第33話 恋愛? そんな事言ってる場合じゃねぇ。

「あんた……まさかとは思うけど、先生と付き合ってるの?」


「そんなわけないじゃん。」


「嘘おっしゃい。あんた今ミイちゃんって呼んだでしょ。」



 うぐっ。


 俺は自分でも気付かぬうち、ミイちゃん以上の大ポカをやらかしていたようだ。



「先生は皆からミイちゃんって呼ばれて……」

「カワイコちゃん先生って呼ばれてるって聞いたけど?」



 これはあかん。母さんに教えたの誰だよ。


 俺が今からさも真実であるかのように適当な言い訳を並べ立ててやろうじゃないか。



「いやいや。それ誰から聞いたのさ。」


「あんたよ。」


「……。」



 馬鹿か俺。言ったの自分だったんじゃん。


 学校の事を何でも言える円滑な親子関係があだとなるなんて……



「かわいみいこさんと名乗ったわよね?」


「そ、それはたまたま同じ名前でさ。」



 非常に苦しい。苦しい言い訳だが、それでも男にはやらねばならぬ時がある。まさしく今がその時だ。



「同じ名前くらいならあり得るとは思ったけど、まさか先生と彼女を同じあだ名呼ぶなんてあるはずないでしょ。」


「……。」



 母さんのこの顔。


 完全にバレてますやん。



「母さんはね? 別に先生と付き合っている事を咎めているわけじゃないの。」


「え?」



 ちゃんと隠さず言いなさいって事? うちの母はなんと心が広いのだろうか。


 実際は付き合ってもないんだけどね。



「あんたが先生のどんな弱みを握って脅し付けているのかだけが心配で……息子が警察の御厄介になるなんて耐えられない。でも、こうなってしまったからには今からでも自首して、しっかり罪を償いましょう? 武太はきっと過ちを認める事が出来るって母さん信じてるからね?」



 全然信じてねーじゃねーかよ。


 一ミリも信じてる気配がない。むしろ100%疑ってさえいる。もう疑いが強過ぎて確信となり、一周回って信じてると言えるくらいの勢いだ。



「俺は悪い事なんてしてない。」


「嘘おっしゃい。」



 いや、息子を信じろよ。真っ向から全否定じゃん。



「あれは明らかに学生時代スクールカースト最上位者。あんたみたいなモブが正攻法でどうにか出来る存在じゃないわね。そんな先生は何が良くてあんたみたいなのを選ぶのよ。」


「ハート……? とか。」


「はんっ。」



 鼻で笑われただと?


 くそっ。


 母親とは言え流石は元スクールカースト上位者。俺のようなモブに辛い現実を突き付けてきやがる。


 まぁ、普段は優しい母親なわけだが。



「待って待って! 俺は特に何もしてないんだって!」


「ふーん? 私はあんたの母親よ? 目を見ればすぐに…………。」



 じっと見られると嫌だな。


 何だか見透かされそうで怖い。



「……本当に何もしてない?」


「だからしてないってば。」


「変ね。あんたが犯罪以外であのレベルを落とせるはずなんて…………。」



 まぁ、確かにその通りではある。



「もしかして、興味ないフリでもした?」


「何それ?」


「だから『俺は女に興味ありません』って態度でもしたのかと聞いてるんだけど?」


「まぁ……それが何か?」



 興味ないフリというか、一時期本当に興味無かったからな。



「うっわ……最低。」


「え?」


「あのね。恋愛している時ってPEAという脳内物質が出るのよ。」


「はぁ。」



 それがどうした。



「PEAが出る条件は相手を追いかけている時、相手が誰かに取られそうな時、相手が自分を好きじゃないと思っている時、つまり……不安、緊張、恐怖という感情を大きく揺り動かされている時。」


「ふーん。」


「これに加えて、相手を追いかけている時なんてのは特に『自分はこれだけのコストを支払ったのだから当然相手を好きなはず。』という感情も出てくる。あんたがそっけない態度を取れば取る程ね。」



 気のせいか? 少し……いや、今まで言い寄ってきた女子は当てはまっているような気がするぞ。



「LIMEを既読無視や未読無視してみたり、デートに誘われても面倒がったり、女の子にさらりと良い言葉を吐いたかと思えば態度はそっけなかったり。」



 うん。100%ではないけど、前の自分の行動にも当てはまってたかも。



「ダメ男やクズ男に引っかかって抜け出せなくなる女は大体このパターン。あんたはダメ男やクズ男の行動をなぞってきたんでしょ。だから最低って言ったのよ。」



 知らんがな。



「ちなみに、前までのあんたはその逆。彼女欲しいとか言ってる時点で誰かを追いかけようとしているそのマインドが完全にモテない男の典型。」



 ほっとけ。



「それにしても、いつの間にクズ男ムーブを……。」



 知ってたら最初からそれ使ってモテモテライフだったっちゅーねん。



「誰に教わったの? 吐きなさい! 碌でもない奴と知り合ったんでしょ!? 早く縁切って来なさい!」


「変な奴とは知り合ってないって。」


「じゃあ自分で編み出したとでも? うちの息子は人畜無害なところが取り柄だったのに、クズになってしまったの?」



 クズって言うな。全国のクズ男に謝れ。


 ん? クズだったら別に謝る必要もないのか。



「この手の男はね、女の子から貰った手作り弁当なんかを笑いながら捨てられるような人間性だったりするのよ? 良いから改めなさい!」



 食べ物を粗末にしてんじゃん。俺にそんなアホな事が出来るわけなかろう。



「とっとと改めてミイちゃん先生と正式に付き合いなさい!」


「はいはい。俺は最初からそんなアホな奴じゃないっての。だからミイちゃんと正式に付き合うって……。」



 え?



「今、付き合えって言った?」


「は? 母さんそんな事言ってないわよ。」


「だって今、付き合えって……。」



 母さんは驚いた顔で俺の後ろを見ている。


 そう言えば今の台詞、俺の後ろから聞こえたような気も…………。



「むっくん。付き合ってくれるのね? 確実に録音したし言質取ったわよ?」



 後ろを振り返れば、そこにいたのは口角の吊り上がったミイちゃんだった。


















ひぃっ。


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