第10話 恋愛? 心理学の応用です。
ミイちゃんの捏造行為が明らかになった事により、付き合う云々は一旦保留となった。
「へえー。ここがむっくんの家なんだぁ。」
我が家を物珍しそうに見る担任の教師。会話しながら歩いていたら、何故か自然な流れで付いてきてしまったのだ。
俺と腕を組んだままで。
「何で付いてきたの?」
「別に良くない?」
全く悪びれる様子もなく、さも当然であると言いたげなミイちゃん。
悪いとまでは言わない、言わないが……。
「少なくとも良くはないでしょ。」
「実を言うと私の住んでる所はもう少し先なの。ほら、ここから見えてるでしょ?」
ミイちゃんが指さす方には大きなマンションが見えている。
「女性の一人暮らしでも安心なオートロック付きマンションなのよ。」
「確かにそれは安心だ。」
まぁ、だから何だという話ではあるが。そして思った以上に近所だった。
「良かったら連日連夜遊びに来ても良いよ?」
「俺も予定があるんで。」
自分の生徒に夜遊びを勧めるなよ……。
「予定が無い日は来てね。」
この人押し強過ぎ。
「考えとく。」
俺達が何気ないやり取りをしていると……
ガチャリと玄関が開き、扉の向こうから現れた人物は俺達二人を交互に見ては首を傾げている。
「家の前で何してるの? 彼女……なわけないか。お友達?」
母さんがこれから買い物に出るという出で立ちで玄関から出てきてしまった。何てタイミングで出てくるんだよ。
にしても、母よ。彼女なわけないは酷くないか?
腕を組んでいても尚その発言が出てくるの?
いや、確かにモテないから分かるんだけどさ。
「武太君のお姉さんですね? 本日より武太君とお付き合いさせて頂いております、川井美伊古と申します。どうぞよろしくお願い致します。」
ギャルには似合わないしっかりとした挨拶をするミイちゃん。
あと、サラッと付き合ってる事にしたね。
「まあっ!! これはご丁寧に、武太の母です。よろしくお願いしますね?」
「え? お義母様!? あまりにお若いのでお姉さんと勘違いしてしまいました。」
ミイちゃん。俺の家族構成知ってるはずだよね? 結構世渡り上手?
母は機嫌良くニコニコしている。
というか、本名言って大丈夫か?
母さんが担任の名前覚えていたらアウトだろ。様子を見る限りだと、名前からバレるという線は今のところなさそうだが。
ミイちゃんはしっかりしてるのに所々ぬけている。さっきも右京さんにバレるんじゃないかと冷や冷やしたし。
「どうしてこんな可愛らしいお嬢さんがそんなのと?」
おい。息子をそんなの呼ばわりは無いだろ。
機嫌良さそうに俺をディスるなよ。
「武太君はピンチの時に助けてくれる素敵な人ですよ。」
「……あんた、どうやって騙したの?」
「何で騙した事前提なんだよ。」
女の子を連れてきたら母親が詐欺師呼ばわりする件について。
「それに彼女とかじゃな……」
「騙すだなんてそんなっ! しつこくナンパされている所を恰好良く助けてもらったんです。」
あー……これは外堀を埋められる予感が。
「へぇー。状況は良く分からないけど、どうせ八つ当たりかなんかで偶然助けた感じになっただけなんじゃないかしら?」
何て鋭い。殆ど当たってやがる。
まるで現場を見ていたかのような母の鋭い指摘に、俺は感心してしまったと同時にちょっとだけ恐怖を覚えた。
「だとしても私には武太君しかあり得ません。ビビッと来たんです。運命を感じてしまいました。」
助けられた時の場面でも思い出しているのか、うっとりとした顔のミイちゃん。
頼むから、親の前でそんな恥ずかしい事を言うのはやめてくれ。あと、腕組むのもやめて。
「そう……。全くモテない息子だけどよろしくお願いするわね。念のために聞くけど、弱みを握られたりとかしてない?」
おいこら。どういう意味だよ。
「ハートはがっちり握られてます。」
俺と腕を組んだまま、嬉しそうにイヤんと体をくねらせるギャルJK。
「……明日は槍でも降ってくるのかしら? お母さん買い物に行って来るけど、いきなり美伊古さんに襲い掛かっちゃダメよ?」
マザーは俺を一体何だと思っているのか……。
「しないよ。」
「してよ。」
真顔で俺の発言を潰しにかかるミイちゃん。
親の前で何言ってんの? 母さんの顔が引き攣ってるじゃねぇかよ。
「あんた、本当にどうやったら……まぁ良いわ。行って来るわね? 美伊古さんは遠慮しないであがってね。」
「ありがとうございます! 行ってらっしゃいませ。」
ふむ。ミイちゃんを騙したという誤解は解けたが、付き合っているという誤解をされたままになってしまった。
どうしよう。
「むっくんのお母さん綺麗だね。」
「まぁ、否定はしない。どうして俺は母に似なかったのか……。」
「似てるよ? むっくんは全体的に適当だから平凡っぽく見えるけど、磨けば光るタイプね。もっとちゃんとした格好すれば普通に恋愛出来たと思うな。」
「本当かよ。」
いまいち信じられない。
「本当だって。ライバルが増えるから磨かなくて良いけどね。」
「それはどうも?」
このまま帰すのも微妙な空気になってしまった事だし、一応聞いてみよう。
「どうする? あがってく?」
「うん!!」
物凄い勢いで顔を近付け笑みを浮かべるミイちゃん。あまりの食いつきの良さにタジタジになってしまう。
「ど、どうぞ。」
「お邪魔しまーす!」
嬉しそうに我が家に入って行く姿を見ると、なんだかほっこりする。
そう言えば、女子を家に連れて来るって零子ちゃん以外は初めてだな。
「むはー!!」
俺の部屋に入るなり、勢いよくベッドに飛び込みゴロゴロ転げまわる自称俺の彼女。
少なくとも、初めて訪ねた家でやる事ではない。
「しやわせ……。」
枕に顔面を押し付け、大変満足なご様子である。
嘘みたいだろ? 24歳なんだぜこの娘。スカートが捲れあがってパンツ丸見えだし。
俺が呆れていると、一通り転げまわって満足したのかベッドの住人と化したミイちゃんからくぐもった声が掛かる。
「むっくん。アルバム見せて。」
枕に顔つけたまま喋んなよ。
学校で教鞭を執る姿からはまるで想像がつかない今の姿に、不思議と悪いは気はしなかった。それだけ俺に心を許しているという事なのだから……。
「別に良いけど。」
ごそごそとアルバムを本棚から取り出している間、ベッドからもごそごそと聞こえている。
「何してるの?」
「私の匂い付けてた。」
後ろを振り向き尋ねると、さも当然であるかのようにマーキングを主張する。
「何で?」
「少しでも好きになってもらう為に。」
彼女が何を言っているのかまるで理解出来ない。
「単純接触効果と言って、何度も接触を繰り返す事で好きになる心理効果の応用だよ。嗅覚でも単純接触効果は有効なの。」
「へぇ……。」
知らなかったなぁ。
「こうして寝具に私の匂いを付けておけば、何度も嗅いでいるうちに私の事が好きになるって寸法よ!」
匂いなんて一日もあれば霧散するような気がするけど。
得意気に話すミイちゃんは相も変わらずベッドから出てくる気配はない。
にしても……
「それって俺に言っちゃって良かったの?」
俺のツッコミに対して、今気づいたという風に慌てた顔で手を口に当てて隠しているミイちゃん。
もう遅いから。
「今言った事は忘れて良いよ?」
やっぱりどっか抜けてるよな。今後が心配になってきた。
「反って忘れ難いと思う。」
さっきから何度もチラチラとパンツに視線を向けているせいか、ミイちゃんのお尻の形が好きになりそうだ。これが単純接触効果か……。
単純接触効果は恐らく視覚情報でも有効なのだろう。実証例をまざまざと見せつけられ、経験と知識を同時に得る事が出来た。
ミイちゃんの尻の形と単純接触効果の意味が紐づき、それが正しい知識として俺の脳に刻み込まれてしまったのだ。
加えて自身の性欲が健在だという事もまた然り。
「また見せてね。」
「うん? 何が?」
「こっちの話。」
「?」
ミイちゃんは自分のパンツを現在進行形で披露している事自体、分かっていないようだ。
見るだけなら手を出した事にはならないし、せっかくだからこのままにしておこう。
女の子とのデートって楽しいものなんだな。うん。
「そう言えば、少し寒くない? 暖房つけようか?」
部屋を暖める事で露出が増えるかもしれない。
女の子に興味はないが、女体には興味があるのだ。せっかくだから目の保養になるイベントを増やす努力だけはしておこう。
リモコンを手に取り、暖房を操作する。
「ありがとう。春だけど、流石に夕方だしね。」
揺れるお尻に目線を向けて会話する俺。ミイちゃんは再び枕に顔を埋めている為、当然そんな俺の様子に気付く事はない。
美女は尻まで美しいんだなぁ。
そんな事を大真面目に考えていると……
「ところでさ。」
突然こちらに顔を向けるミイちゃん。
危うく尻を凝視しているのがバレるところだった。危ない危ない。
「どうかした?」
「お義父様はいつ頃帰って来るの?」
何故そんな事を聞くのだろうか。
「いつも通りなら7時とかかな。」
「お義母様は買い物だから、一時間は帰って来ないし……。」
ブツブツと何かを確認するように呟くミイちゃん。
てか、サラッと俺の両親に『義』を付けたよね。結婚するなんて言ってないんですけど。
「今がチャンスかもしれない……。」
「いや、何のだよ。」
「え? な、なんでもないよ。」
目線があちこち彷徨い、見るからに挙動不審である。
焦り過ぎだろ。
そして俺は鈍感系主人公ではないので、大体何を思っていたのか察する事くらいは出来る。
「アルバムは見つかった?」
「まぁ……。」
露骨に話題逸らしてきたな。
藪蛇になりそうなので、深くは突っ込まないでおこう。
「じゃあ見せて!」
笑顔でベッドの脇をポンポンと叩き、自らの横に誘い出すミイちゃん。スカートは相も変わらず捲れあがり、パンチラならぬパンモロを披露している。
いい加減に気付けよ!
隙だらけ過ぎて心配になるわっ!!
まぁ、当然尻を凝視しながらミイちゃんの横に腰掛けるんだけどね。
丁度尻を眺めながらアルバムを見せてあげられる体勢を維持しつつ、ミイちゃんに写真を見せていく俺。
「へぇ……むっくんの子供の頃って予想以上に可愛いじゃない。」
「そうかね?」
「うん。持って帰ってペロペロしたい。」
「せんせー、ここに変質者がいるんですけどー。」
「え? どこに?」
ミイちゃんは室内をきょろきょろと見回している。
「そう言えば……。」
「どうしたの?」
あまりにも自然にギャルに扮しているものだから忘れていた。
この人、先生じゃん。
俺の言葉に反応するという事は、こんな状態でも一応先生としての自覚はあるんだな。
「……。」
もはや何も言うまい。
心底何があったか分からないという顔をしているし、多分説明しても納得してもらえない気がするのだ。
「何でもない。」
「変なむっくーん。」
あははと笑うミイちゃんに物申したい。
変なのはあなたですよ、と。
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