第4話 一婦多夫制な隣人

俺は、自宅が見える距離になると、できるだけ気配を殺して家の戸口に近付いた。


隣の家を見ると、家の電気が消えている。


よし、留守か…。

安堵して、ドアノブに手を掛けたとき…。


「お〜っ!良二くんじゃないか〜!」


後ろから、聞き慣れたハスキーな女性の声が響いた。


「!!」


恐る恐る後ろを振り向くと、俺の苦手な隣人

にして、今をときめくファッションデザイナー西城亜梨花さいじょうありかが頬を染め、ほろ酔い加減でそこに立っていた。


「おや?良二くん、いつものくたびれたスーツじゃない!随分めかし込んで、パーティーか何かの帰りですかぁ?」


長いウェーブヘアーを揺らし、西城亜梨花は、紅を差した口元をにいっと綻ばせた。


うげ。めんどくさいのに見つかってしまった。


「「良二さ〜ん!こんばんは〜。」」


その後ろから、酒屋の買い物袋を両手に下げた金髪と黒髪の長身イケメン二人組が、嬉しそうにこちらに手を振って来る。


彼らは、西城亜梨花のだ。


「こ、こんばんは。西城さん達は買い物だったんですか?」


「ああ。今お酒が足りなくて買いに行ってたところなんだ。

よかったら、家で飲み直そうぜい?」


キランと目を光らせて誘って来る西城亜梨花に、俺は片手を突き出し、毅然と断った。


「いや、今日はちょっと疲れてるんで。夫婦水入らずで楽しんで下さいよ。」


「そうかぁ…。疲れてるんならしょうがないね。」

「はい。じゃ、また…。」

と、家の中に逃げ込もうとした俺の肩を、はっしと掴んで、西城亜梨花は有無を言わせぬ凶悪な笑みを浮かべた。


「パーティーでそんなに疲れる事があったなら、飲み直して全部忘れなきゃね?ね?」


         *


隣人の西城亜梨花&雅也&駿也は、

日本でまだ数例しか例がない、一妻多夫性の制度を利用している夫妻(夫夫妻?)である。


デザイナーとして成功し、二人のイケメン夫を持つ彼女は、まさに働く女性の理想の姿として、周りから羨ましがられ、白鳥慶一同様

テレビや雑誌、ネットでもよく取り上げられている有名人だった。


しかし、俺から言わせて貰えれば、その実体は、毎夜飲み騒ぐ迷惑な隣人。


ある時あまりのうるささに、苦情を言いにいくも、そのまま飲み会に引きずり込まれ、なし崩し的に飲み友にされ、今に至っていた。


離れたところに住む親から、家賃格安でいいから、持ち家に住んでくれと言われていたのは、コイツラの隣だと、借り手がつかなかったからじゃねーのかと邪推している。


今日も今日とて、隣人宅へ連れ込まれ、西城亜梨花の酒の相手をしつつ、俺は同窓会の出来事を全て吐かされたのだった。



「ふむふむ〜。そうかそうか…。

せっかく同窓会行ったのに、それは災難だったなぁ…。

けど、これから同級生の子(人妻)との禁断の関係が始まりそうじゃないか〜。


良二くん、やるな〜。あむっ。生ハムおいし!

人のコイバナに、美味しいつまみに、ぷはぁっ。酒が進むわぁ〜!」


「亜梨花さん、いい飲みっぷりぃ!」

「亜梨花さん、おつまみ追加しましたぁっ!」

「ありがとうっ!愛しの旦那ーズよ!」


金髪イケメン、ダンサーの西城駿也さいじょうしゅんやに酌をされ、黒髪イケメン、料理人修行中の西城雅也さいじょうまさやに、キッチンでちゃちゃっと作った料理を渡され、西城亜梨花はご満悦のようで、また更にぐびぐびと酒を飲んでいた。


俺はその様子を呆れて見守っていたが、彼女の発言で訂正すべきことはきっぱりと言ってやった。


「いや、禁断の恋なんて始まりませんから!俺を好きでいてくれたのは、過去の事で、彼女、人妻ですから!」


「え〜。略奪愛ないの〜?」


残念そうに唇に人さし指を当てる西城亜梨花をジロッと睨んだ。


「ありません。相手がいるなしに構わず、口説いてたら白鳥慶一アイツと一緒になっちゃうじゃないですか。」


「あいつ…、あ〜、白鳥慶一ね?そう言えば、以前あの人番組で一緒になった事あるけど、あたしも口説かれた事あったな〜。」


「西城さんにもコナかけてきたんですか?」


苦笑いして語る西城亜梨花に、俺は目を丸くした。


アイツ、本当に見境ないな…!


「「亜梨花さん、その話初耳なんだけど…?||||」」


西城亜梨花の旦那達、雅也と駿也はショックを受けていた。


「あれっ。そうだったっけ?いやいや、もちろん、適当に流して断ったよ?

あたしは、あんた達一筋だからね?」


「「亜梨花さん♡」」


慌てて弁明する西城亜梨花は、雅也&駿也にガシッと抱き着いた。


それ、「一筋」っていうか?「二筋」ならまだ分かるが…。っていうか、夫婦でイチャイチャするなら帰らせてもらっていいですかね?


俺がげんなりしていると、西城亜梨花は、眉を顰めて、語り出した。


「一妻多夫性の夫婦だからって、金に物言わせて男侍らしてるだの、乱れてるだの人から色々言われるし、面白がって口説いてくる輩もいるけど、

私はちゃんとまさやんともしゅんちゃんとも愛し合ってるし、

お金の事も、生活の事も普通の夫婦以上にちゃんと取り決めているんだからね?

夜の事だって、子供が出来た時の事を考えて、まさやんと駿ちゃんできちんと隔月制に…。」


「おいおい。それ、俺が聞いていい話か?」


思わず、突っ込むと、西城亜梨花はペロッと舌を出した。


「あ。ごめん。良二くん話し易いからつい言っちゃったぁ!」


「ちなみに、今月は俺が担当です!✨✨」

「僕は来月で〜す!✨✨」

「聞いてねーよ!」


雅也と、駿也がそれぞれ笑顔で挙手をし、いらぬ補足説明をしてくれた。


「まぁ、話が脱線したけど、夫婦でもカップルでもそれぞれの幸せの形があるから、外野がやいのやいの言ったり、横槍入れて壊そうとしたりするのは確かによくないね?


良二くんはいい奴だ。


その、ツンケンした元カノの事は忘れろとは言わないけど、過去のものとして、そろそろ新しい幸せを見つけてもいい頃じゃないと思うけど、その辺どない?」

「…!」


西城亜梨花に聞かれて、俺は言葉に詰まった。

今まで、和哉を初め、多くの人にそう勧められるてきたが、「恋愛運がないから」とか、「俺はそういうのいいよ」とかいう言葉で逃げて来た。


けど、同窓会で、白鳥に幸せを見せつけられ、元カノだったその妻には罵倒され、俺はこのままでいるのは悔しかった。


佐倉穂乃花に昔俺を好きだったと告白され、

元カノに裏切られた事をひきずっていたせいで、もしかしたら今まで幸せになるチャンスを自ら逃して来たのかもと正直惜しいような気持ちにもなった。


「今は…。機会があるなら、もう少し前向きになってもいいかもとは思ってますよ…。

ま、今の社会で、俺みたいな奴を相手にしてくれる女性がいればですが…。」


俺は、お見合いの相手の女性が一夫多妻制を利用するリア充達に行ってしまった事を思い返し、苦笑いしながら答えると、西城亜梨花は、ジーッと俺を凝視して頷いた。


「うんうん。良二くん、よく見れば可愛い顔してるし、背高いし、誠実だし、話してみると結構面白いし、好きになってくれる女性いると思うよ?

今までのお見合いの子達はたまたま当たりが悪かっただけで…。


あっ、何なら、私が君を貰ってあげようか?

私の三番目の夫にならないかい?」

「ぶふーっ!」


いたずらっぽい笑みを浮かべて西城亜梨花に問題発言をされ、俺は飲んでいた酒を吹き出した。


「げふげふっ。な、何言ってんだよ!しかも、旦那達の前で!」


「「良二さんが三番目の夫に…!」」

「いや、ない!ないから!」


衝撃を受けて、真剣な表情でぷるぷる肩を震わせているイケメン旦那ズに、俺は慌ててブンブン手を振ったが…。


「あれ?そうなんですか?他の人なら嫌ですけど、僕、良二さんならアリ寄りのアリかと思ったのに。」

「俺も〜。今、そうなったら家事の当番、どう割り振ろうか真剣に考えちゃったよ。」


「いいのかよ!旦那ーズ!!」


駿也と雅也、まさかの前向きなご検討に更に驚かされた。


「ホラ。良二くん、二人に好かれてるからいけると思ったぁ。


しゅんちゃんとまさやんの後になるけど、君の子供も産んであげるられるよ?どう?」


西城亜梨花に、大人の色香を漂わせる艶めいた笑顔を向けられ、思わずドキッとして、少し開いたシャツから覗く胸の谷間を見てしまった。


性格や行動は破天荒だけど、この人スタイル抜群の美人であることに間違いはないんだよな〜。


う〜ん。子供も産んでくれるのか…。



なんて一瞬真剣に考えてしまったが、若いイケメン旦那ズの顔を見て、現実に引き戻された。


くたびれたサラリーマンの俺とキラキラした彼らでは比較にならんな…。


現実には俺が奴隷のような待遇の生活になりそう。


「や、申し出は有難いけど、相手は自分で探します。」


「そうか、ふられちゃったぁ!残念!」

「「残念です〜。」」


謹んで辞退させて頂くと、西城亜梨花はケラケラと笑いイケメン旦那ズは本当に残念そうな顔をしていた。


         *


あれからも西城宅で少し飲んで、家に戻れたのは、11時半頃だった。


「ふいーっ。ヒック。飲みすぎたぁ…。」


酔っ払って、着の身着のままリビングで寝っ転がっていると…。


「ニャ~ン。」


いつの間にか、少し開いた窓の隙間から、小さな三毛猫が顔を覗かせた。


「お前、ヒック。また来たのか…。」


その子猫は、一月程前に玄関口で姿を見かけ、しらすをあげて以来、ちょくちょく遊びに来るようになった野良猫で、頭に茶色い虎のような模様があった。


俺が窓の方へ行くと、その猫はおねだりするように甘い声を出した。


「ニャン、ニャニャ~ン♡」


「分かったよ。確か、冷蔵庫に、ツナ缶の残りが…。ああ、あった、あった。ホラよ。」


窓際にツナ缶の皿を置いてやると、三毛猫は、ハグハグと、美味しそうに食べ出した。


「寒くないか?中、入るか?」


俺が呼びかけると、状況を察したのか、食べている皿を一歩後ろに引いて後ずさった。


どうやら、中には入りたくないらしい。


エサはもらいに来るが、部屋の中までは決して入ろうとしない。


警戒の為か、それとも人に馴れ合うつもりはないという、野良猫の矜持の為か。


いつも一匹でいるその猫に、なんとなく親近感を覚えてしまい、来るときは餌をあげたり、遊んでやったりとつい構ってしまうのであった。


「じゃあな〜、野良。」

「にゃ〜。」


野良がツナ缶を食べ終わり、皿を引くと、猫は、礼を言うように俺をひと泣きし、またどこかへ去って行った。


ブーッ。ブーッ。


そこへ、今度は携帯のバイブ音が鳴り、俺はカバンに取りに行った。


「んあ?」


取り出して見れば、実家からの着信だった。


「あい。らに(何)…?」


「ああ、良二。ようやく出てくれた!」


画面の通話ボタンを押すと、母親のホッとしたような声が聞こえてきた。


「あの…、良二。この前の見合いは、私らもよく確認しなくて、悪かったね。」


「ああ…。その事はもういいって…。母さん達のせいじゃねーし。」


「本当に悪いね…。実は、また見合の話が来ててね。」


「…!」


「今回のは、父さんの仕事の関係上どうしても断われそうにないんだわ。

あんたが、見合もう嫌だっていうのは分かってんだけどさ…。今回だけは受けてもらえると助かるんだど…。」


「いいよ。」


「やっぱ、そうだよね。先方にはなんとか理由見つけて断って…。うん?今、いいよって言った?」


「ああ。断れない見合いなんだろ?受けるよ。俺…。」

「あ、ありがとう…。良二!

お父さん!良二、見合い受けてくれるって!!」


電話の向こうで、母親が、テンション高く叫んでいるのを聞きながら、俺は、朦朧とした意識の中、呟いていた。


「ああ…。お見合い上等だ…。こうなったら、100回でも1000回でも見合いして、幸せを…掴んでやる…。」

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