演劇

みにぱぷる

演劇


 演劇とは本当に興味深いものだと私は思う。なぜか世界に引き込まれていく。どんなに激しいものでも、繊細なものでも、あるいは幻想的なものでも。「虚構」の世界との絶妙な一致。いや、むしろまるっきり異なるが故の良さなのだろうか。 

 しかし、結局はプロがすごいのだろう。仕事としているだけある。

 そんな他愛も無いことを思いながらホールから出るとなぜかすがすがしい気分になる。自分の中で、ハイライトすることで、良いものを見たという感覚になれるのも演劇の良さだ。

 ホールを出るとすぐわきに絵が飾られていた。ホールの入場が許可されるまでの待ち時間で、先程もみたのだがどうやら、ここの建物の窓から見える風景を描いたものらしい。確かによくできてるな、と私は上から目線で感じ、何気なく作者を確認した。もしかすると知っている画家かもしれないと思いながら。

 『飾亡』。何と読むのかわからないが、なんだか気持ちの悪い字の並びだ。飾る、に、亡くなる。なんとなく不愉快にさせられる。

 しょくもうと読むのか。いや、読みはない気がする。

 私は深呼吸をしてもう一度あの絵を覗いてみた。すると、さっきまでは気付いていなかったものが見えてきたのだ。

 “色が違う”のだ。この絵には全く赤色が使われておらず、全体的に黒っぽい色を多く用いているのだ。ここから見える風景は別にそんなわけじゃないのに。ただ、作者がそういう風にとらえて描いた可能性もある、芸術は素人にわかるものではない、と納得したのだが。

 しかし、となりでその絵を鑑賞していた女性(年齢は30~40ぐらい?)がこうつぶやいたのだ。

「美しい絵ね。色も再現されていて、まるでここから見える景色を写真でとったみたい」

 聞いた瞬間、私はぞっとした。この人は何を言っているのだ。この絵の色は全く違うじゃないか。私が混乱してその場で動けなくなっていると今度は男性2人(年齢は40~50ぐらい)がその絵を見て感想を述べた。

「この絵再現度すごいですね」

「たしかにな、色とか完全に風景と一致している」

 ああ、なんなんだ。私はおかしいのか?それとも彼らが?私は何とか自分を納得させようとしたが難しかった、と混乱してると若い男の子たち4人がその絵の感想を……。

「色があってる」

「きれいだな。再現度すご」

「Twitterにここからの風景の写真と一緒に上げたらバズるわ」

 ああ、なんなんだ。あーもう!

 私は自分を落ち着けるために近くにあった椅子に腰かけた。時計は午後5時。5時…って5時!?5時半までには帰ると伝えていたのに…まずい、いそがなくては。私は早歩きで建物を後にした。そのときにはあの絵のことは忘れてしまっていた。


 劇は終幕した。観客たちが拍手をする。会場は徐々に明るくなっていき……。私は劇が終わりホールを出ると同時に昨年のあの出来事を思い出す。そういえば私はどうやってあの出来事を納得したのか忘れてしまった。結局、『飾亡』とは何だったのだろうか。

 読みについても誰かに聞いたか聞いてないか怪しい感じである。ホールの外には例の絵が飾られていた、昨年と変わらず。

 私は勇気を出してその絵を見つめる。勿論昨年と変わらず、色がおかしい。私は深くため息をついた。なんなんだろう、この絵は、作者は。本当に私がおかしいだけなのだろうか。

「うーん」

 この絵を見てうなっている老紳士を見つけて、私は思い切って話しかけてみることにした。

「すいません。この絵なんですけど……色がおかしくないですか。ここから見える景色と違って……」

「何言っとる、この絵の再現度の高さは一流」

「あ、そ、そうですね」

 私は苦笑いでごまかす。

「ところで、この絵の作者…ええっと…」

「読めないのかい?」

 その老紳士は首をかしげる。

「あ、いえそのすみません」

 困った様子の私を見て老紳士は優しく笑って言った。

「しきもう、と読むんだよ」

 そこで私は納得した。この画家は色盲なのか。それを示すために「しきもう」と読める名前を作ったのか。

 だが、ちょっと待てよ。色盲になれば、赤や緑が灰色に見えると聞くが、もし、この画家が色盲なのであれば、赤、緑、灰色が混在した絵になるはずだ。だが、この絵には灰色しか使われていない。

 そこで、私はある可能性に思い至った。もしかしたら自分が色盲なのではないか、という可能性に。 








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演劇 みにぱぷる @mistery-ramune

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