第24話 恋愛? 好きな人が分からない。

 月曜日の朝。


 また一週間が始まるのかと、少し気だるさを感じながら登校していると……



「おはようございます。武太先輩。」


「え? あ、おはよう。」



 莉々伊ちゃんに声をかけられた。



「武太先輩と登校したいんですけど家が分からないので、凄まじい勢い駅で待ち伏せしちゃいました。」



 そっかぁ。駅で待ち伏せしちゃったかぁ……。



「錬蔵とは一緒じゃないの?」


「はい。お兄ちゃんは彼女さんと一緒に登校させました。」



 させましたって何だ?



「どういう事?」


「お兄ちゃんは『美少女妹と彼女、両手に華状態で登校するのが夢だった。』と寝言を言っていたので、ぶん殴って彼女さんの家の前に捨ててきました。」



 溜め息をつきながら事情を説明してくれる莉々伊ちゃんだが、超怖い。


 仕方なかったみたいな雰囲気で、なんて事を言っているのだろうか。


 そして、零子ちゃんの家をどうやって知ったのかが気になる。



「何で零子ちゃんの家を知ってんの?」


「知りませんでしたよ? 私は非力な女の子なので、お兄ちゃんに自分で歩いてもらいました。」


「全く意味が分からないんだけど。」


「えっと、彼女さんを一緒に迎えに行こうってお兄ちゃんに提案しまして、彼女さんの家まで一緒に行ったんですよ。」


「……それで?」


「彼女さんの家に着いたところでお兄ちゃんをぶん殴って気絶させ、呼び鈴だけ鳴らして私はそこで退散したんです。」


「そっか……。」


「はい。」



 要は気絶させた錬蔵だけ残してピンポンダッシュしたって事?


 本人は自覚がないようだけど、なかなかに高度な嫌がらせである。


 零子ちゃんからしてみれば、呼び鈴が鳴って玄関を開けたら気絶した錬蔵がぶっ倒れてるって状況なワケでしょ?



「今頃は楽しく登校しているのではないでしょうか?」



 どうだろ?


 そんな訳分かんない状況が朝から発生してもなお、楽しく登校できる人間が果たしてどれ程いるのか……。



「せっかく付き合い始めたんだから、そうだったら良いよね。ははは。」


「はい。」



 こんな話を聞かされた俺もどう返して良いか分からず、当たり障りのない返答で愛想笑いをしながらお茶を濁す。


 莉々伊ちゃんは兄の錬蔵が絡みさえしなければ、そこはかとなく良い娘ではあるのかもしれない。


 しかし、一度兄が絡むと猟奇的な面が多々見受けられるので、怒らせないよう気を遣いながら探り探り会話するのがなかなかに辛いという困った娘だ。



「では武太先輩。私の教室はこちらですので。」


「あぁ。それじゃあね。」



 莉々伊ちゃんは一年生の教室へと軽やかな足取りで向かって行った。


 この場面だけを切り取って見れば、気になる先輩と登校出来た事に嬉しさを隠せずご機嫌な様子の美少女……といった風に映るのだが。



「朝からどっと疲れたな……。」



 俺も教室に行こう。


 錬蔵め。


 あんな恐ろしい娘を紹介しやがって……零子ちゃんを紹介してやった恩を仇で返すとはなんたる奴。


※本人も地雷物件を押し付けた事を棚に上げています。



「おはよう。」



 教室に入ると、早速雷人が話しかけてきた。



「おはよう恋梨。お前、最近女運が上がってきてるみたいじゃないか。彼女が出来る日もそう遠くはないな。」



 やけに嬉しそうに発言する雷人。


 恐らく、恋愛する気がなくなってしまった俺を心配しての事なんだろうが、悲しい事に全く嬉しくない。



「逆だ。むしろ下がってさえいる。」


「そうか? 最近恋梨の周囲には女子の影がチラホラ見えるようになったじゃないか。これもきっと日頃の行いだな。」



 第三者目線ではそう見えてんのね。


 と言うか、あれ程地雷物件が寄ってくるのは、俺の日頃の行いが悪いとでも言うのだろうか?


 まぁ、雷人はそんなつもりで言ったんじゃないと思うが。



「前に言ってた通り、素直に雷人の姉を紹介してもらえば良かったよ。」



 実は去年、雷人から姉を紹介しようかと打診された事がある。


 しかし、自分の力で恋愛してみたいというちっぽけな男のプライドを発揮し、俺はその提案を断ったのだ。


 友人の姉を紹介してもらうのは気が咎めた、というのも理由の一つ。


 既に今更だが。



「あぁ。そんな事もあったか。俺の姉さんは恋梨みたいな無害そうな奴が好みだから上手くいくと思ったんだけど、お前の意思を無視したってダメだからな。」



 あの時雷人の提案を受けていれば、こんな変な状況に陥る事なんてなかったかもしれない。


 そして人格者である雷人の姉なら、変な人間では絶対にないだろうという謎の確信もある。


 惜しい事をしてしまったかもしれん。


 雷人の提案を蹴らずにいれば、今頃はこんなわけわからん心労を抱えずに済んだかもしれないのに……。


 つまらんプライドにこだわっていた昔の自分を張り倒したい。


 しかし、雷人の姉と上手くいっていれば、ミイちゃんとはただの先生と生徒の関係だったであろう事は想像に難くない。


 俺がミイちゃんをナンパから助ける原因そのものが消滅してしまうのだから。


 ミイちゃんと今の関係性を築けないというのも寂しい気がする……などと思っている自分がいる。


 結局俺はどうしたいのだろうか?



「今からでも姉さんを紹介しようか?」


「いや、やめとくよ。」



 今の俺は恋愛に興味がないのも勿論そうだが、なんとなくミイちゃんの顔が浮かんでは申し訳ない気持ちが湧いてくる。


 雷人の姉を紹介してもらうのはやめておこう。



「即答だな。恋梨、お前……本当は恋愛に興味ないんじゃなくて、自分の心に蓋をしているだけなんじゃないのか?」


「心に……蓋?」


「あぁ。自分でも気が付いていないだけで、本当は好きな人がいるって事はないか?」


「そんな事……」



 あるのだろうか?



「姉さんを紹介するって言った時、誰の顔が浮かんだ?」


「……。」



 ミイちゃんの顔が浮かんだのは事実だ。しかし、それは申し訳なさからくる……。



「なぁ。お前が今考えてる事は本当に正しいのか? 思い浮かべた相手に対して、尤もらしい理由付けをしようとしてないか?」



 俺は……ミイちゃんが好き、なのだろうか。



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