「うむ。

 その通り、稀な才能なり」




 大きめの木箱を囲む二つの背中も、彼女の仕事ぶりを惜しむことなく称賛する。


 「・・・・ありがとうございます。

 ゴーナル少将、ナルノルカ中将・・・お二人ともけがは大丈夫ですか?」


 「ああ・・・さすがは勇者というべきか、なかなか元気なやつらだったねぇ」

 「いぶせし・・・かの選ばれし者たちはあの後、どうなった?」


 想定以上――――彼らを表す言葉はそれしかないだろうが・・・。

 その実力は、二人の興味すらさらった。




 「ええと、キリヤさんは少し前に起きましたが・・・。

 ミヤダイさんは魔力欠乏で、少し時間がかかりそうですかね。


 ・・・・・・なにせハルガダナさんをあの状態から復活させたんですから、それももっともですが」






 「――――‼‼‼⁉⁇」


 電撃が走ったかのように、その場の三人の表情が変わる。

 異質な沈黙・・・それほどまでに彼女の言葉はおかしなものだった。




 「馬鹿な・・・・・よもや聞き間違いか?

 私は、間違いなく急所を突いたのだぞ?」

 「はい。

 私も正直冷や汗が出ましたが、間違いなく生きています」


 「――――奇絶、理解に苦しむなり」


 ゴーナル少将は考え込むようにして、顎に手を置くが・・・・。

 反対に、マキバロ少将位はポジティブにその場をまとめようと試みた。


 「―――まあ、いいじゃないか。

 作戦は想定を超えているようだが、勇者たちの実力はどれもいい方向に予想を裏切っている」





 「・・・そうだね、これでまず第一段階は突破。


 良かっただろう?

 あと少しでフリナフット・エデリアに戻れるじゃないか」




 (・・・・・・・・・。)


 「・・・肩の荷は下りますが、私はあの役も結構気に入ってましたよ?」


 少し間を開けてから、少女は本心からそう告げた。

 その姿を称えほほ笑みつつ、ナルノルカは静かに目を閉じた。




 「・・・・へえ、そうかい」




 みんな、すごかったなぁ・・・。

 夜空を見上げ、少女はたちを思い浮かべた。


 (――ふふ)




 「でもだからこそ、楽しみではあるんです。

 マーシャ・トレイノルの正体に、みんながどんな反応をするのか―――――――。


 ―――あふふ、いまから楽しみなんですよ」







 *

 *

 *

 *第二話へ続く*



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