雪色のスミレ

夏井りお

第1話

2022年4月。新学期の始まりを祝うような春の暖かな日差し。そよ風に吹かれて涼しげになびくカーテン。校庭からは、体育の授業を受けている生徒のはしゃぐ声が聞こえる。賑やかな外に対して教室は静まり返っていた。シャーペンがこすれる音だけが響いている。この教室にいるのは私ともうひとり、鮫嶋すみれだけ。ここは登校頻度が不安定な生徒が集まる特設クラスである。私とすみれもある事情でここに在籍することとなった。登校頻度が不安定ということは、単位もまともに取れなくなるので代わりの判断材料として課題プリントが先生から与えられる。

そんなわけで今日も課題プリントが配られたのだが、開始10分で飽きて机に突っ伏しているのが今の私である。私の横ではすみれがプリントを黙々と問題を解いている。彼女の亜麻色のさらさら髪に射し込む光が反射してキラキラと輝いている。色白でほっそりとしたその横顔は誰もが見惚れるほどに美しい。この世にすみれという存在がいるというだけで私は生きていける。そう思えた。

しばらくしてすみれはカタンとシャーペンを置き、ふう、と息をはいた。すみれの動き一つ一つで空気が揺れる。私はその瞬間が大好きだ。私の視線に気づいたすみれは「どうしたの雪?」と言いながらふわりと微笑んだ。

ああ、なんて美しいのだろう。すみれのラピスラズリのような澄んだ瑠璃色の目に見つめられた私は、まるで女神様みたいだと思った。

「ううん、なんでもないよ。すみれがあまりにも真剣にやってたから見てるだけ」

「えぇ?」

とっさに思いついた言い訳を言うと、すみれは目を見開いて「やめてよ。恥ずかしいから」とほっぺをプクッとふくらませた。すみれの白い肌が熟れたりんごみたいに真っ赤に染まっていく。かわいい。かわいすぎる。

「そういう雪は課題終わったの?」

「あー・・・まだ。途中で集中が切れちゃってさ。それからずっとすみれのこと見てた!」

「もう、雪ったら…。もうすぐ村崎先生来ちゃうよ?」

心配そうにコテンと首を傾げるすみれに心臓がギュンッとなった。これが愛おしさというものか・・・。つくづく自分はすみれのことが好きなんだなあと感じる。

「だいじょうぶだよ。あとちょっとだしすぐ終わるよ」

「雪頑張れっ!」

すみれは両手で旗を振る仕草をした。グッ・・・何してもかわいいとか罪だろ。

この後すぐに来た村崎先生・通称むらちゃんが様子のおかしい私を見て「花塚、大丈夫か」と心配してきたから「大丈夫!なんでもないよ。すみれが可愛くて感動してるだけだから」と返すと、呆れたように「程々にな」って言われた。分かってるし。

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